多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

水や土で遊ぶこと

2017-09-17 11:44:36 | 遊び
「水」ひとつ とっても、

蛇口から出てくる水と、コップに入った水、


ペットボトルに入った水、

ましてや 地面のたまり水や 雨水、プールや お風呂の水が


「すべて (水)という 概念でくくられるもの」と


子どもが認識できるには 時間と 回数がかかると思う。


飲むときの水と、遊んでいて 服や手足にかかる水が 「同じ」だと


分るのにどれだけの 時間が 必要なのかなあ、と ふと 思った。


泥水や 滝の水、その他数え上げたらきりがない。


凍ったものが 融けて水になる瞬間。


昨日あるいた水たまりが、朝 薄氷になっていた時。


そういう繰り返しの中で 「遊び」や「体験」が


知識に 結びついていくのだろうし、


語彙や 体の発達とも無縁ではないという気がする。


わが家では 毎日 1升のお米を炊くが、


お酒一升は 通じても、「お米一升」は 通じない人が増えた。


その度に「10合の事を 一升と言うのよ」と 答えると


びっくりされる。


収穫した時は 石(これもいわば死語である)や 俵(一俵は約60キロ)で 表し、


日常では 斗(一斗は 約14キログラム)や 升(1・4キログラム)を 使うことが多かった。


今は ほとんどの家庭が 合を 使うだろうなと思う。


お店で買う時は キロで買い、研ぐために量る時は 升や 合である。


食べる時は 一杯、二杯。この使い分けを 子ども達は 見ていたので、


学校での単位の勉強の時には 知らず知らず役に立ったようである。


同じものでも 場面によって 量る単位を変える事、が 生活の中にあったからだ。


家では 計量カップより 一升ますや 五合ます、一合ますが 現役だったので、


来客時などに 大量の炊き込みご飯を炊く時は


子どもにも 量らせた。一升ますで 五合を量るやり方も教えたし、


同じやり方で 一合ますで 五勺(一合の半分)を量るやり方も教えた。


これは 私には 家事手伝いであるが、子どもたちには


遊びや 学習にもなったかもしれない。


キャンプの飯盒炊飯の時も、先生ですら 人数分のお米がどれだけか、を


計算していたらしいが、うちの子は 「一合のお米で ご飯茶碗二杯くらい炊けるよ」と


先生に話したそうだ。


私が 忙しい中で あれこれ こどもにできそうなことを やらせたことが、


それとは 気付かないうちに 遊びになり、学習になっていたのかなあと 今思う。


ヘレンケラーが、コップの中の水と 手を洗う水が「WATER]であることを


理解するのに時間がかかったというような 話をどこかで読んだ記憶があるが、


形や 温度が 変わるものに 同じ名前がついている、というのは


理解するのに 時間と 様々な経験が 必要だろうなあと思う。 









ヘレン・ケラーはどう教育されたか―サリバン先生の記録
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