『黒マリア流転―天正使節千々石ミゲル異聞』

太東岬近くの飯縄寺に秘蔵の黒マリア像を知った作者は、なぜこの辺境に日本に唯一のマリア像があるかと考え小説の着想を得た。

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81年前に誕生!6歳の姉が雪道を

2017-01-25 | エッセー
 2年前に故人となってしまった姉は、気丈で家族思いであった。
 私が生まれたのは、父が建てた市原郡内田村字木の根坂の家であるが、3歳で父の実家の字島田に転居した。ここで高校卒業まで生活し、卒業後は千葉市の姉の家で4年間を過ごした。
 放蕩無頼な父はよく家を空けていたから母は大変であったろう。私は、雪の降る日に生まれたとよく姉から聞かされた。
 それは、産気づいたときに父は不在で6歳の姉が1キロほど離れた産婆さんを呼びに一人で行ったと言う。大雪が降っていて田舎道には道端の木が倒れていたと言う。通りかかった郵便配達の伯父さんが「小さいのにえらいね。」と言って倒れた木をよけてくれたので産婆さんの家まで無事に行けたそうだ。産婆さんも一人で来た女の子に驚いて、「おう、よく来たね。少し待っていなさい。一緒に行きましょう」と言って家に来てくれたそうだ。
 無事男の子が生まれたので帰宅した父は大喜びであったそうだ。
 誕生日に大雪が降ったことは、この話と共に私にとっては、いくつになっても忘れられないのである。
 今日は、かなりの厳寒だが、幸い雪は降っていない。だが日本海沿いの地では、未だかつてないほどの豪雪が続いている。
  夕方の大雪の田舎道を家族思いの幼い姉が産婆を呼びに行くけなげな姿を想像すると、いくつになってもマナ裏に涙が滲んで来る。 
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