<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

実はもっと広々としているのです

2016年09月19日 20時10分03秒 | Weblog

肉体という形を取って生きている生き方とそうでない生き方があります。そうではない生き方とは、肉体ではなく幽体、或いは霊体という無形になって生きている生き方のことです。わたしたちの目は形がある物でないとそこにある存在でも存在として容認しませんが、形がなくても存在しているものも無数にあります。有名な女性詩人が歌ったように、昼のお星さまも見えないけれどもちゃんと存在はしています。わたしたちは有形だけを生存としていますが、それは生存のあり方の一つです。生存のあり方はたった一つに限定されているわけではありません。そんなに狭っ苦しくはないのです。もう少し広いのです。いや、実は広々としているのです。うんと余裕があるのです。どんな生き方だってあり得るのです。それは形に拘っている者には不可解ですが、不可解というだけです。さまざまにバラエテイがあるのです。ああそうだったのかと後でわれわれはそこを合点することになりますが、いまここの時点ではそれは否定されています。われわれに否定されていても、それには無頓着に堂々と明るく楽しく生きている人、次元を異にして生きている人だっているのです。

世界は固定されていません。われわれが一方的に限定して掛かるほどに単一ではありません。狭くはありません。広大無辺です。無限大です。それが真如の世界です。

さぶろうはそういう理解をしています。でも確証はありません。きっとそうだろうなあというくらいの希望的観測です。でも、この理解の方がゆるやかです。断定から逃れています。

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