雑感「日々是好日2」

NO MUSIC,NO LIFE.音楽好きなのんびり屋さんの日常をつづってゆきます。きょう一日が良い日であるように…。

震災、そしてあの日のことなど...(1)

2011-03-25 23:58:41 | Weblog
東北太平洋沖大震災の第一報が、
日本列島のみならず世界を震撼させたあの日、
勤務先を退出したわたしは、
行きつけの眼科に急行しておりました。

どうやら出先で右眼のコンタクトレンズを紛失してしまったらしい。
もともと矯正視力があまり出ないですし、
春先のスギ・ヒノキ花粉アレルギーも
患っていますから、
「きょうは花粉が多いし風も強いしで、
 なんだかすこし霞んでいるなぁ」程度にしか、
思っていなかったのです。

右眼(若くして←自分で言うな^^;白内障と網膜黄班のオペ=手術を数年前に受けています)のコンタクトレンズの処方箋を書いていただくとともに、
左眼の白濁や狭隅角眼の進行具合を診ていただければ...というつもりで、
かかりつけの目医者さんを受診したところ、
右眼の後発性白内障が発覚。
どちらかといえばまだ視力の出方がマシで、
視覚から得る情報源としては
いわば命綱と言っても過言ではないのが右眼。

「いまならレーザー機器を借りているけど、
 この先また借りられるのは早くても3か月ぐらいあとになると思う。
 レーザーで濁りの膜を散らしたあとは、
 少なくとも1週間はチリ(断片)が視界に浮きます。
 きょう措置してしまうか、
 それともどこか大きな病院でやってもらうか。
 どうされますか?」と。

前述の右眼のオペを受けた当時の術後の不自由(不具合)を
咄嗟に思い出したわたしは、
正直「このタイミングに困ったなぁ」と思いました。
FMSの症状がやや悪化していたばかりでなく、
この時期特有の花粉アレルギー及び咳喘息の症状で、
体調がかなり悪かったからです。

ただ、どのみち受けなければならない措置だし、
早めに見つかったのが幸いでもあるのだから、
レーザー機器が病院にあるうちにやってしまえと。即断しました。
「きょうレーザーお願いします」
散瞳を含めて約2時間半、レーザー治療を終えました。

父親の入院先からわたしの携帯電話に直接、
「おとうさんの状態が急変したのですぐ来てください!」と
看護師長さんから連絡があったのは、
わたしの頼りの右眼に、
レーザー措置で散らした膜の破片がフワフワと舞っていて、
遠近感がよくわからず
恐る恐る歩いていたさなかのことでした。

「おかあさんの携帯電話にかけても出てこなかったので、
 そちらさんに連絡しました」
「前に一度おかあさんには訊いているんですけど、
 延命措置用の人工呼吸器つけていいですか?
 急ぐからすぐ返事ください!」

「折り返しすぐ返事しますから」と言って一旦電話を切り、
母親にすぐ連絡を入れて、
母親から延命措置承諾の回答を
病院側に入れてもらいました。
母親の日ごろの性格などを考えてのことでした。

関東在住の弟夫妻は、
震災直後の交通網も含めたインフラ混乱のさなかに居りました。
...とはいえ、状況が状況のため、
父親の件をメールで弟に伝えました。

その後、各関係先に電話やメールで連絡を入れ、
近くのコンビニでモバイル用充電器などを取り急ぎ調達し、
着替えとガラケー、スマホ、薬を持って、
その足で父親の入院先へ向かいました。

広島市内で路面電車を乗り継ぎ、船舶で四国へ渡り、
そこからバスと市電とJR列車を乗り継いで愛媛県某市内へ。
(続く)
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