<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

人生の最終章は悲しむためにあるのではない

2017年07月13日 05時37分01秒 | Weblog

朝だ。朝だ。ともかく朝だ。障子戸の明るさ。そろそろ6時。

おい、さぶろう。お前、今日は何をして過ごすか? 楽しみにしていることが何かあるか? 自問する。ふふふ、と笑う。

「なけりゃどうする!]と啖呵を切りたいところだが、すぐにはそれが思い付かない。楽しいことというのが。

あっていい。あるべきだ。年を取っていても楽しんでいいはずである。だったら楽しめばいい。それもこれも。他人事も我が事にして。

人生の最終章は悲しむためにあるのではない。鬱屈するためにあるのではない。その通りその通り。憂鬱憂愁の扉を開けりゃいいのだ。閉めている扉を全開すればいいのだ。そうすればそそに吹いてくる夏風を楽しめるだろう。緑色した夏の風を楽しめるだろう。

やややや、朝早くからツバメの声が聞こえるぞ。声が溌剌としている。子育て真っ最中なのかな? たぶんそうだろう。雛にやる虫を集めて飛び回っているのだろう。やつの楽しさにあやかろう。ツバメ一族の溌剌にあやかろう。

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