『黒マリア流転―天正使節千々石ミゲル異聞』

太東岬近くの飯縄寺に秘蔵の黒マリア像を知った作者は、なぜこの辺境に日本に唯一のマリア像があるかと考え小説の着想を得た。

サヨリと登校

2015-11-02 | エッセー
サヨリと登校
 星郎は、翌朝はいつもよりだいぶ早く起床した。カーテンを開けて窓から外をのぞくと、もうサヨリが手提げかばんを持って、心配そうな顔をして立っていた。
そのいじらしい姿に星郎は心を動かされた。
「サヨリちゃんは、本当は学校へ行って友達と勉強したり、遊んだりしたいのだ。だが、生まれつき手の指の足りないことを悪餓鬼どもがいじめの種にしているので、登校したくとも行けない。何とかしてやりたい!サヨリちゃんを助けてあげたい!」
星郎は強く思うと、いつもの引っ込み思案な自分とは違う自分に気が付いて勇気が湧いて来た。星郎にも同じ
ような子どもの頃の辛い体験があるので、一層サヨリに同情してしまう。
急いで着替えて、お婆さんの用意してくれてある朝食をほおばると、表へ出た。
「サヨリちゃん、お早う。早いね。」
いつもより大きい声で挨拶すると、
「お早う。」
心ぼそい声が返って来た。
「サヨリちゃん、とても早く迎えに来てくれてありがとうね。ぼくについて来れば、何も心配することはないから さぁ行こう。」
二人は、学校に向かって歩き出した。すると後ろから足音が聞こえて来た。
振り返ると、腰の曲がったお婆さんが、ついて来るのだった。
「サヨリちゃん、あのお婆さんを知ってるかい。」
たずねると、黙ってうなずいた。
「ああ、そうか。サヨリちゃんの家のお婆さんだね。あなたが学校に行っていじめられるのを心配してついて来てくれたんだ。」
「うん、そうだよう。弁当を作ってくれながら一緒に学校へ行くって言ってただよ。だからあたいは、絵の先生がついていてくれるから大丈夫だと言ったけども、こっそり後からついて来てしまっただよ。」
「それじゃぁ、お婆さんにも校門までついて来てもらおうよ。サヨリちゃんをとても心配してるからついて来てくれたんだからね。」
星郎は、力強い声を出して、サヨリを元気づけた。
お婆さんは、二人からすこうし離れて、腰を曲げながら歩いて来た。
二人が、校門までやって来ると、
「サヨちゃん、お早う。よく来たね。」
声をかける女の子がいた。
「お早う。」
サヨリは、恥ずかしそうに下を向いて挨拶をした。
星郎も
「お早う。サヨリちゃんと仲良くしてね。」
挨拶を返したら女の子は、にっこりとして、
「うん、だってサヨちゃんと、あたいは仲良しだもの。」
と、胸を張って言った。
二人を見つけた子供たちが、駆け寄って来てサヨリの周りを囲み、口々に
「心配してただよ。」
「誰もいじめねぇから毎日学校へ来るといいだよ。」
「先生も仲よう(よく)しなさいと、言ってたよ。」
などと、大騒ぎになった。
「あれ、サヨちゃん、この人は誰だい。」
だまって子供たちの様子を見ていた星郎に気づいた子が、サヨリにたずねた。
「あのねぇ、東京から来た絵の先生だよ。あたいは、一ぺぇ顔を描いてもらっただ。とても上手だよう。」
「そらぁ、いいなぁ。それじゃぁ、おれも描いてくれよ。」
「あたいも。」
「おらも。」
大さわぎになってしまった。
その騒ぎを聞きつけた担任の女の先生が、教室から出て来て声をかけた。
「サヨリちゃん、お早う。よく来ましたね。心配していましたよ。」
星郎が
「担任の先生ですか。ぼくは、サヨリさんの友達です。サヨリさんが、学校を休んでいるのを心配して、今朝はついて来ました。この子供たちの仲間にぼくも入れて下さいませんか。」
先生に申し出ると、子ともたちは、とび上がって喜んで
「先生よう、おらたちと遊んでくれるかい。」
「それに絵がえれぇうまいって言うから図画の時間に教えてもらうべぇよ。」
ガキ大将でいじめっ子の太一が言った。
「そりゃあ、いいなぁ。おねげぇ(お願い)しますだ。」
「わぁ、いいぞう、おねげぇします。」
ほかの子たちも手をたたいて、とび上がって喜んた。
この様子を「どうなることか」と、遠く離れてうかがっていたお婆さんは、腰に下げていた手ぬぐいで涙を拭って帰って行った。安心したのだろう

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