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自己卑下の人は恋はできまい

2016年09月19日 19時46分42秒 | Weblog

塵泥(ちりひぢ)の数(かず)にもあらぬわれ故に思いわぶらむ妹(いも)が悲しさ

中臣朝臣宅守 万葉集より

そこまで謙(へりくだ)らなくてもいいだろうに。塵にも泥にも劣る自分を、その現実があるのにそれでもそうではないとして、思っていてくれる人がいる。辛いだろうなあ。でもそこまで思っていてくれるとしたら愛しさもいや増すなあ。

ものの数にも入らないほどの賤しい自分、無価値の自分という自己卑下。恋をするとそういう自己卑下が起こるらしい。相手を幸せにする自信が持てないという人もいるらしい、万葉集の頃から。

「思い詫(わ)ぶ」というのは悲しい目に遭って力を落としてしまうことらしい。何かあったのだろうか。それほど自信が湧かない事態が出来したのだろうか。作者は政治的な混乱の渦中にあって当時退けられていたらしいが。

女性を幸福に出来るかどうか。男性は悩む。幸福に出来ないと見越したら恋は湿る。好きな人といえど離れて行かざるを得ない。悲恋の部類に入るかもしれない、この歌は。そういう悲惨な状況に合ったとしても女性は男性の愛を受け入れられるものだろうか。

恋は打算という面もあるが、そうばかりでもないはずである。だからこそ激しく燃え上がるということだってありうるのである。でも、このさぶろうはそこまでのポジテイブな姿勢はとうてい貫けそうもない。

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