The Place

自分の言葉で、ゆっくり語ること

Mr.childrenにまつわる回想

2012-07-15 11:48:04 | 日記
手元のハイボールのグラスには、水滴がたっぷりついている。

沖縄は夜も湿度が高いので、しずくの量が半端ではない。

氷を入れたグラスの表面には、子供の汗のように、次から次へと小さな水玉が流れ落ちる。

コースターが受けとめきれないくらいだ。

こういう湿度の中で飲むハイボールは、とても旨い。

というわけで、最近は割とハイボールを飲んでいる。

週に2、3回というところだろうか。

でも、前はハイボールなんてほとんど飲まなかった。

学生の頃はウイスキーのロックが好きで、横浜で働き始めてからはビールとワインで、あるときからは炭酸水を好むようになった。

当然のことだけど、人の好みは変わるのだ。

音楽しかり、服装しかし、本しかり。

新しい芽が生えてくるときには、古い葉は枯れ落ちなければならない。

万物は流転する。オール・シングス・マスト・パス。

そういうわけで、前は熱心に聴いていたけど今は全く聴かなくなったアーティストに、ミスター・チルドレンがある。

昔は全部のアルバムを持っていたのに、今は一枚も持っていない。

何処に置いてきたのか、それすら上手く思い出せないのだ。

ちょっと信じられないことだけれど。

それでも、CDは一枚も持っていなくても、僕はたまに、彼らのことを思い出すことがある。

昔すごく好きだった、ミスター・チルドレンのことを。

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僕が実家の自分の部屋を思い浮かべるときに、必ずイメージに入ってくるのが、壁に貼ったミスチルのポスターだ。

そのポスターは、「深海」というタイトルのCDアルバムのジャケットのアートワークをそのままポスターにしたものだった。

深い青い海の底に、古びた椅子が置かれている構図で、紙質はガサガサとして粗っぽい。

全体として重苦しく陰鬱な感じのポスターであり、CDの内容も概ねそうだった。

爽やかなイメージで売れ始めて人気絶頂の頃だったので、このCDの評価は、ファンの間では分かれていた。

「ポップで・明るくて・ポカリスエットのように爽やかで」、そういうイメージを期待していたファンにとっては違和感があったようだ。

でも、僕は、このアルバムが好きだった。

重苦しくて、アナログで、ざらざらしたこのアルバムが好きだった。

「安易なイメージで売れたのはいいけど、本当の自分とのズレを感じていて、社会への疑問や自分の汚い部分もさらけ出したい」みたいな桜井さんの葛藤が、ロックとして昇華され、すごく正直な感じがした。

僕はこのCDが出たころ、中学生だったと思うのだけど、部屋を真っ暗にして一人で何度も聴いたものだ。

典型的な中二病だったのかもしれない。

とにかく、ソファに座って、暗闇の中で音に集中した。

おかげで、今でも曲の合間のSEまで克明に思い出せる。

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高専に入学して、僕は寮に入ることになった。

一年生は相部屋になる決まりで、僕もルームメイトを持つことになった。

僕はまだミスチルを聴いていて、ルームメイトの彼はルナシーのファンだった。

音楽の好みの違いはあれど、僕らは概ね上手くやっていた。

彼はルナシーのINORANに憧れてギターを始め、僕は親戚に譲ってもらったベースを弾いていた。

僕はこの寮で楽器を覚え、当時の少ない小遣いで譜面を買い、ミスチルの曲も何度も弾いた。

イノセント・ワールド、クロス・ロード、名もなき詩、Over、花。

季節はいくつも流れ、4年生になった頃に、僕は寮の後輩達とミスチルのバンドを組んだ。

自分が一番年上だったので、バンドのリーダーだった。

スケジュールを決めたり、演奏曲の提案をしたり、学園祭の委員と話し合ったり。

だが、音楽的なセンスという面ではボーカルの彼の方が圧倒的だった。

彼の歌の上手さと、ステージ映えするキザさは、多くの女性客を引き付けるものがあった。

僕は僕で、寡黙に引き立て役に徹するベースに、面白さを感じていた。

とにかく、彼のスター性のおかげで、僕らのバンドは学園祭のトリのステージに立たせてもらえることになった。

運動場に組まれた特設のステージに立ち、夜空の下で演奏をした時のあの気持ち良さは忘れられない。

友達の顔が輝いて見えて、スポットライトが眩しくて、満月はとても大きかった。

世界は広くて、人生は未知で、彼女は居なくて、破れたジーンズが宝物だった。

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横浜で働き始めた僕は、ジャズバーに通うようになっていた。

土曜の夜に細身のシャツの着てブーツを履き、一人で地下鉄に乗って、横浜の旧市街で降りる。

小さなジャズバーの入り口を幾つかまわって、今日の出演者をチェックし、ドアの前で漏れてくる音を聴く。

自分が好きそうなバンドであれば、ドアをあけてマスターに「こんばんは」と言い、エビスビールを頼んで席に座る。

それから、熱くてクールな(時にゾクゾクするほど自由で獰猛な)演奏をたっぷり楽しんで、ライブが終わったらスパッと家に帰る。

そういう生活を繰り返していたせいで、横浜の一部地域のジャズのお店には随分詳しくなった。

もうミスター・チルドレンを聴くことはなかったが、前よりもさらに音楽の魅力に触れていた気がする。

人生のステップを上がったのだ。

その頃は、寮で暮らしていた頃に比べると、普通に女の子とデートできるようにもなっていた。

自然にジャズバーに案内したり、ちゃんと相手の話が聴けるようにもなっていた。

それを人は成長と呼ぶ。

でも僕は、破れたジーンズもそれはそれで悪くないと思う。

それはまあとにかく、ある日、僕はデートした女の子をジャズバーに連れて行った。

いつもの馴染みの店だ。

彼女は、薄暗いバーのスツールに腰掛けながら、なぜだか急にミスチルに関する質問をしてきた。

「ねえ、ミスチルって好き?」

その女の子は、僕よりも3つくらい年上で、おっとりとしゃべり、どこか儚げで、足の組み方が綺麗な人だった。

淡い色のカーディガンとロングブーツが良く似合っていた。

僕は少し迷って、ビールを一口飲み、ゆっくりと言葉を選んで正直に回答した。

「昔は好きでアルバムも全部持ってた。でも、今じゃ全然聴かないよ。」

彼女は、「そう、それなら良かった」と言った。

「私は、このくらいの歳になってもまだミスチルが好きな人って、あんまり信用できないの」

彼女はゆっくりと、しかしはっきりと、そう言った。

この言葉は、何故かすごく印象に残っている。

そして、当時の僕は、「ああ、ミスチルを卒業していて良かった」と単純に思ったものだ。

それはそれとして、この女の子とは、そのデート以来、二度と会うことは無かった。

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僕は、横浜から離れる前の最後の年、偶然、桜井和寿さんとすれ違った。

その場所は、新横浜駅の改札だった。

僕は関西の出張から帰ってきたところで、スーツを着てビジネスバッグを手に持ち、夕暮れの新幹線のホームを改札に向かっていた。

すると、改札からホームに向かって、白いマスクをした男がこちらに向かって歩いてきた。

男は小さめのスーツケースを転がし、新幹線の乗り場に向かって一直線に歩いていた。

僕は、その男とすれ違う時に、バチッと目が合った。

目があった瞬間にまず僕が思ったのは、「この人、どこかで知ってる」だった。

誰かはすぐに思い出せないけど、どこかで会ったか知ってる人だ。

その次に「もしかして、ミスチルの、桜井さんじゃないか?」と思った。

何度もポスターやテレビやライブビデオで見た、あの目つき。あのホクロ。

桜井さんは右目の脇のホクロが特徴的なのだ。

その「桜井さんらしき」男は、僕と目が合うと、すぐに目をそらし、スタスタと歩いて行った。

だが、僕はその人の体つきと、髪型、歩き方から、桜井さんだと確信した。

一応確認しようと、家に帰ってからミスチルのホームページを確認すると、その日はコンサート等の予定はなく、翌日は名古屋でコンサートとなっていた。

間違いない。移動中だったんだ。

完全にプライベートな雰囲気だったので、話しかけたりはできなかった。

ほんの一瞬の出来事だったけど、偶然の邂逅だった。

昔の僕のヒーロー、何度も聴いたCDを作った人、ステージの上の憧れだった人。

僕は何だか「ありがとう」と言いたい気持ちだった。

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この話に特に教訓は無い。

過ぎ去ったものを思い出しても、それで何かが前に進むということは無いのだ。

でも、僕はこういった古いレコードのような思い出をいくつか抱えていて、たまにそれを取り出しては、何度も再生する。

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ところで、ハイボールのグラスに付いた水滴は、こまめに拭いてやらなければならない。

そうしないと、コースターは水びたしになってしまう。

だから、那覇のキャバクラにおけるお姉さんの仕事は、①お酌をすること、②タバコに火をつけること、③グラスの水滴をふき取ってあげること、である。

客のグラスがびちょびちょになってることにイチ早く気付くのは、沖縄で生きるキャバ嬢にとって重要な資質の一つであるとも言える。

どうでもいい指摘をして、この回想は終わりにしたいと思う。