『黒マリア流転―天正使節千々石ミゲル異聞』

太東岬近くの飯縄寺に秘蔵の黒マリア像を知った作者は、なぜこの辺境に日本に唯一のマリア像があるかと考え小説の着想を得た。

黒マリア像(古寺の秘蔵)

2017-03-21 | エッセー
 飯縄寺の村田住職が奥の間から大切そうに金箔のお厨子を抱えて来た。扉を開くと木造の観音像に似た彫刻座像が鎮座していた。
「黒マリアのようです。いつの時代に誰が持ってきたかは分かりません」
 私は、黒いマリア像を知らないので、薄黒いマリア像を凝視した。左掌に幼児を乗せて、右手は肘の所から先は脱落している。唇と歯だけが白く塗られている。仏教の像なら蓮華の台座に坐っているはずだが、これは台座に横長のXの模様が描かれている。異国的な模様だ。
 黒マリアとはいったい何か?
 研究書を数冊取り寄せて調べることにした。黒マリア関係は、国内では今までに三冊が出版され24
ているが、どれも古いので二冊を読んだ。スコットランドのケルト民族が地母神としてフランスのピレネー山地に持ち込んだものだと言う。ヨーロッパ各地に約四百体ぐらいは祀られているが、キリスト教とは関係のない物らしい。芥川龍之介は収蔵していた物(首から上は白い象牙、あとは黒衣)を『黒衣聖母』と言う短編作品にしている。国内には鶴岡市の教会がフランスから送ってもらった像があるだけだと言う。
 そうだとすると、この聖母は国内で二体だけの珍しいものではないかと思われる。隠れキリシタンがひそかに持っていたものかもしれない。だが、隠れキリシタンたちの持っていたのは中国製陶芸がほとんどだと言う。それも慈母観音として造られたもので、マリア像の代わりにしていたのだ。
 ここから私の小説の構想が始まった。
 信長はキリスト教布教を認めていた。秀吉は途中から禁教令を出して弾圧した。家康=徳川幕府はカソリックを厳しく取り締まり、プロテスタントだけをオランダ=ヨーロッパ交易のために認めた。するとこの時代に黒マリア像を命がけで持っていた人物は誰か?そうだ、天正少年使節団の中にいるのではないか。調べると。四人の中の千々石ミゲルと言う人物だけは、他の三人と異なり、棄教して弾圧を免れている。だが、消息は不明なのである。このミゲルを主人公にして書けば小説は出来ると考えた。ミゲルは母子家庭で、母はヨーロッパ行きを承知しなかったし、ミゲルは八年間、日本の母を恋しく思っていたからマリア像を母のように慕っていたのではなかったか。小説の基調に「母恋」を据えよう。
 厳しい弾圧をミゲルはマリア像を隠し抱いてどう流浪して、辺境の地夷隅まで辿り着いたのだろうか。飯綱寺は、かつて修験道の寺であった。ミゲルを修験者に仕立てることにした。この寺が飯綱権現を祀っているから山伏姿のミゲルが晩年を過ごしたと考えた。この寺の庵で村人たちにヨーロッパで見聞したことなどを語らせれば面白い。また使節一行の数奇な運命を興味深く書ければよい。事実、行く先々で大歓迎を受けたことなどは忘却の彼方へ消え去ってしまっているのである。日本人で最初のヨーロッパを見て来たミゲルの目を通して、花の都フィレンツェのヴォチェリのヴィーナスの誕生の絵やローマのシステーナ美術館のミケランジェロ・ダヴィンチの作品、ヴェネチアの賑わいなどを紹介するのもよい。
天正十年(1582)長崎港を発った一行(四名の代表団の年齢はわずかの十四、五歳)は、マカオ・インドのゴアを経て喜望峰を回りポルトガルのリスボンに天正十二年(1584)上陸。二年半もの長い船旅であったが、使命を忘れずに各地で立派に任務(スペイン国王・ローマ教皇に面会)を果たし八年半ぶりに帰国。だが、頼みにしていた信長は本能寺の変で死亡し、秀吉が跡を継いでいた。しかもすぐに家康の天下となってしまった。使節団一行の不幸はかくして有為な青年(二十歳過ぎ)の肩にすべて覆いかぶさったのであった。逆さづりの殉教者中浦ジュリアン、マカオ追放の伊東マンショ・原マルチィノ、千々石ミゲルだけは棄教して消息不明。謎は深まるのである。
山岳信仰=山伏は神道と仏教の合体した土俗宗教だが、山伏は身心を鍛え、人々の病を救う術を身につけている。それは、太陽神に最も近づく厳しい修行(修験)によってのみ得られる。よく唱えられる呪文は「オン キリキリノ ハラハラ フダラン バッソワカ オン バザラ トシャカク」や「オン アビラウンケン ソワカ」などである。ミゲルを登場させて、山間僻地の庶民とマリア像を囲んで交流を図る舞台を用意する。その時に病苦を治療する西洋と漢方をよくする医療術の心得も身につけている人物であればなおよい。黒マリア像は、ゴアでもとめて肌身離さず持っていた時は黒くはなかったが、帰国して邪宗の取り締まりが厳しく、やむを得ず全身を黒く塗ってしまったとする予定である。
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