多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

よそはよそ、うちはうち

2017-10-23 10:13:51 | 熟練と上達
ネットやTVで 「イクメン」だの「夫婦の家事分担」だのというのを


たまに目にする。私は基本TVは見ないので、見るのは夫と息子達である。


「・・ああいうのって親父したことないよな」


「うん・なんにもない。(キッパリ)」


「ディズニーランドとかって、修学旅行とかで行ったのが


初めてだったよな」


「うん。」


そういう話がでるが 別に父親批判にも 自分たちは不幸だったという


結論にもならず 他の話に移っていくのが常である。


夫も その会話を聞いていても、別に批判されたとも感じないし


「じゃあ今度メシ食いにいくか?」と


夫なりの コミュニケーションをする。そこで


「親父どうせ俺らに金出させるつもりだろ?」「いや割り勘でどうだ?」など


わいわいやっている。


体力や 性格や 身に着けている知識や 経験、


それぞれ皆違うから、一緒に暮らしてるから、


夫婦だから、と言って 相手が 納得できない


あるいは こちらにとって簡単そうに見えても


相手に負担になるような事を 「半分ずつね」だの


「協力してね」と 押し付けたら うまくいかなくなるのではないかなあ、と


私は 思ってきた。


なので 夫の 様子を見ながら、負担にならずに


出来そうなことを 少しずつ少しずつ 増やしていった。



夫が 子育てに 関わりだしたのは、


子どもたちが 自分の意志を 言葉で伝えられるようになってからである。



一緒にTVやビデオを見て、おやつを食べる。そんな関係が


親子としての 関わりの初めだった。


ふにゃふにゃしてて、いきなり泣き出す得体のしれない


生き物。自分の子ども、と言われても 


扱い方が わからない。


夫は さぞ とまどったし、困ったと思う。


私は 夫には 私と子どもや祖父母が


関わる場所に 夫が気の向いた時間だけいてもらって、


子どもと暮らす生活に 徐々に慣れていってもらった。


一緒に遊んだり、会話したり、どこかに連れてってもらうのが


関わりという家庭もあるだろうし、そうでない家庭もある。


「よそはOOなのに」という思いから 離れたら楽になるだろうになあ、という


ケースも見る。先日一緒に 知人と買い物に行ったが、


私の買うものが 貧相(にその人には見えたらしい)なので、


「こよりさんとこって そんなの食べてるの?」と言われた。


いつも 人と比べて「うちはいい方よね」と安心しているのかなあ、と


逆に自分より恵まれた(ように見える)人に会ったら


即落ち込むのかなあ、などと 想像した。


よく「雨露しのげる家があれば一番」だの「健康が一番」というが、


わが家は 台風で あちこち雨漏りして 対応が大変だった。


シャッターや 雨戸もしっかり閉めたのに、風が吹くと 家の中も


風が入り、家が揺れ 屋根が がたがた大きな音を立てる。


私は 病気持ちだが、顔に出ないし


脳天気で 病気を苦にしてないので


周囲に あまり心配してもらえない。


入院騒ぎのあと 夫が 私の事を気にしてくれるようになり、


「あまり無理するなよ」と言ってくれて 実にうれしかった。


しかし 台風前の買い出しの時には、悪気はないが、


重い荷物を 置いて 一人でさっさと 駐車場に行ってしまったので、


思いやりの気持ちはあっても 具体的な助けをする事にはまだ


不慣れなようである。


結婚当初より、夫も家事やその他の事でできる事が


増えたし、夫なりにがんばってくれてるので、


私はそれで 満足である。


よそはよそ、うちはうち、である。


ネットで知ったが「仕事一筋で家族とのコミュニケーション能力に欠ける夫と


定年後ずっと過ごす事になり心身に不調をきたす妻」というのが


増えているそうである。


私の夫も コミュニケーション能力がある方ではないが、


夫と一緒にいるのは 楽しく、別に苦にならない。


子育てや 家事や 介護や、妻や子の手助けもろもろが


よその人より不得手でも、年と共に 熟練した部分もあるし、


上達した事もある。


たとえ人様から見て 微々たるものでも、我が家ではそれで


だれも 困っていないので、それでいいのである。





















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