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分析家の独り言 761(“ ~したい ”を抹殺され“ 死体 ”として生きている)

2016年10月17日 | 分析家の独り言

社会は私たちにルールーを守り、それぞれにある役割を生きる事を要請してきます。

例えば、信号など交通ルールを守る事、列に並び順番を守る事などです。

こうして一定の行動を強いられ、行動はパターン化されます。

一方、自らが考え行動する事が法に触れる事があります。

法を守らなければ、自分の心の中にある超自我によって罰せられます。


社会は社会適応するための超自我だけを要求し、

それに応えて、超自我は社会適応を優先し、

エスからのエネルギーを供給された自我の自由な行動を抑圧し、押し潰します。

超自我が強いと一切の自由も自発性もなく、

社会のルール、道徳、法律の塊になり、

こうあるべきだというルールからはみ出る事がありません。

はみ出ようとすれば、超自我から「罰をうけるぞ」と脅かされます。


親も子どもに、「自分達のいう事をきいていればいい」と、

親の引いたレールの上に乗る事を要求してきます。

それは、寝る時間、勉強、ゲームなど、日常の些細な事から、

どこの学校に行き、どういう仕事につくか、どういう人と結婚するかなど、

進路や子どもの人生に大きく関わる事まで、様々な事に関して、です。

すると、自分の意志や考えなど必要がなくなります。


これでは自我はますますエスからのエネルギーを供給されず、

やせ衰え、貧弱になり、最後には動かなくなります。


自我が自らの意志を持たず、自発性を放棄し、

社会や親の求める超自我の塊になれば、管理しやすくなります。

こうして“ ~したい ”という欲望は抹殺されて、

人は生きながらに“ 死体 ”になります。

別名“ ゾンビ ”ともいいます。


育つ過程で、知らず知らずのうちに、自分の自由な考えや意志、自発性、

欲望は潰され、社会や親に求められ、そうしなければならない自分、

そう演じなければならない自分になって、その役割を生きています。


社会や家庭で役割を全うすることも必要ですが、そればかりではなく、

一個人として生きられる空間と時間を持つ事が大事です。

日常をいかに自分で区切るか、です。


精神分析は、役割を演じている事に気付き、自発性を取り戻す事を目指し、

サイコドラマという手法も使います。

そして、未来を思って不安になったり、

過去を振り返って悔んだりするのではなく、

『今ここに生きる私』を味わうことです。

           (2016.10.16.精神分析理論講座3 『サイコドラマ』より)



              ラカン精神科学研究所 セラピスト 登張豊実



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