陸海軍けんか列伝

オーシャン堂店主・青井渚が探索する日本帝国陸海軍軍人のけんか人物伝。その軍人の宿命を探って逆光の中を彷徨する。

590.桂太郎陸軍大将(10)「俺は京都に行かぬ」と、酒を飲んで、その末に剣を抜いた

2017年07月14日 | 桂太郎陸軍大将
 他の補助長官・南部直之允は、京都に召喚されたが、彼は隊長と誓約し、断じて職を去らず、隊員と死生を共にすると、頑張っていた。

 こんな厄介な部隊に、進んで隊長となろうとする者はいなかった。桂太郎がこの貧乏くじを割り当てられたのは、彼のニコポン主義(若い時からこの傾向があった)を以てすれば、何とかやってくれるだろうという、上役の鑑定によるものだった。

 当時、桂太郎は、まだ二十歳だった。桂自身は、その頃しきりに、外遊して、新知識を学びたいと念願していたので、この任務は、あまり面白くなかった。それにこの四大隊二番隊を率いる自信もなく、むしろ、この司令職は心外であった。

 桂太郎は、一応、上役に「この職に就きたくない」と抗議を申し出た。だが、それは認められず、「統率が厄介なのは分かっている。それならばこそ、貴公を煩わすのだ」というのが、上役の答えだった。

 宿で如何にすべきか、桂は考え込んだ。その結果、やっかいな二番隊ではあるが、未見の奥羽地方を見ておくのも悪くはない。しかもそれが藩命ならば、進んでその任務に就くべきであろうと決心した。その任務を果たしてから、外遊しても遅くはあるまいと、考えたのだ。

 桂太郎は、まずこの難物の隊を、どうして統率していくべきか考えた。そこで隊内の主だった者に会って、事情をよく聞くことにしようと思った。

 そんな時、早くも情報が二番隊に伝わったとみえ、下士頭の藤村録平が、桂の様子を見るために、宿に訪ねてきたのだ。

 藤村は二番隊の中でも最も手ごわい煽動者の一人だった。桂は、藤村を快く引見した。そして、明朝直ちに、大阪にある二番隊陣地に、赴くことを約束した。

 明朝、桂は藤村と共に船に乗り、高瀬川から淀川に出て、大阪に向かった。船中、桂は、藤村とよく話し合ってみることにした。

 だが、藤村は、何かと話の中で、桂につっかかってきて、打ち解けようとはしなかった。桂は、そんな藤村に、腹を割って話し、「二番隊の統率が難しいのは知っている。だが、奥羽では激しい戦いとなる。統率がとれない隊は必ず敗れる。今のままでは自殺しに行くようなものだ。藤村さん、知恵を貸してくれ」などと言って懐柔した。

 船を降りる頃には、藤村は完全に桂と打ち解けて、心酔すら覚え、以後桂の無二の腹心となっていったと言われている。

 桂太郎は、大阪に第四大隊二番隊司令として着任した。桂が着任したので、補助長官・南部直之允は、当然命令が出ていたので、京都に引き揚げなければならなかった。

 だが、南部は、「俺は京都に行かぬ」と、酒を飲んで、その末に剣を抜いた。桂を斬るかと思われたが、彼は酒樽を斬った。

 隊員も口々に南部の復職を桂に迫った。「南部と生死を誓ったからには、南部なしに東北に出征することはできない」というのである。

 だが、桂は、断固としてこれを退け、「君命に忠誠でなければならない」と訓戒した。隊員たちは、矛を収めたが、これは藤村が陰で隊員たちに働きかけたのだ。後に、南部は説得されて、京都に赴き、その後東北に出征した。

 この事件を契機に、桂太郎は隊内での強情者や反抗者を知ることができた。彼らの事情を詳細に調べてから、下士以上の者を一室に集めて、各自の希望を述べさした。

 それから、懇々と、規律をよく守るべきであること説諭した。そのあと、下士中の強情者や反抗者を選んで、彼らに、全隊員の前で、「長藩第四大隊軍規」を朗読させたのだ。

 その「長藩第四大隊軍規」の中には、「一、一隊の兵士は、互いに信義を宗とし、同志協力、共に国家の藩屏(はんぺい=垣根、守護の囲い)と相成可申(なることにしている)、一己の不平を以て、軽薄の振舞無用之事」という一条もあった。

 この軍規を、日頃最も口やかましい反抗者を選んで、朗読させたのだ。桂太郎も、二十歳という若い頃からなかなかの総帥の器だった。これで、奥羽への出発の準備は整った。

 奥州戦で東北は鎮定され、桂太郎はいったん東京に凱旋し、さらに京都に寄ってから、長州に戻った。

 明治二年三月二十三日、桂太郎の父、与一右衛門が病気で死去した。桂太郎は、五月二十八日、家督を相続した。

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小説
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