長篠落武者日記

長篠の落武者となった城オタクによるブログです。

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引越しテトリス

2016年03月27日 | 日記
このところブログの更新が滞っておりました。

長篠周辺へ帰るため引越しの準備が大変なのです。
引越しの日程は4月初旬なので、4月頭の土日が名古屋最終土日。今週、ある程度準備しておかないと今度の土日が地獄になる。
そのため、この土日は気合入れてダンボールの箱詰め作業を行っておりました。

箱詰め作業は、テトリスをひたすら続けるようなもの。

※画像出典:ウィキペディア

あまり使わない箱に丁度良い隙間があるから、とよく使うものを入れてしまうと引っ越した後に「あれはどこ?」ということになりかねない。しかし隙間が多いと中の物が動いて壊れやすくなる。しかし詰めすぎると衝撃が加わると壊れる。
この適度な隙間が必要、という話は戦国時代の兜の話とも被ります。

足軽などは借り物や拾い物で甲冑を間に合わせることも多かったようで、大きさがあわずにぴったりとした兜を被っていた人に火縄銃の玉が命中。兜に穴が空くことも無かったのですが、衝撃で死亡してしまい、やはり兜は適度な隙間がないとだめだ、みたいな話を武功雑記だったか何かで読みました。

と、まぁ、ひたすら適度な隙間を作りつつのダンボールを有効活用しながらの箱詰め作業をやると作業そのものよりも案外と頭を使っているようで、ぐったりしてしまいます。
何度目かの引越しと言うことで、プラケースに入っている物はそのまま運んでくれるため入れ替えの手間がかからない、という勉強もしており、今回はよっぽど箱詰め作業が少ない方と言えども油断は禁物。

なんとかこの土日に頑張ったので、今度の土日に終えることができそうです。
まだしばらく引越し予定日まで日にちがあるため、あまり沢山つめてしまうと現在の生活が成り立たなくなる。

このあたりの匙加減は毎回苦しめられますが、今回思ったのが、何度も引越しを繰り返したせいか、意外と物が、すぐ使うもの、しばらく使わないものに分けられていた、ということ。また、たんすに衣料が入っている状態で引っ越せるそうなので、これまた楽。

とにかく、引越しと言うものは手間がかかります。
今回、偶然引っ越しが決まる前から妻が断捨離で物を捨てていたのも幸いでした。

しばらく落ち着かない生活が続きますが、これも奥三河に引っ越すためと思えば。笑。
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断捨離を妻がしたら埋もれていた本が出てきた

2016年03月05日 | 日記
断捨離に妻が目覚めた、という話を1月に書きました。
昨年12月位から、どんどん物が捨てられるとともに、収納方法を同じアパートのミニマリストと収納名人にチェックされて、かなり家がスッキリしました。

部屋が1つ増えた、という感じ。

私の本もかなり処分しました。ついでに新しく収納を買ってきて死蔵本を閲覧可能に。
古本屋で見つけてとりあえず買っておいた、という本などは今まで読まれもせずに死蔵されておりました。

そこで、さすがに読んだことがない本を読もう、と、引っ張り出して読んでおります。
現在読んでいるのが「宗長日記」。

連歌師の宗長という人が書いた紀行文。

戦国時代初期の武将の動向が書かれていることで有名です。
読んでみると、なかなか面白い。

あちこちの大名家の内情などが書かれていたり、城の様子だとか、なんでこんなことを細かく記載しているのか、と、考えると情報をあちこちに提供する役割があったからだろう、ということが想像されます。

宇利城を攻めた松平清康が詰った叔父の松平信定も出てきます。
織田家の武将と仲良く一緒に連歌をしている描写があるのに、清康系統の松平家には立ち寄っていなさげ。細かく調べて考えるのは現在後回しになっておりますので、また、自分の調べた範囲のことは別に書く予定です。

また、熊野詣とかお坊さんの日本史とかさらっと読んだ、あるいは途中で挫折した本なども並行で読んでいるので一冊の感想を書こうにも時間がかかって仕方ありません。
好きで読んでいるので別に良いのですが。

たまには本を読み返す必要もあるのだな、と、思いつつも読めるように整理しておくことが必要だなと思う。しかし、何より、そもそも家が借家で狭いから、こういう事態に陥るわけで、一軒家を買ってれば本棚に蔵書を並べて背表紙眺めながらニヤニヤ笑ってコーヒーを啜る、ということもできる訳です。

眺めてるだけで読んでない、ということになりそうですが。。。

もっとも家が広くなろうとも物を増やすと無駄が増えるので、やっぱり整理は続けていく必要はあるのでしょう。

家から歩いて5分位のところに図書館があれば楽なんですけどねぇ。
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就活に古宮城が効く

2016年03月01日 | 古宮城
古宮城の整備活動に参加してくださった学生さん4名全員が就職や進学が決定したそうです。


※2014年の古宮城調査


※2015年の古宮城清掃活動

そのため、ささやかながら社会人の門出を祝う祝勝会を開催させていただきました。

内容をお聞きすると、3社から内定を獲得して就職先が決まった方、この地域最高峰の大学院への進学が決まった方、教員になる方、公務員になる方という陣容。
なかなか就活が大変だといわれている昨今、これだけの実績の方が揃うと言うのは、結構すごいのではないかと思います。

御本人さん達の努力が一番だとは思いますが、古宮城の整備活動に参加した人達が揃いも揃って結果を上げたと言うことは、

古宮城は就職活動に効くのではないか?

と、いう仮説を立てても問題ないかと思います。

今年も古宮城の整備活動の開催を予定しています。
と、言うわけで『古宮城の整備活動が就職に効くかどうか』の検証に参加していただける大学生さんを今年は募集してみようかな、と、思ってみたり。

なんにせよ、進路が決まった皆さん、おめでとうございます。

あれだけの堅城を落城させた人達には何かツキがもたらされるのではないか、と、私は思います。
※ あくまで個人の感想です。
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宇利城シンポジュームが開催されました。

2016年02月22日 | 
宇利城シンポジュームが開催されました。


宇利城麓の中宇利多目的集会施設で50名以上の地元の方々にお集まり頂き、盛況に開催されました。
今回のシンポの目的ですが、基調講演で安形会長が言われた

「宇利城について解説できる地元の人が一人でも増えると良い。」

ということに尽きます。

本日の参加者の方は宇利城に登ったことがある方が結構お見えで、関心の高さが窺えました。


基調講演の後、宇利城址保存会の森さんから今年までに行われた宇利城保存活動について報告がありました。
本丸からの眺めがよくなり、歩きやすいように階段が付けられる等、地道ながらも宇利城の魅力を高める活動について知ることができました。

さて、その後がシンポジューム(シンポジウムではなくジュームという拘りが個人的には好きです。)。
なんと言ってもシンポ最大の目玉は、地元中宇利出身で螢献Дぅ謄ト社長の安形哲夫氏。
来場者も昔を知っている安形社長を見に来た、という方も多かったのではないかと思います。

本日は一城好きとしての立場でのご参加。日本百名城を選定したことで知られる日本城郭協会の会員でもあり、各地の城を訪れているということで宇利城についても解説をしていただきました。

御馬平で敵兵が2分割されて本丸などへ攻めかかる兵を分散させる機能や尾根を断ち切る堀切について全てを掘ってしまうのではなく片側に細く土橋として残す形態、尾根伝いの防御などを城のことをあまり知らない方にもわかりやすく説明されるのを聞いて、これは本格的に踏査されている城好きだということがよくわかりました。

また、城のまわりの状況について説明する際、字名などの超地元な話をされていても、聴衆の方達も普通に『あ、あそこね。』的な反応をされているのが個人的には面白かったです。
地元の方同士だからこそ通じる話、というのも本日の「地元の方に宇利城をより好きになって欲しい」という目的に適っていました。

地元ラジオ局パーソナリティの原田さんには、どちらかというと聴衆の方に近い感覚で参加してもらい、城好きだけにわかる話にならないように話を整理してもらう役割をしていただきました。
また、地元の東郷や千郷といった新城市の他地域の状況をお話いただき、八名地区や中宇利区との比較の参考となりました。
やっぱりしゃべりが本職だけあって、聴衆を盛り上げるのもさすが、といったところ。

そして、古宮城を含む作手亀山城下町の景観復原に取り組んでいただいた大学四年生の吉田さんからは、景観に関する話から宇利城の下に広がる街並みに関する視点をいただき、安形社長と宇利城だけでない麓集落全般の景観に関する話で盛り上がりました。

安形社長からは、宇利城だけでなく附近の比丘尼城や慈眼寺館といった全体的な保存状態が良好な中宇利区全体で保存を考えていくと面白いのではないか、というご意見も頂きました。



パネリストの皆様が大変に素晴らしく、一般の人には馴染みが薄い「土の城」がテーマであるにも関らず、結構会場からは笑いが起きるなど、ただ単に話をするだけでなく聴衆を沸かす話をしていただきました。

しかも、よくパネルディスカッションではパネリストが暴走気味に時間超過で話すことが多いにも関らず、本日のパネリストは全て明快かつ簡潔にまとめて話をしてくださるおかげで、当初予定していた時間が大幅に余ってしまい、ファシリをしている身としては時計を見ながら冷や汗がだらだら流れて止まりません。
あまりにさくさく話が進んでいくので、こちらも当初予定に無いことを聞いてしまったりしてパネリストの方々もさぞ迷惑しただろうな、と、思いながらも、私自身が大変楽しんで話を聞いていました。

後で時間があったならばフロアから質問を受け付ければよかったのに、と、指摘されて
「ああ、その手があったか。」
と、事前には想定していたにも関らず、慣れないファシリということもあって、完全に頭から飛んでました。
自分自身は反省すること多々あり、従来どおりの裏方仕事に徹しようと心に誓ったところです。

しかし、パネリストや聴衆の皆さんが素晴らしかったことに助けられてなんとか最後までたどり着きました。
また、今回は市民活動として開催されており、会場準備などをしてくださった皆さんに感謝申し上げます。
忙しい中、わざわざ他行事から駆けつけてくださった地元代議士の今枝議員や区長さん始め地域の役員さん方にも感謝申し上げます。

宇利城、古宮城、亀山城は国道301号で繋がり、国道151号と交差して、野田城、新城城、長篠城とも繋がります。
新東名も開通しましたので、長篠・設楽原の戦いの跡へ訪れたついでにどこか城を訪ねるのも面白いかと思います。
是非奥三河へ。
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古宮城のEテレ放映内容が愛に溢れていた件

2016年02月13日 | 古宮城
2月9日(火)の午後9時半から「趣味どきっ!」の「お城へ行こう」という番組で古宮城が放映されると聞いて、どきどきしながら見てました。

事前に入手した番組テキストでは古宮城は見開きで4頁分。躑躅ヶ崎館よりも少ない。
まぁ、そら天下の武田信玄の本拠地が相手では、と、思って放送を見たところ

古宮城の方が放送時間が長いっ!!

驚いたのなんの。
しかも、古宮城の見所を余さず、そして簡潔に、かつ、わかりやすく古宮城を知るには、この番組を見て頂くのが一番!という内容でした。

※丁寧な解説をする千田嘉博奈良大学長。

最大の見所、両袖枡形虎口の映像に門の画像をはめ込んで、実際がどういう状況だったかが大変わかりやすく矢が飛んでくる様も矢印で一目瞭然。千田先生は、大堀切や北側の入り組んだ堀の解説の後、西の曲輪を馬出の進化版として解釈し武田式城郭の到達点として捉えられていました。

松村邦洋さんの「難攻不落にも程がある」というコメントが画面表示されていたときには「やっぱりそうだよねぇ!!!」と画面を見て言ってしまいました。


千田先生は実際には戦闘経験がなく自焼陥落した歴史にも触れられており、古宮城の全てが語り尽くされていました。


すっかり興奮して作手山城案内人で今回の番組づくりにも参加されていた原田純一先生にメールすると、速攻で折り返しの電話が。

「躑躅ヶ崎館が約10分、古宮城が約15分で古宮城の方が放映時間が長かったんですよ。」
とのコメントには、やはり同じ視点で見られていたなと思うと同時に、正確に時間を計られていたことに、上には上がいるものだ、と、感服。

「ディレクターの人が古宮城への愛を込めた編集をしたと言ってました。」とも。
確かに。時間もさることながら古宮城の見所全てが盛り込まれており、見ていて「好意的に紹介してくれているな。」と感じていただけに、編集している方も魅了した城だったのか、と、改めて古宮城の実力を知る。

「やっぱり愛情は見ていて伝わりましたよ。」と、話をしてましたら、原田先生は
「これも地域の皆さんや古宮城が好きな皆さんが草刈りなどをして見やすくしてくれたおかげですよ。昨年千田先生が見えたときに城が綺麗になって見やすくなっていたのが、数ある武田の城の中で今回古宮城が取り上げられた理由じゃないかと思います。」
との感想を述べられてました。

古宮城は土の芸術とまでNHKテキストに書かれていますが、まさにそう。

その埋もれていた宝物を磨こうという活動を立ち上げたのが当時新城JCだった加藤さん。
地元作手の原田先生や加藤さん、新城市の作手地区以外の皆さん、愛知県立大学の皆さん、市外のボランティアさんの協力で、少しずつ見やすくなっていった経緯を私も一緒に体験できたことが嬉しい限りです。

「姫路城や名古屋城、大阪城と並んでの古宮城ですからねぇ。国宝と並んでいるというのが信じられない。」
と、原田先生は言われてましたが、私も全く同感です。
これからも古宮城を好きになってくれた人達が一緒になって活動できると良いなぁと、思った次第です。

ここまで読んで「うわ、見逃した!」と思った方。

安心してください。再放送があります。

2月16日(火)のEテレです。
今度は忘れずに録画を。(笑)。
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