江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

駆り立てるのは野心と欲望、横たわるのは狗と豚。

2016-10-10 00:05:43 | 日記
「狗去りて豚来たる」とは、かつて台湾で流行った俗言である。

「大日本帝国という狗が去ったと思ったら、中国国民党という豚がやってきた」というほどの意味である。

当然といえば当然の話だが、五年も経てば、「狗」が去って「豚」が居座っている、ということもある。

「復権」後、そのことに気付いてしまった私は、つい失笑してしまった。


かつて私は、「狗」との関係性に苦慮したという時期があったのだが(ブログ開設の数年前の話である)、どうやら今回は「豚」との折衝に労力を費やさなければならないようである。

しかもどうやらこの「豚」は、かつての「狗」よりも遥かに陰険で狡猾であるらしい。

更には、私に対して反感や敵意をも抱いているらしい(もっともそれはお互い様で、私も酷似した感情を抱いてしまっている)。

なんとも面倒な話である。


私は生来、生臭いものとは距離を置きたく思っている。

だが、降りかかる「火の粉」は払い落とさなければならない(さすがにまた「失脚」するという事態だけは避けたい)。

ある種の「自己防衛」ということになるだろうか。

しばらくの間は、表面上はおとなしくしておいた方が良さそうであるが、その影ではこっそり且つしっかりと爪と牙を磨いでおいた方が良さそうだ。


ほんの一ヶ月前までは、そんな渦中に再度飛び込むことになろうとは夢にも思わなかった。

私は本来「権力闘争」が嫌いである。

が、どうやら今回は(も?)避けて通ることができない。

なんとも不本意な話である。


ここ数日、私の脳裏に明滅している史上の人物に、唐の張説(読み癖は「ちょうえつ」。字は道済。667-729)がいる。

張説は「寒門」出身の科挙官僚であった。

楊貴妃の色気に惑わされる以前の玄宗皇帝に信任され、宰相職にまで栄達した。

幾度も左遷の憂き目に遭いながら、その都度復権し、一定量の業績を上げた(例えば、かの名臣・張九齢を見出し、抜擢したのは張説であった)。


……張説は辛うじて晩節を汚さずに済んだが、私はどうなるのかなあ。

もう一回「失脚」するってのだけは避けたいところだなあ(といいつつ、実はあまり怖くなくなっている。どうやら私は以前よりも遥かに図太くなってしまったようである。そんな変化は吉凶どちらに転ぶのかな?)。
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