多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

幸せは歩いてこない 作るもの 感じるもの

2017-07-04 11:32:30 | 幸運
「山の あなたの空遠く・・・」の 詩が、


私には 理解できなかった。内容は理解できても、


「幸せを探しにいく」という 感覚がわからなかった。


私にとっての幸せは、


幼少期は 読書であったし、


学童期は 生活苦の中、親やきょうだいが 機嫌よくしている事だった。


未熟児で生まれた私は きょうだいを背負う力もなく、


ランドセルに中味を入れて背負ったら 歩けないどころか


ひっくり返ったくらい力がなかった。その私にとって


走り回るきょうだいを 静止したり 泣きわめくのを


黙らせたりは 至難の業であった。


思春期は 生活が 落ち着いてきたので、また読書に没頭し、


高校卒業後は 大学進学は 経済的に無理で、


働きに出た。そこで 場面緘黙を 克服し、初めての給料で


欲しかった本を買い、残りの半額を 母親に 手渡した。


自分の能力を 存分に発揮できるのはうれしかったし、


社会は 私の 能力を 評価してくれたから、やりがいがあった。


夫と出会い、結婚し、夫の家族との 同居で 様々な事があったけれど、


夫の家族は 私にあれこれ 言ってきたけれど


「これが この人たちのマイルールなんだなあ」と思えば


別に 何とも感じなかったし、


「いついつに水道を止めます」とか言うお知らせも来ないし


家のローンの 心配もない。


「あんたは なんにもできないねえ!」と言われても


それは 事実だから はいはいと返事して


どうすれば それができるかを考えて 実行する毎日だった。


焼き魚定食が 欲しい人に


キャビアやフォアグラ出したって 不満がつのるだけだし、


その逆もそうだろう。


相手の 望むものを 与えられないのだから、文句が来るのは


当然である。


あいまいな 暗黙のルールで 一杯だった 学校や


実家より 非常に簡単な ルールである。


オーダー通りだしても それは当たり前だから、


ほめられたりはしない。


オーダー間違ったら クレームがでるのは 当たり前である。


文句で済めばいいが、下手したら 「お詫びの品」やらを


出さなければならない事もある。


だから 世間の人から見て 過酷で不幸に見えても、


私は 幸せな人生を 送ってきたし、これからも


何が起きても 幸せである。



先日の 沖縄講演の 食事会で、「愛知出身」という人に


あれこれ 言われたが、住んでいる土地でどうのこうの、というのは


私にはどうでもいい事である。


夫は 住んでいる土地に 愛着を持っているので 多分一生ここに住むだろう。


不便な土地なので、どちらかが 動けなくなったら 買い物にも行けず


生活に困るが、その時はその時で考えようと思う。


老後の心配より 今日の夕飯である。


米櫃は一杯だし、味噌も醤油も 野菜もある。


今日も 生きられる幸せ。


本を読んだり パソコンで遊べる幸せ。


日日是好日である。









支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
クリエーター情報なし
花風社
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私は運がいい

2017-06-28 03:05:50 | 幸運
先日 あるところの催しに参加した。



余興で クイズがあり、単なる雑学や 常識ではなく、


カンを競うものだったので、常識にとらわれない人は


「ああ、自分にもできるかも」という雰囲気になり、



答えを言うだけならできるけれど、自分の考えで


勝負することに自信がないひとは


「えー。できない」という反応が多かった。



私は 3問すべて 正解ではなかった。


しかし 私の 右隣りの 人が 正解を出し、


見事商品ゲット、2問目は 私の左の人が 正解に一番近いということで


商品ゲット、最後は その人の左隣の人が 商品をゲットした。


私が 座った列には 私を含めて 5人並んで座っていたが、


そのうち 3名が 商品ゲットであった。


すぐ隣の 人なので、うれしそうな顔を 拝見できたし、


「よかったですね、正解おひとりでさすがですね」と


声を掛けて会話もできたし、人が 喜び


商品を 受け取るたびに 司会の方が「おめでとうございます!」と


私の方に 走ってくるので 周囲の方が 次々受け取る度



表彰台に 割り込んでる感じだなあ、と思ったが


「おめでとうございます」が 私のそばで 連発されるのは


気分がよかった。私は 列の中央に座っていたので、左右が見渡せ、



周囲の皆さんが 皆ご機嫌なのを じっくり拝見できたのもよかった。



私の周囲、いい雰囲気充満である。


「いやー、わたしみたいなのが こんなものいただいていいんですかね?」と


おっしゃる紳士。


私が 冗談で「私の近くに お座りの方に 運が行くようになってるので


運命だと思って お荷物になっても お持ちかえりくださいよ」と


言ったら 笑っていらした。


その後の 催しも 楽しく終わり、最後は コーヒーとお菓子が出、


楽しい時間が過ごせた。


たとえ 催しで 偶然一緒、という方でも、


うれしそうにしている姿を 見られたのは 私も 運がよかったなあ、と


楽しかった。しかし 私の 列の人ばかり 商品ゲット、というのは


初めて体験した。こういうのも 


珍しい事だから、私は 運がいいんだなあ、と勝手に


思っている。思うのは 私の自由だからである。


催し後は 用事があったので、行きつけのお店に寄ったら


久しぶりに 会った方に「あれ?ずいぶんすっきりしたし


歩き方や 動きが 軽くなったねえ!」と言われ うれしかった。


私は シューフィッターさんに選んでもらった靴を愛用しているが、


靴底が傷んでいたので 張り替えの相談等をしに寄ったのだが


そこで「こちらの 中からお好きなもの選んでいいですよ」と


言われ 夫の使えそうなものが あったのでそれを頂いてきた。


選んでからバッグに入れる時に 値札を見たら


午前中の催しの景品 全部足したより 高価なものだったが、


これも 運なので ありがたく頂戴し、自宅に持って帰った。


その日 私の 周囲に 座った人3名と 私は 何かしらの


プレゼントを 持ち帰ったことになる。たまたま 横の列に


座り合わせた5人中 4人にいい事が 起きたのは 


楽しい事だし 印象に残った。


残りの おひとりにも あの後何か 良い事が 起きてると いいなあ、と


思った。
















運のある人、運のない人
クリエーター情報なし
ぱる出版
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