<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

わたしの命の本質はいつも此処にいる

2017年04月24日 05時35分20秒 | Weblog

朝が来ている。朝は「来る」ものらしい。で、来たら、去って行く。なるほど。しかし、去ってそのままおさらばするかというと、それがそうでもない。ぐるっと回る。そしてまた「来る」ものとなって登場する。地球か自転しているからだ。朝をもたらす太陽はそこにじっとしていたばかりである。だから、ほんとうは来たり去って行ったりはしていなかったのである。動かずじっとして光を投げていたのである。光を受けて天地が朝に変われば、命の活動が始まる。夜の闇もしかりである。夜が「来る」ように見えるが、夜は実際には動いたりはしていない。しかし、闇になると、命は休息に入ることができる。地球が自転しているばっかりで、太陽そのもの、時間そのものはそこにじっとしている。不動である。それで、こちら側が動くことになったのである。生まれたり死んだりしたのである。こうして活動と休息を交互に手に入れたのである。夜が明けた。これからわたしの活動の時間になる。命の活動の時間になる。死は生の影に過ぎない。影は明るくなって明ける。時間の波は寄せたり返したりしながら、海の中を巡って巡って巡って行くが、海自体はいつも地球の全体に満ちているばかりである。心配は無用である。わたしはいつも此処にいる。意識を自転させてはいるが、わたしの命の本質はいつも此処にいる。

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