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申栄一日誌
後期高齢者医療制度、名前からして・・・
後期高齢者医療制度、名前からしてふざけている。そう思う人がほとんどではないだろうか。よくもこんな人を馬鹿にした、尊厳、尊重のカケラもない文句を考え付いたものだ、とその感性のすさまじいまでの貧しさに愕然とさせられる。
制度の内容は依然としてあまり明らかではない。一般の人たちにとって実にわかりにくく、年金から天引きされるにしても一部の人は前より下がり、一部の人たちは前より上がるという形にしてある。これはおそらく、皆さんの分全員が上がるわけではないですよ、下がる人もちゃんといるんですよ、という申し訳の部分を作りたかったからだろう。批判の総攻撃を若干なりともかわす狙いがある。だが、間違いなく想像できるが、総計でみれば天引き保険料の総額は以前より国としては上がる形に計算してあるはずだ。でないとこんな詐欺制度を作る理由がない。国民をだましながら、少々アメもなめさせながら、きっちり収奪の網をかけているのだ。
後期高齢者、それにしても何という言葉だろう。高齢者の中の後期の人たち、つまりかなり年のいった年寄り、そういう人たちを選別区別して、他の人たちと差別的な保険制度にする。今までがんばって生きてきた、がんばって社会に貢献してきた人たちに対して、どういうわけか差別的な、そして生活をさらに追い込む残酷な制度をひねりだしたのである。
この国は、いや、特権層としての政治屋、官僚はこの国に住む大多数の国民、市民に対して、なんら敬意を払うつもりがない。だましとった年金、保険料を使って自分たちの安楽のためにプールを作り、マッサージチェアを購入し、豪華な格安マンションを建ててしまう。おまけに天下り制度なる打ち出の小槌を創出してごく短期間の間に何千万円もの、いや時には億を超える金銭をだましとっていく。
最近本当に不思議に思うのだ。ここまでやられ放題にされながらどうして暴動ひとつ起こらないのだろう。日本で最後に起こった暴動は西成愛隣地区(昔の釜が崎)で起こったものだといわれている。1990年だ。それから18年、それほど大した抗議活動も行われていない。いや、情報がコントロールされているせいもあってほとんど報道されないのかもしれない。障害者自立支援法という悪法が成立する前後には国会議事堂付近で車椅子のデモ隊があふれかえったものだが、これもほとんど報道されなかった。メディアの実質的な国家管理ともいえる状況は、市民の覚醒と行動を制限する役割を果たしているとも言えるだろう。
昨日ひさしぶりに会った友人と話しながら、どうしてこれほどやられ放題なんだろう、この泥棒国家、何とかできないものかなぁ、なんてことを話していた。ホンマ国会議事堂でもぶっ飛ばしたいもんやで、なんて物騒な話も出たが、いや、これはあかんで、死人が出るようなやり方はあかんやろなぁ、せやけど、実質、国側はこっちを殺してるようなもんやからなぁ、くやしいなぁ、なんてことを話していた。そのうち、こういう会話をすること自体を罪に問う共謀罪の創設までこの国は目指しているだろう。本当に恐ろしい時代になってきている。
制度の内容は依然としてあまり明らかではない。一般の人たちにとって実にわかりにくく、年金から天引きされるにしても一部の人は前より下がり、一部の人たちは前より上がるという形にしてある。これはおそらく、皆さんの分全員が上がるわけではないですよ、下がる人もちゃんといるんですよ、という申し訳の部分を作りたかったからだろう。批判の総攻撃を若干なりともかわす狙いがある。だが、間違いなく想像できるが、総計でみれば天引き保険料の総額は以前より国としては上がる形に計算してあるはずだ。でないとこんな詐欺制度を作る理由がない。国民をだましながら、少々アメもなめさせながら、きっちり収奪の網をかけているのだ。
後期高齢者、それにしても何という言葉だろう。高齢者の中の後期の人たち、つまりかなり年のいった年寄り、そういう人たちを選別区別して、他の人たちと差別的な保険制度にする。今までがんばって生きてきた、がんばって社会に貢献してきた人たちに対して、どういうわけか差別的な、そして生活をさらに追い込む残酷な制度をひねりだしたのである。
この国は、いや、特権層としての政治屋、官僚はこの国に住む大多数の国民、市民に対して、なんら敬意を払うつもりがない。だましとった年金、保険料を使って自分たちの安楽のためにプールを作り、マッサージチェアを購入し、豪華な格安マンションを建ててしまう。おまけに天下り制度なる打ち出の小槌を創出してごく短期間の間に何千万円もの、いや時には億を超える金銭をだましとっていく。
最近本当に不思議に思うのだ。ここまでやられ放題にされながらどうして暴動ひとつ起こらないのだろう。日本で最後に起こった暴動は西成愛隣地区(昔の釜が崎)で起こったものだといわれている。1990年だ。それから18年、それほど大した抗議活動も行われていない。いや、情報がコントロールされているせいもあってほとんど報道されないのかもしれない。障害者自立支援法という悪法が成立する前後には国会議事堂付近で車椅子のデモ隊があふれかえったものだが、これもほとんど報道されなかった。メディアの実質的な国家管理ともいえる状況は、市民の覚醒と行動を制限する役割を果たしているとも言えるだろう。
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