完全なヒーロー、絶対善、はすべて神話、物語の中にしか存在しない。
現実に存在するのは、相対的な善、だ。だから適当でよい、ということでなく、むしろ、個々の事例をよく吟味し、その時その社会集団における最大公約数を見出さねばならない。
そこに、教条主義的な理念が強すぎると厄介なことになる。自らの相対性を疑ってかかることをしないので暴走する。
善悪については、個々の事例を見つめ、考察することを欠いてはならない。それがなければただの妄想に堕してしまう。
現実に存在するのは、相対的な善、だ。だから適当でよい、ということでなく、むしろ、個々の事例をよく吟味し、その時その社会集団における最大公約数を見出さねばならない。
そこに、教条主義的な理念が強すぎると厄介なことになる。自らの相対性を疑ってかかることをしないので暴走する。
善悪については、個々の事例を見つめ、考察することを欠いてはならない。それがなければただの妄想に堕してしまう。