<おでいげ>においでおいで

たのしくおしゃべり。そう、おしゃべりは楽しいよ。

赤里芋がどっさりどっさり

2017年11月12日 23時56分52秒 | Weblog

春先、40キロほど離れたところに住んでいる友人がやって来て、痛めている腰でありながら、鍬を振り下ろして畝を作り、牛糞を施肥して、赤里芋の種芋を植え付けてくれた。夏、すくすくと育って大きな葉を揺らした。秋も末になって茎が枯れた。子芋を付けたの合図だ。その北の畑へ行き、椅子に座って小さな手鍬使って掘り起こした。さすがだった。土の中より太いのがどっさり転がり出て来た。期待を遙かにこえていて、一人の畑で大声を上げて快哉を叫んだ。大きな籠に溢れた。散歩途中の方が通り掛かられた。お分けした。帰りがけの道で庭掃除の方にお会いした。お分けした。犬の散歩をして男性がやって来られた。お分けした。お借りしている畑の持ち主の家に立ち寄ってお分けした。これで軽くなった。里芋は保存が難しい。腐らせない内に食べてしまうことだ。善は急げ、台所に立って4個、包丁で皮剥きをした。家内は里芋の皮が剥けない。手が痒くなるらしい。半分に切って、おでんの鍋に放り投げた。友人には電話で報告をした。収穫のお礼を述べた。

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ブロッコリー初収穫

2017年11月12日 20時18分37秒 | Weblog

畑の若いブロッコリーを2房初収穫。全体は大きく育っていたが、食べるところはまだちょっと小さかった。

早速茹で野菜にして夕餉の膳に。おいしかった。

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勇猛心が溢れ出る

2017年11月12日 13時39分53秒 | Weblog

このみちやいくたりゆきし われはけふいく     種田山頭火

この道はたくさんある。行く道がこの道である。幾つも幾つもあるが一本の大きな道に繋がって行く、合わさっていく。死を超えて行く道である。死は終わりではない。袋小路ではない。次へ繋がっている。だからそこを超えていくのである。幾人も幾人も越えて行った。わたしは今日日そこを越えて行くことになった。新しい世界、真如界を見る日が来た。とうとう来た。朝日が射すように明るい。勇猛心が溢れ出る。

この句をそんな風に読んでみた。亡くなる寸前の句らしい。

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スーパーの店先に渋柿が列べられている

2017年11月12日 02時54分42秒 | Weblog

スーパーの店先にドサリと渋柿が列べられていた。網袋に詰められて。丸い。ちょうど手ごろの大きさの。干し柿の季節が到来しているようだ。今年もまた干し柿作りに着手するか。まだしかし、温度が高い。高いと黴を生やしてしまう。黒く変色してついには腐ってしまう。もう少し冷気が加わるのを待つべきか。皮剥き達者は腕が鳴る。巧く出来上がった干し柿はヨーグルトの中に刻んで入れておいしい。サラダに加えてもおいしい。

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田舎者の老爺の、ひたすらに大根好き

2017年11月12日 02時44分57秒 | Weblog

おでん料理が三日目。ふろふき大根一本を食べ終わった。新しく買ってきて、便利なピーラーでピールして、厚めに切って、また昆布出汁を加えて、ことこと煮込む。大根がおいしい。とにかくおいしい。飽きない。酒の肴に欠かせなくなった。田舎者の老爺の、大根好きのさぶろうである。

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生類憐れみにはなった

2017年11月12日 02時09分36秒 | Weblog

少し離れたところにある畑に行って、芋掘りをした。イノシシに先を越されていた。大きい芋は物の見事に食べ尽くされていた。三度の食事にしたのだろう。瓜坊など一族郎党を引き連れておいでになったのであろう。ともかくイノシシ殿の腹を満たしたらしい。徒労に終わった感があった。蔓を取り払ってスコップで畝4列を掘り起こした。椅子に座って。椅子をずらしながら。ふうふう息が上がった。小さい芋ばかりを掻き集めて一輪車に載せて帰って来た。イノシシ除けの電気柵を設けるべきだった。それをしなかった。結果的には、生類憐れみにはなった。まだ残り半分が残っている。来週あたり、またボツボツ収穫作業をしよう。との後、地均しをして、そこに今度はタマネギを植えることにしたい。いささか時季を外してしまっているようだが。椅子に座っての手作業だから、なかなか進捗しない。

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