多病息災発達障害者こよりの日常

両手で数えきれない障害と持病を抱えつつ毎日元気に活動中。発達障害の息子たちの子育ても終え、悠々自適の毎日です。

グッチのセカンドバッグ

2017-12-12 20:58:52 | 思い出
昔、グッチのバッグが 流行し、


私も プレゼントしてもらったことがある。


セカンドバッグを 抱えていては


子ども連れでの買い物はできないし、


一人で出かけるときでも 荷物が多い私には


小さすぎて使えない。


箪笥の中に入れて、通帳や 保険の証書などを入れていた。


下さった方は、私が使っている姿を見ないので、


不思議に思っていたらしい。


そのバッグも そのうちに どこかにまぎれてしまったが、


その頃は このタイプの柄のバッグが 流行していたらしい。



私は 流行より 自分の好み優先なので、



流行の物は あまり縁がなかった。


一点豪華主義もいいが、


自分の好きなデザインの物を あれこれ 買うのが性にあっていた。


最近は バッグや 洋服のセールでの買いあさりも減り、


この冬は まだ 着られるものを 着まわしていくつもりである。


セールの案内が ハガキや メールで来るけれども


出かける事は 無くなった。


新年には 福袋を買うのが習慣だったが、


「福袋予約メール」も削除した。



一時期より かなり体重が減り、体型も変わったので、


冬服の 在庫を調べて、着られるものと


もう着られないものとを 分けて、


処分しようと 思っている。そこで足りないものができたら、


その時に買えばいい事だし。


ちょうど バザーの 案内が来たので、そこに出せそうなものがあれば、


まとめて 届けようと思う。


先日も 買い取り業者のチラシが 入っていて、


夫が「何か 売る物ないか」と いいにきたが、


「買取品一覧」を 見ても


私の 持ち物で あてはまりそうなものは


なさそうである。夫は 自分の不用品を 売りたいらしいので、


一部屋に まとめてみて、業者に来てもらい


夫が 納得したら 売ってしまえばいいと返事をした。


髙く売れるものはないだろうが、100円の値でも 引き取って


もらえれば ゴミに出す手間が減り その上スペースが空くので、


夫に 業者との 交渉をしてもらい、自宅で見てもらう事にした。


業者が わが家の近くまで回るのは 短期間なので、


私がいる日に 業者の予約が取れるかはわからない。


私が いなくても 夫が 自分の持ち物を売るには


別に 困らないし、身分証明書や印鑑も 家にいれば


すぐ 出せるだろうし。


チラシには 「買取例」として 何万という金額が載っていたが、


それは ごく少数だと思うので、夫が期待しすぎないよう、


やんわりと 話しておくつもりである。





 



グッチ オールドグッチ セカンドバッグ キャンバス×革 GG柄 ロゴ 茶系 中古
GUCCI(グッチ)
メーカー情報なし
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

貧富の差は無くせない

2017-12-12 14:16:57 | 私の思考
どんなに がんばっても、その個人 あるいは 世帯の収入や

財産を 同じにするなんて できるわけがないと思う。


なのに 無理に 「みんな同じがいい」という空気があって、


特に学校の中では


「貧富の差」というのは 社会にないもののようになっている。


子どもの頃 それが 不思議でならなかった。



私の父は 普通の 会社員だったけれど、


オイルショックで 自主退職し、


わずかな 退職金で 家を買い、そのローンを抱えつつ


母と二人で必死に働いたが その頃の暮らしは どん底に


近かった。米櫃に 明日の米がない。


「OO日までに 料金を頂かないと 電気を止めまず」というハガキ。


ローンの支払いが 滞れば、家を出ていかなければならない。


毎日が 綱渡りである。



父が 以前とは全く違う業種で 年下の人に


怒鳴られながら 必死に頑張ってくれたおかげで、


私も きょうだいも 高校を出る事ができ、


母も 働いて家計を助け、普通のお家よりは


劣る生活レベルではあったが、


一息つけるようになった。


成人式で 同級生が 振り袖をあつらえ、


美容院の予約をする中、私は


母が やりくりして 買ってくれたスーツを着て、


すっぴんで 成人式に 出席した。


その頃は 100均もないから


安い化粧品なんて なかったからだ。


髪を結いあげて きれいな振り袖姿の友人との写真に交じりながらも、


私は うらやましいとも はずかしいとも 思わなかった。


わが家で 今用意できるお金を すべてはたいて、


両親が用意してくれたスーツ。


子ども時代は もっと 粗末な物を着ていたから、


私には 最高の晴れ着である。


兄ちゃんの成人式も、自閉っ子の成人式も、


わが家の経済は苦しく、


スーツを あつらえる余裕はなかった。


どちらの子も 自分で働いて得たお金で


好みのスーツを 自分であつらえ、成人式に出席した。


兄ちゃんは 何も言わなかったが、


自閉っ子は「よその子は みんな 買ってもらってる」と


言い出した。


わが家の経済状況を わかりやすく説明し、


スーツは この先も 必要なものだから 作っておくと


役に立つことを 説明し、


「もし 友だちが (親は買ってくれなかったのか)と あれこれ言ってきたら、


(俺は もう20歳になった大人で 社会人だから 自分の物は自分で買っているんだ)と


言っておきなさい」と 送り出した。


世間には、成人式どころではなく、家族のために必死に働いていた


人たちもたくさんいただろうと思う。


成人式で 晴れ着で 参加している人たちだけが


「新成人」ではない事を、また他の場面でも


似た状況が たくさんある事を 心に留めておきたいと思う。



私は 婚約が決まった時、夫が ダイヤモンドの指輪を買おうとしたのを


断った。夫の生家では 普通の事なのかもしれないが、


普段使うことも無い贅沢品に 何十万も使う事が


私には 受け入れられなかった。


同じ 売り場にあった もっと気軽に使えそうなものを


夫に ねだったが、「そんな安物を 婚約指輪にはできない」と言われ


夫は 買うことに決めた。


その後 経済的に 苦しくなった時に、


指輪を手放し、生活費に回した。


その指輪を 私が 指にはめたのは、


結婚式の時と、新婚旅行の時である。


夫は 長い間気がつかず、


「あの指輪、どうした?」と聞いてきたときに


詳細を伝えたら がっかりしていた様子だったが、


夫や 家族を飢えさずわけには いかなかったので仕方ない。


私は 指輪に 未練は全くないが、夫のほうは そうではなかったようで、


ちょっと気の毒な事をしてしまった。







[KASHIMA]KASHIMA 【鑑定書付】【プラチナ】Pt900 2.5ct ダイヤモンド6爪リング (Hカラーアップ・I1クラス・Fairアップ) 12.5
クリエーター情報なし
KASHIMA(KASHIMA)
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

たくさん貼れるお薬手帳

2017-12-12 13:39:52 | 病気あれこれ
複数の病気を持っているので、


処方される薬も多い私である。


以前は 一日34錠もの 薬を処方されていたが、


今は 糖尿病が 完治し、他の病気も軽快していて


処方される種類も量も減っていて、うれしい限りである。


しかし 通院先は まだ多いので、


その度に 薬が出る。


内服薬もだが、湿布や 塗り薬等も


お薬手帳に 記録するので、


その処方明細を お薬手帳に毎回貼っていくと


手帳が すぐに いっぱいになり、最終ページに到達である。


過去の履歴を他の医師に診せる時に 何冊も持ち歩くのが


不便なのと、薬局でくれる無料のお薬手帳はみな 同じ種類なので、


一度 他の患者さんの物と スタッフが 間違え、


困った事になった。


それを 割けるためと、たくさんの記録ができる手帳を


市販品で見つけ、何冊か買いこんだので、しばらくは不自由しないで済みそうである。


薬局の受付で 薬をもらい、薬の解説書と お薬手帳を渡される。


その時に お薬手帳だけ バッグに入れてしまえばいいのだが、


薬剤師さんに「一緒にいれますね」と言われ うっかり


「はい」と 受け取り 急いでいたので そのまま


駅に向かった。帰宅してから 食後に 薬を飲み、


残りの薬と説明書を 他の病院で処方されたものをまとめてある袋にいれた。


そのあと、袋の中に お薬手帳が入ったままだという事を忘れた。


数日後、他の病院に行こうとして、お薬手帳がバッグの中にない事に気づいた。


「あ、薬だけまとめて、お薬手帳はそのままだった」と


探そうとしたが、どこに置いたかが思い出せない。


視野が狭い目で あちこち 探してみたが見つからないので


あきらめて 病院で診察をし、薬局で「お薬手帳忘れました」と


告げた。学校だったら「忘れ物が 多すぎます!なんでいつも忘れるんですか!」と


怒鳴られるところだが、薬局では「では これを渡しますので、


ご自宅で お薬手帳の一番新しいページに貼っておいてくださいね」で済んだ。


社会とは 学校と違って 融通の利くところだなあということを


こういう時に 実感する。



話が 脱線するが、


昔 サンタさん(という事にしてある父)が くれたプレゼントが気にいった私は、


そのおもちゃの構造が知りたくて、自分であれこれ工夫して


分解した事がある。


母から 大目玉をくらったが、



自分の持ち物で、しかも「サンタさん」がくれたものを


自分の好きにして何が 悪いのか さっぱりわからなかった。


自分に所有権があるものを 自分で破壊しても、


自他に危害が及ばない限りは 犯罪にはならないという事を


私は 父の蔵書や 図書館の本で 知識として知っていたので、


母が なぜ そんなに怒るのかが 全く分からず、


それが また 母の怒りを 大きくすることになった。


子どもとして 親の庇護下で生きるのは


安全ではあるかもしれないが、理不尽な事が山ほどあったことを


思い出した。


私は 子どもたちにクリスマスプレゼントを 用意したかどうかも


覚えていないが、自閉っ子が 「昔サンタさん来た時、


家に えんとつないのに どうやって入ったのか


お母さんに聞いたんだ。そうしたら


(うちは 古いから 入口も サッシじゃなくて


木の戸だから かんたんに外せるし、戸が無理なら 天井裏から


下に降りられるようになってるから そこから来たんじゃないの)


って 言われて 次の年に 天井見てたけど


そのうちに 眠っちゃった。」と 話してくれたので、


何か 買っては 置いておいたようである。


自閉っ子や 兄ちゃんが おもちゃをどう扱っていたかとかも


全く覚えていない。子どものものは 子どもの好きにさせたが、


「人に危害が及ばないように」という事や


そのための 扱い方などは 多分教えただろうと思う。


おもちゃで 怪我をしたとか させたとかいう記憶がないからである。











 




リラックマ お薬手帳(厚型) てぶくろをとどけに
クリエーター情報なし
シンリョウ
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

トラウマ・フラッシュバックの経過

2017-12-10 14:40:28 | トラウマ
先月末から、なんとなく調子が悪く、


時には 高熱が出た。


病院で 検査をしても、


熱があるだけで インフルエンザでもないし、


風邪でもない、と言われる。


炎症反応も出ないし、白血球の数も正常である。


熱がある時は 悪寒がすれば ひたすら暖め、


暑いと感じたら 布団から 足を出したり


体に 風を当てた。


不思議な事に、夫が そばにいる時は 熱が出ない。


何故かなあ、と あれこれ思ううち、


子どもの頃 週末になると 必ずと言っていいほど熱を出していたことを


思い出した。


週末は、両親が家に居る。


私は きょうだいの面倒を見なくてもいいし、


親の代わりに 請求書を持って 支払いをすることもない。


学校で 先生や クラスメイトに 理不尽な扱いを受ける事もない。


安心感からか、解放感からか、私はよく 熱を出した。


「ああ、あのころの状況に似ているなあ」と


思いながら 数日を過ごし、


夫が 買ってきてくれたものや 息子達が作ってくれたものを食べ、


気の向くままに 体と心の様子を見ていた。


約束をキャンセルしなければならない事もあったし、


不安に襲われたりしたこともあったけれど、


夫が そばにいてくれたおかげで、


いつの間にか トラウマと フラッシュバックは


収まっていた。


タッピングをする方法もあったのだけれど、


今回は それを する気にはならなくて、


何もしないで 自分の様子をただ見ていた。


今朝起きたら 長男が 洗濯機を回していて、


台所からは温かい 豚汁の匂いがしていた。


夫は 新聞を読んでいて、


別に何をしてくれるわけでは なかったけれど、


そこに居てくれるだけで うれしいなあ、という気持ちになった。










支援者なくとも、自閉っ子は育つ 親子でラクになる34のヒント
クリエーター情報なし
花風社
コメント
この記事をはてなブックマークに追加

講演無事終わりました

2017-11-28 21:49:04 | 講演
先日の講演、無事終わりました。


特別支援教育支援員養成講座という事で、


全日の課程を受講した方は


7日間 様々な講師の方の 講座を受けられたそうです。


支援学校の先生や、医療関係者、


ビジョントレーニングの専門家、等々。


その最終日が 私の講演という事でしたので、


発達障害について あれこれというよりも、



発達障害であっても 特別な支援なしの環境でも


なんとかやっていけるし、家庭に事情があり


子どもに 割ける時間や お金が無くとも、



出来る事は たくさんあるものだ、という


わが家のエピソードを お話するつもりでした。


当日朝、浅見淳子さんから 様々なメッセージが入りました。


それを 参考にしながら 話のあちこちに入れていきました。


「人間の心身の仕組みから、こういう身体アプローチをしたら、


こういう結果が生まれるのではという仮説の積み重ね」を


まとめたのが 花風社の 本であり、その仮説に 説得力がある。



睡眠障害についても 足首の不具合が 体のバランスを崩し、


肩や 首で 調整をするので 首がうなだれてしまう。


その不自然さで 頭(脳)が忙しくなってしまい、


休んだり 普通に眠る事ができなくなってしまう。



足首の固さや、逆の低緊張から来る緩さ、そういうものを調整していけば


姿勢や その他が変わり、薬でその場しのぎをしなくても


十分眠れるようになり、眠る事ができれば 芋づる式に


他の部分も 良くなり、「治っていく」と あれこれ話をつなげていきました。



途中で 休憩をお願いしていたのですが、すっかり忘れてしまい、


主催者の方が POPで知らせてくれて ようやく気付いたという一コマも。


講演は 2時間しかなく、質疑応答もあり、あっという間でした。


本については 話の中でも 「この本が 参考になります」と


表紙を見せて アピールしたせいか、



栗本啓司さんの「自閉っ子の心身をラクにしよう」が


真っ先に完売し、「芋づる式に治そう」が それに続きました。


前日の荷造りを ギリギリまで 放置していたので、


注文して 届いた分のほかに 以前の在庫も 持って行きたかったのですが


それができず、「自閉っ子・・・」については 私の私物でもいいという方がいて


それも 販売しました。家に在庫が 「自閉っ子・・・」も「芋づる・・・」も


あったので、やっぱりそれも持ってくるべきだったなあ、と後悔。


根っこ本も 数冊売れ、「治るが勝ち」も 売れました。


本の 写メを 撮る方も多く、後から どこかで


購入して 読んでいただけるといいなあと思いました。


7日間の講座は、私以外すべて 専門家。


何の資格もない 私の講座にも 「当日のみ」の参加を


して下さった方が 何名かいて、顔見知りの方も


遠くから 来て下さっていました。「もう一人 お連れがあるのよ」と


おっしゃっていただき、感激でした。


質問は「過敏性」と「偏食」についてが多かったですが、


数分で 答えるには 時間が足りず、不十分な答えになってしまいましたが、


主催者の方と また 機会が合えば、その点についても


深く お話できればと思いました。


会場へ向かう車内でも、スタッフの方から


「支援員養成講座だけれど、成人の方についても触れて欲しい」など


要望があったりし、2時間では 足りない部分がありましたが、


私の 話や、本を買ってくださった方が、出来る事から


実践してくださって、関わるお子さんや ご自分や周囲の方が


楽になる方法を 試して見つけていただけたらなあと思いつつ


会場を後にしました。スタッフの方に駅まで 送っていただき、


その後 寄り道もしながら 帰宅しました。


学習面も大切ですが、その前に


呼吸や睡眠等を 楽にできるような 体に整えることが


もっと浸透し 当たり前の世の中になっていってほしいと感じました。


私の 子ども達が 様々な 心身の問題を抱えていた時期は


過去の話になり、講演当日は 二人とも仕事に出掛けていきました。


私は 大荷物を抱えて あたふたしながら、「土日のダイヤは 何分?」と


自閉っ子に 聞きましたが、自閉っ子は 自分の支度がありますし、


事前に準備をきちんとせず あわてる私の様子を見て


「自分の事は自分で。」と言い、「前の日に調べておかないと。」と


私が 昔に 自閉っ子に 教えた言葉を そのまま返されました。


まさにその通り。同じバスに 何とか乗れましたが、


バスを降りてから 駅まで 助けてもらおうと 甘い考えでいた私を


自閉っ子は あっという間に追い抜いて階段駆け上がり、


私より 一本先の電車に 乗っていってしまいました。


目も足も 弱く 歩くのもおぼつかず、なんとか 階段の上り下りを


教えようと 買い物先のスーパーで、「会談の上にジュース売ってるよ」と


誘って それと気づかせず 練習させたのは いつの事だったか。


弱視も治り、良く食べ 良く眠り、毎日元気に 出勤していきます。


知能検査の結果や、主治医の判断や、そうしたものに


惑わされず、今この子の限界は確かにあるけれど、


将来まで 限界があると決められるのは おかしい、と思い


親子で できる事を 続けていったことが 形になりました。


2人の息子達は 病院の医師や 学校の先生や その他の人の


予想を 覆して 働くことに 生きがいを感じつつ、


余暇も楽しむ 充実した生活を 送る大人になりました。


今 支援を受けながら 過ごしているお子さんたちにも、


今の限界にとらわれず、将来に向かって


「自分の人生は 自分で決める」大人に なってほしいと思います。















発達障害、治るが勝ち! 自分の生き方を自分で決めたい人たちへ
クリエーター情報なし
花風社
コメント
この記事をはてなブックマークに追加