壬生の政局やいかに…

真の民主主義町政を求めて…

安心して下さい、右ですよ!

2016-02-29 22:13:23 | Weblog
民主党は「右から左から」と、よく評されます。だから、政権も失ってしまったのだと。

確かに政権を担うなかで、右(みぎ)左(ひだり)の齟齬はあってようにも思えるし、これから維新と合流するうえで、その障壁がさらに高くなるかもしれません。

ただ私的には、“民社”のDNAが脈々とこの身体に流れています。ひょっとしたら、“リベラル”とは声高には…。

事実、今日県連から「『原発のない未来へ!』県連集会および全国大会」への参加要請には、「なんでやん!」との疑問を禁じ得ません。

それ、あかんやろ!!
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決して東京マラソンには…

2016-02-28 21:23:07 | Weblog
昨日&今日、第2回UAゼンセン全国議員団会議のエピローグは、かわいたかのり氏の力強い決意表明でした。

会場のアルカディア市ヶ谷の窓を見下ろすと、東京シティマラソンのランアーが。

会議を終え帰宅すと、母から「アンタ、東京マラソン走って来たのかい?」と。

何ゆうとんねい、オカン…。

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UAゼンセン全国議員団会議に‼

2016-02-27 11:16:49 | Weblog
2年に一度開催の会議に出席するため、東京に向かっています。

前回は、自身の4回目の選挙を前に、穏やかとは言い難い心持ちでした。会議終了後、市ヶ谷から上野まで、茫然と歩いたことを思い出します。

準組織内の盟友=小野寺健仙台市議はじめ、親しい仲間との再会が楽しみです。

事前のプログラムでは、明日岡田代表の講演が予定されています。どんな話をされるのか、興味津々です…💦

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鈍い…

2016-02-26 21:45:48 | Weblog
県連から「維新の党との合流等」に関する意見を聞きたいとの旨の、メールが届いていました。

この場合「俺は維新との合流は勘弁」であれば、その理由を添付し猛烈に抗議するところではありますが、私は至って冷静です。

党名変更は当たり前でしょうし、それを担保に合併後の優位性を活かすべきだと思います。

今までたかが「みんな」に、どれだけ譲歩してきか。破談になった彼女とのアノ顛末も、そうした強い姿勢&立脚点があれば、防げた話です。

「地方を大切にしない民主党」については、なにくそと意地を張りながら青年委員会枠で抗してきました。中央に届いてはいないようですが…。

但し決まったら最後、やり抜くのが組織の鉄則というもの。「俺はこれまでそうやってきたし、これからもそうする」――矢吹丈に倣って…。






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「大変ですね…」&「どうする?」

2016-02-25 20:44:11 | Weblog
民主党と維新の党の合流を巡り、にわかに身辺が騒がしくなってきました。

支援をして戴いている方々からは、私の顔を見るなり「大変ですね…」と二の句は無しで、少し過ぎてから「ああ、そういうこと」と合点を。

また青年委員会周辺からは、「おちあいさんは、どうするの?」との問いかけが。どうするも何も、本部の閉塞感が地方に及んでいる以上、共闘への道はは願ってもない蟻の一穴です。

1996年の旧民主党結成時において、その集結軸は小さなものでした。「民主党が政権を伺えそうだ」という理由から、後発の勢力は、特に地方での活力を失いました。民社党も、それに当てはまります。

産業系組織の雄として、今こそ“民社魂”が待望される、そんな時期にきていると思います。

「どうする?」には、「民社党への支持を促しているところです」と応えていますが、何か…。
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新党名は「民社党」がいいな…

2016-02-24 22:08:34 | Weblog
伯父=田中義一が秘書として仕えた、栃木民主のシンボル・神田厚元防衛庁長官のお父上である神田大作先生の名前入り陶器を発見しました。

地元が益子だけに、先生ご自身の作品とお見受け致します。

新党名は「民社党」がいいな、とふと。左寄りは、ダメです。
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仇花にならぬよう

2016-02-23 21:45:24 | Weblog
民主党と維新の党との合流が報じられています。

内部から「民主党の名前に拘る」との意見がありますが、逆に「何で?」と問い返したい。

自民党からは「野合だ!」「党名を変更したところで」云々と。

意外なのは、公明党の山口代表が、かなり適宜な発言をされていたことです。

参院元「みんな」が蚊帳の外で不満があるそうですが、アンタたちは連合批判組なので、少し大人しくしているべきです。

どんな党名になるのか、久々にワクワクします。

5月の青年委員会全国大会がどうなるのか。盟友=小田貴久相模原市議の手腕に期待を!
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明日はどっちだ…!?

2016-02-21 21:03:56 | Weblog
今日ある所で、参議院選挙に向けた公職選挙法の改正についてレクチャーさせて戴きました。

スーパーなど大型商業施設における「共通投票所」の設置、要介護5から4まで郵便投票が拡大すること、そして転居後3か月を経過していなければ、前の住所で投票できる、この3点です。

特に転居3ヵ月については、家族全体でしっかりと投票行動に結びつけるという点で、ここへの呼びかけは重要です。

――ただし、それらが民主党への追い風にならないことは、火を見るより明らかな気が致します。

「安保法案、絶対反対」の機運が、若年層に伝わり狂熱が続いているならまだしも、それをシングル・イシューとするのはなはだ錯誤感いっぱいのような…。だとすれば、はかばかしくない政党とのねんごろな関係作りを急ぐ必要はありません。

加えて、参院選までに「民主党」が存在しているのか、それさえ疑問です。

それほど地方民主党は疲弊している、そのこと本部、とりわけ岡田さんには理解して戴きたい。以上――。

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「ポスターの人…」

2016-02-20 22:18:14 | Weblog
獨協医科大学の法医学の権威=K先生の葬儀告別式に参列致しました。

昭和49年同校に着任されると同時に、まさに第一線で医療の最先端で、世界的なご活躍をされていました。

ご長男=Y君とは、彼が10歳で壬生東小学校に転校以来、絵に描いた様な“腐れ縁”でした。

高校からは岐路を逸にしましたが、それでも互いに毒を吐きながら、存在を認め合う関係は続いていたと思います。

――喪主である彼に「この度は、ご愁傷様です」とあいさつすると、「それは止めよう」と。多分、彼なりの矜持があったのでしょう。

すぐに彼の奥方&ご長男と元に馳せ参じると、「あっ、ポスターの人」と。思い起こせば14年前、私の初出馬を聞きつけたY君が私の事務所を訪ねられた際、確かにポスターを渡したような。「おちあい、いよいよだな。小学生の頃から“選挙に出る”って言ってたもんな」――。

素直になれずに時は流れていきましたが、14年間私のポスターを自宅に貼り続けてくれていたとは…。

適宜な言葉が見つかりませんが、心よりの哀悼を申し上げるとともに、心痛を乗り越えY君らしく、そうあることを祈念します。

合掌。
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「私のこと、覚えていますか?」

2016-02-18 20:54:25 | Weblog
衆議員予算委員会で、前首相である野田佳彦前総理が質問戦に。前職がここに立つのは極めて異例で、まして論客の氏ゆえ、自ずと期待は高まります。

まず「私のこと、覚えていますか?」との、いつもの掴みの野田前総理。主眼は、「0増10減に合意を戴くなら、11月16日に衆院を解散してもいい」とした、12年の約束でした。

民主党下野のち「0増5減」は果たされたものの、約束は未だ反故にされたままです。

「あの時解散をためらっていれば、民主党の今は変わっていたかも」――そんな思いもあります。選挙制度改革のみを解散のシングル・イシューとした当時の党勢そのものが、いっぱいいっぱいだったのかもしれません。

野田さんの「私のこと、覚えていますか?」は、もはや鉄板ギャグです。

反して何と、安倍総理のいでたちに注目すると、2012年に野田元総理に解散を約束させたアノ日と同じ黄色にブルーのストライプのネクタイを。

確信犯だとしたら、かなり性格が悪いですね。

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