多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

感情の処理、情報の処理

2017-02-23 20:54:27 | 生活の工夫
私は ADDの不注意型なので、何かと 忘れる事が多い。


普通の手帳では 細かい予定や その他の事が 書き切れないので、


一日 1ページの ノート形式の 「TODO リスト 兼 日中の予定表」として使える物を


使っている。


今日すべきことや したい事を TODOリストに 書き込み、


それを こなすには 何時に どこに行けばいいのかを


バーチカル形式の 予定表に 書きこむ。


行かなければ ならない場所が 一目瞭然で、済んだことにチェックを入れれば


まだしなければ ならないことが いくつあるかが わかる。


余った待ち時間に したい事が あれば そこから行ける時間を 見計らって


寄り道をする。


病院が 混んでいたり、交通機関の乗り継ぎが うまく いかなくて


予定が 全部 済ませられそうも 無い時は、


残った予定に 優先順位をつけ、残りは また 別な日に回す。


時間や すべきことの管理は そのノートと 普通の手帳を 駆使して


記憶力の 弱さや 忘れやすい特性を 補っている。


それとは 別に もう一冊 雑記帳として ノートを持ち歩き、


その時 頭に 浮かんだ 出来事や アイディア、


人に 言われて気になったことや 起きたことなどを とにかく


書き込む。雑記帳であるから 脈絡もなく 人には 見せられない なぐり書きである。


それと 日中の予定表を見直して、記録しておきたいことを


手短に 日記帳に 書き込む。


人との トラブルで 気持ちが 乱れた時は その雑記帳に


「言われた事実」と「自分の感情」を 書き込んでおく。


後で 見直すと 案外 大したことでもないのに 腹を立てていたことが わかったり、


「ああ 前も こういういい方されたから この人には 私のこういうところが目について


言いたくなるのかなあ」と 自分の 行動や 人の行動パターンなどが


見えてきたりする。


頭の中で 考えていても 解決しないことが 書きなぐりで すんなり 解決したりするので


私に とっては いい感情整理の 方法である。


はがきを出す、という簡単なことも すぐ忘れて 何日も 出せずに 終わってしまったりするので、


TODOリストの 優先順位の上の部分に書いておき、「駅前で はがきをポストに入れる」と


しておく。簡単な 用事ほど 頭から消えやすいので、この方法にしている。


重大な用事は 印象に残りやすいので、リストの後に書いても 頭から消える事が


少ないからだ。


それでも 抜け落ちが 全くない訳ではないが、以前より 改善できたので、このノートを


見つけたことで かなり 生活が うまくいくようになった。



ナカバヤシ TODAYノート リングタイプメモ帳 A5スリム NW-SA501-1
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ナカバヤシ
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個性・能力をきちんと見つめる事

2017-01-27 09:31:24 | 生活の工夫
子どもに ある種の 理想・希望を抱くことは悪い事ではないと思うが、


それが その子の個性や 能力とあまりにもかけ離れたことで、しかもそれをかなえなければならないと


子どもに 精神的・肉体的に 過度な苦痛を与える事は あまりいい事ではないなあと私は思う。


私は 未熟児で生まれ、まず命は助からないし、助かったとしても 何らかの後遺症や障害が残るだろうと言われた。


幸い 命が助かり、体は小さいし、発育の遅れや発達の遅れもあったけれど、


それは 未成熟で生まれたことの結果であって、いずれ追いつくと言われたそうだ。


2歳ころには 運動能力は 他の子どもより かなり劣っていたけれど、


歩くことはできたし、視力・聴力も異常がなかった。


文字に興味を持つのが早く、教えなくても 新聞を 父親に見せて、


「これは パの字」と 言ったそうだ。


親は 障害が残るかもと言われた子が 字を覚えたと 狂喜乱舞し 私が 読みたいと言った本は


必ず与えてくれたが これは 私が 自閉症で、文字にこだわりがあったからゆえの行動だったと思うが



当時は 誰も気づかなかったから、私は好きなだけ本を読んで 楽しんでいられた。


未熟児追跡調査、というのが 私が生まれた病院ではあり、毎年母に連れられて


運動やら 知能検査やらを させられたが、そこには 私と同じく未熟児で生まれて、


未熟児網膜症で視力を失った子や、肢体不自由の子など様々な子がいた。


私は そこで 障害、ということを 実態で感じることができたし、


人は 様々な 原因で 障害を持つことに なるのだなあと実感した。


私の 記録を 母が取っておいて 後に見せてくれたのだが、


運動面と 同年代の子どもとのかかわりには 問題があるものの、知的には問題がないどころか


優秀な部類に入る、とあった。それは あくまで知能指数、という検査の結果でしかなく、


実生活で あるいは 学習面で 優秀か、というのとは 別なのだが、母親は


「この子は できる子だ」と信じて疑わなかったから(何しろ大学病院の先生の言う事だからうのみにした)


学校に入って 私が 先生のいう事に従えなかったり、授業に集中できなくて 外をぼーっと見てて


学校の先生に 呼び出しを喰らうたび 叱られた。運の悪いことに 学校でも 知能検査があって、


一番は 誰もが認める 優秀児だったのだが、2番が私だった。なので どの先生からも


「できる能力が あるのに やる気がないし、教師を馬鹿にしている」と


しごきというか 居残りさせられたり 叱られたりした。



その頃は 知的に問題のない自閉症、というのは 日本でもあまり 知られていなかったようだし、


大学病院でも 私の 障害に気づいた先生はいなかった。


知能が 高いから 他の事もできるかといえば そうでない人も 大勢いるし、


知的に そんなに高くなくても 能力のある人は いくらでもいるだろう。


その人が 何の能力を 持っていて、それをどうやって引き出すかが 重要だと思うし、


できる力を持っているのに それを 埋もれさせてしまうのは 実にもったいないことだと思う。


私は 自分の子ども達を見ていて、どうしても できない事は たとえ誰に 勧められても 拒否したし、


できると 思えたことは、周囲が「絶対無理でしょう」と口をそろえても コツコツやらせた。


私にも 夢が いっぱいあったが、家庭の事情であきらめるしかないこともいっぱいあったし、


体が小さいことで、面接さえできないこともあった。私が 若いころは、面接条件に(身長150センチ以上の者に限る)と


入れていた ところもあったのだ。


でも 私は できない事、私を受け入れてもらえない所はそこで 見切りをつけ、その時その時で


自分にできる所、できる事、やりたい事を とにかく探して 挑戦していった。


だから 自分の子どもたちにも 障害が あるからとか、OOができないからとか、


そんなことの 一つや二つくらいで 自分の人生をあきらめてほしくなかった。


もちろん 一気に 理想到達、目標達成はできないから、


こつこつこつこつ、行きつ戻りつである。


あくまで これは 私の考えであって、人に「これこれしなさい」とか 押し付けたことはない。


聞かれれば 答えるし 本も勧めるけれど、あくまで 私と 私の子の 例であって、


全員が この方法で いいというものでもないだろう。何しろ私は


知識も 学歴も 資格も 経験もない ただの おばさんであって、


「何をなさって来た方ですか?」と聞かれても 何もない。


ただ 家族の世話をし、できる時はパートで働き、夫と 子どもを支え、自分の楽しみや趣味も楽しみ


気楽に 人生を楽しんできた ただの おばさんである。


病気が 二けたあるが、多すぎて 「何の病気ですか」と聞かれても


全部 覚えていないので 答えられない。軽快している病気もあるし 治す方法のない病気もあるので


病院とは 縁が切れないが、通院のスケジュールの合間に 自分の楽しみの時間も入れて


人生を 謳歌している。


病気が あって 先が見えなくて 落ち込んでいる人も いるようだが、


人生 健康だろうが 今が 順調だろうが 先のことは わからないものなので、


私は 各種病院の先生の「無理をしないように」との 言葉を はいはいと聞き流して


でも 体の様子は 自分で 管理しつつ 育児から 解放された今、


毎日 楽しく過ごしているのです。


脳に多数の病気があるので、ある日麻痺が起きるかもしれないし、


倒れるかもしれないし、


関節が 悪いので そのうち 動けなくなるかもとか


病院の先生は いろんなことを 言ってくるのですが


半世紀前に 「この子は絶対助からない。助かっても障害が残る」と断言した名医の言葉が


当たらなかったように、今の 医学が どうであれ、今後の私の 体がどうなるのかは


わからないし、医学万能というわけではないので、私は 沢山の主治医の言葉を聞いても


あまり 深刻には なっていないのです。


「一生文字の読み書きはできません」と断言された自閉っ子も、下手ではありますが


住所氏名かけるし 会社の書類も ちゃんと 読んでますしね。


ひきこもり3年半やって「こんな奴は ろくなものにならない」と 学校の先生や その他の方から 断言された 長男も


今 立派に 社会人やってますしね。


専門家の人の意見を聞くことで 安心する方もいるでしょうし、療育機関に行きたい方はいけばいいと


思いますが、誰かの意見を鵜呑みにして、目の前の お子さんの 可能性の芽を摘んでしまう事はしてほしくないなあと


私は思うのです。


知的に高い・低いで判断してほしくないですし。うちは 長男は知的に高くて 二男は知的障害がありますが、


どっちも 社会人として 自分の適性生かして 働いてますしね。


よたよた歩いてた 二男の方が 今は 長男より はるかに身体能力高いですしね。


数値だけでは 将来は わからない、ということだと思います。

















ヘレン・ケラーはどう教育されたか―サリバン先生の記録
クリエーター情報なし
明治図書出版
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ADHD衝動買い制御術

2017-01-14 21:45:27 | 生活の工夫
もともと 物へのこだわりが強いうえに、ADHDの衝動性&双極性障害の 躁状態が加わると、


やたら 物を買ってしまう。


主治医から 「買い物は 一人でいかないこと」「家族に相談すること」等のアドバイスで


改善しつつあるのだが、いつまでも 家族に 頼るのもなんだし、


自分で 自分を コントロールしていく術を 考えなければと 思い始めた。


最近では、「欲しい!」と 思ったものは 「欲しいものノート」に 記録する。


記録した時点では 買わないことにする。


それを 記録していくうちに、買い物に 一貫性がないことや、


「あれ?なんでこんなもの欲しがったんだろう」という事が わかってきた。


ネットで 見たものは、すぐ買わなくても 本当に必要になった時に検索すれば


どこかで買える。


お店で見たものも、その場では 「欲しい!」と思うけど、


一旦 お店を出て 他の場所へ移動して、「もう一度 戻ってでも 買いに行きたいかなあ?」と


再考すると、「まあいいか」という 気分になる事が多い。


今年になって まだ 半月なのだが、食費や 生活用品以外の、私の趣味の買い物の 回数が


かなり 減った。


先日も ヘルパーさんが 来たのだが、「前より物が減りましたね」と言われた。


物は減っていないのだが、買い物を さほどしなくなったので、


新しく買ったものの 置き場がなく 適当なところに押し込む、という事が 無くなったので、


物が減ったように 見えるのだと思う。


買い物をして 「次回使える割引券です」と 渡されたりすると、使わないと損、みたいな感覚があったけれど、


最近は 「もう一回来てまで 買わなきゃいけないものあったかな?」と考えて、


本当に必要なものを買う時だけ 使うようにしている。















わかっているのにできない、やめられない―それでもADHDと共存する方法
中山 玲
花風社
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