江馬直の創作奮闘記

やっとこさ無職ではなくなった創作家、
江馬直の日常を綴るブログです。

「異形」

2017-07-06 12:11:14 | 『掌編寓話集』
 その生き物には、実に見事な翼が生えていました。鷹や鷲などとは比べものにならないくらいの翼です。だから生き物は、きっと鳥の仲間に入れるものと思い込んでいました。ですが、鳥たちは生き物を見て冷やかに言い放ちました。
「だめだよ。おまえをおれたちの仲間に入れる訳にはいかない」
「どうしてですか?」
「だっておまえには恐ろしい四本の脚があるじゃないか。そんなやつを鳥の仲間にする訳にはいかないな」
 確かに生き物には、虎や熊に負けず劣らず頑丈な四本の脚が付いていました。生き物はしょんぼりとして鳥たちの元を去りました。生き物は、今度は獣の仲間に入れるのではないかと期待しました。ですが、獣たちも生き物を見て鋭く言い切りました。
「だめだな。おれたちの同類扱いする訳にはいかない」
「どうしてですか?」
「おまえにはばかでかい翼があるじゃねえか。そんなみょうちくりんなやつと一緒になんかいたくねえや」
 生き物はがっかりして獣たちから離れていきました。生き物は湖まで飛んでいくと、湖面の底の底を覗き込みました。そこには、異形の姿が映し出されていました。生き物は思いました。生まれつきの姿を変えることができないのならば、どうすればいいのだろう、と。

 そこに一人の大男がやってきました。男の手には、大きな斧が握られています。それに気付いた生き物は男に話しかけました。
「人間さん、お願いがあります」
「な、なんだい」
 男は怯えているようでした。生き物は気にせず言葉を続けます。
「あなたの斧でわたしの翼を切り落として欲しいのです」
「ええっ」
「お願いします。そうしないとわたしは生きていけないと思うんです」
「そんなことできないよ。他を当たってくれ」
「そういう訳にはいきません。もし切ってくれないのでしたら、仕方ありません。あなたを食べてしまうことにします」
「ひええっ」
 やむなく男は生き物の翼に斧を振り下ろしました。生き物の身体から二枚の翼が消えてなくなりました。生き物は背中から血を流しながら男に礼を言いました。
「どうもありがとう。これで少しは生きやすくなったかもしれません」
「そ、そうかい」
「あ、そうだ、もうひとつお願いがあります。もう一度斧で、今度はわたしの前の脚を切り落として欲しいのです」
「えええっ」
「お願いします。そうしないとわたしは生きていけないと思うんです」
「なあ、もう勘弁してくれないか」
「そうはいきません。もし切ってくれないのでしたら……」
「わ、判ったよ……」
 やむなく男はもう一度斧を振り下ろしました。生き物の身体から二本の前の脚が消えてなくなりました。生き物は胴体からも血を流しながら、男に礼を言いました。
「どうもありがとう。これでさらに生きやすくなったかもしれません」
「なあ、翼も前の脚も無くなって、何がどうしたら生きやすくなるっていうんだい?」
「これでもまだ足りません。後ろ脚も、しっぽも、とさかも、みみたぶも、とさかも切り落としてくらいです」
「そ、そんなぁ……」
「そうすれば、わたしを特徴づけるものは何ひとつなくなるじゃありませんか。そうなったら、きっと生きやすくなると思うんです」
 男は溜め息をひとつ吐くと、その場を去っていきました。
 後ろ脚やしっぽを失いそびれた生き物は、その場に座り込みました。四ヶ所の傷口から血を流しながら、生き物は静かに目を閉じました。

 どのぐらい眠っていたでしょう、生き物は「ざわざわ」としか言いようのない種類の音で目を覚ましました。まぶたを持ちあげてみると、極楽鳥と河馬が自分の顔を覗き込んでいます。眠たそうな顔をした河馬が言いました。
「いったい何が起こったんだい?」
「……はい?」
「誰に襲われたんだい、って訊いてるのさ。こんなひどい怪我をして、よく生きていたもんだ」
「いいえ、誰にも襲われていませんよ。通りがかりの斧を持った人間さんに切ってもらったんです」
「……なんだってそんなことをしたんだい?」
「ご覧の通り、わたしは鳥でも獣でもありません。ですから、そのどちらでもないものになってしまいたかったんです。そうすれば、どちらの仲間にもなりたくなくなるじゃありませんか」
 極楽鳥がけたたましく言いました。
「だったら、そのままの姿で生きていけばよかったじゃないか。そのままの姿でいれば、どちらの仲間にもならずにすんだじゃないか」
「それでは意味がないのです。翼や前の脚があるのを毎日見るたびに、わたしは思うことでしょう。これがあるから未練が残るのだ、と。だったら、未練がましくならないようにするのが一番だとは思いませんか?」
 河馬と極楽鳥は顔を見合わせると、静かに去っていきました。ぽつんとしてしまった生き物はすっくと立ち上がりました。傷口はすっかりふさがっていて、もう血は流れていません。後ろ脚だけで動き回るのは大変かもしれませんが、そのうち慣れてくるはずです。生き物は、そうやって暮らすことに決めたのでした。

 生き物は、湖の近くで暮らし始めました。獣や鳥が近付いてきても、知らんぷりすることにしました。生き物は異形でしたが、翼と前の脚を失ってからはますます異形になってしまいました。その姿を恐れた鳥や獣たちは決して生き物には近付かなくなりました。
 鳥たちは知っていました。生き物から大空を翔ける術を奪ったのは自分たちだということを。獣たちも知っていました。生き物から草原を走る術を奪ったのは自分たちだということを。そしてそれ以上に、生き物は知っていました。その二つの術から永遠に離れたくなっていたのは自分自身なのだということを。だから、生き物は後悔などしませんでした。
 生き物は湖近くのほら穴に住むことにしました。そこは薄暗く、生き物以外に生きているものがいないかのようでした。誰に脅かされることもなくなった生き物は、久しぶりに穏やかな気持ちになりました。誰かを羨むことも妬むこともしなくてよくなったのです。
 生き物の顔は日々和らいでいきました。それを誰かに知られることもありません。誰かに見せる訳でもない、すっかり緩みきったその姿こそが、生き物の求めていたものであったのかもしれません。

 数年後、生き物は誰にも心を開かないまま死んでしまいました。それは生き物が望んだことでした。生き物の死に顔は満たされたものでしたが、それが鳥たちや獣たちの眼に触れることはついにありませんでした。
 死ぬ間際の生き物には、鳥や獣が群れて暮らす姿が理解できなくなっていました。どうして仲間をつくらなければいけないのか、その意味がわからなくなっていたのです。生き物は愚かになってしまったのでしょうか。もしかするとそうなのかもしれません。ですが、その愚かさへと導いてしまったのは誰だったのでしょう。誰かのせいだというつもりはありません。ただ、鳥か獣のうちの誰かが、生き物に別な一言をかけていれば、また違った物語が出来上がっていたのではないか、と思ってしまうのです。
 と同時に、こうも思うのです。愚かさに導かれるうちに、生き物は、他のどんな誰よりも思慮深い存在になりおおせたのかもしれない、と。もちろん、そんなはずはありません。翼と前の脚を切り落としたこの生き物が、真に思慮深いとは思えませんから。それなのに、生き物の生き方には、何かしら考えさせられるなにごとかがあるような気がしてならないのです。この生き物が本当に欲していたものは……

<了>
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