多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

「やれる人ができない人を助ける」がいい

2017-07-15 05:55:15 | 修業について
私が 昨日 ブログに書いた 「やれる人ができない人を助ける」の言葉に


反応した方が多かったです。


Twitterもそうですし、その他 様々な 反響がありました。


補足させていただくと、


私は「やれる人」ばかりに 負担がいく状況には なってほしくないです。


「できない人」に見えても 成長や 発達が いくつになってもあるのだから、


「どうせできないから」と 決めつけて 手を 出したり、


成長過程の お子さんの 未熟さに 「この子はできないから」と


発達の、修行の機会を奪うような事をしないでほしいと思います。



私は 「何もできない子」と 親や 周囲から見られていました。


人前で しゃべる事ができない「場面緘黙」でした。


私が 初対面の人とも 会話ができるようになったのは、


18歳になってからです。


子どもが生まれて、子どもに わかりやすい言葉をかけ、


子どもの 言葉とは言えない言葉から、子どもの意志を読み取ろうと


する中で、私の言語能力は また進歩しました。


「できない人」にも 発達の余地はあるし、


まだ 発揮される機会が なかった 能力や 可能性があるかもしれません。


そこを 見つける努力なしに、「この人はどうせできないから」と


安易に手を出してほしくないと思うのです。


関わる中で、「この人には 何ができるだろうか」を考えて接していくのが


いいと 私は思いますし、「この人は いつでも 自分を助けてくれる」という


誤学習を、相手にさせないでほしいと思います。


人間は 自動販売機ではないので、ボタンを押したら


すぐに欲しいものが出てくるわけではないです。


ですが、一回優しくされると、「いつも自分を助けてくれる人」と


思い込んで、相手が その要求と 違う事をすると、


「冷たくなった」「不当な扱いを受けた」と


思って 怒りや 見捨てられ感を 抱く人も 少なくないです。



「今は 助けてあげるけど、いつでもできるわけじゃないんだ」


「あなたには これが できそうだから、時間がかかってもいいから


これは 自分でやってみて」「あなたが何をしてほしいか、言ってもらわないと


わからないし、言われても 全部を 私ができるわけじゃない。」


こういう関わり方が 人として 対等ではないかと 思います。


本当に必要な 配慮は 求めていいと思いますが、


自分自身の 今の 能力や 限界を把握して、


「ここまでは やれますが、ここを越えた分は どなたかの


援助がほしいです」と 伝えるのが いいのではと思います。



「子どもの要求をかなえてあげた方が、子どもの自立は早い」という


研究結果があるそうですが、その言葉だけを 信じて、


「子どもの要求をかなえる事=愛情表現」


「自分の要求をかなえてもらう事=愛情表現」と


誤解したままの生活を続けて、


親御さんに 負担が かかったり、


かなえてもらえない事が出来た時に、


「なんでしてくれないんだ!」と 不満を持った


お子さんが 問題行動を 起こしたり、精神的に不安定に


なったりしないことを 願うばかりです。
















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