オアシスインサンダ

~毎週の礼拝説教要約~

ごたいせつ

2017-04-23 00:00:00 | 礼拝説教
2017年4月16日 コンサート礼拝(ヨハネ3:16)岡田邦夫

◇これさえあるならば…
 料理番組で、これさえあれば何にでも役立つというお手製の万能調味料が紹介されたりします。これさえあればという便利グッズ、これをしておけばという災害対策があります。しかし、何といってもこの人さえいてくれれば、何が来ても大丈夫という頼りになる人物がいると心強いですね。
 さて、今からちょうど500年前、マルティン・ルターが宗教改革をしました。宗教改革というのは端的に言うと、聖書さえあれば、信仰さえあれば、人は救われるのだと言って、教会を改革したことです。そのルターがこのようなことを言ったと言われています。「もし、聖書の御言葉が全て失われたとしても、このヨハネの福音書3章16節だけが残れば、福音(救い)の本質は誤りなく伝えられるであろう」。福音のメッセージがこの一節に集約されているという意味で、彼はこの節を「小福音書」と呼びました。それが以下の聖書の言葉です。
「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに、世を愛された。それは御子を信じる者が、ひとりとして滅びることなく、永遠のいのちを持つためである」。

 父なる神が神の御子・キリストを十字架において犠牲にし、世すなわち私たちを愛し、滅びないように、また、永遠の命に生きられるようにしてくださったのです。ですから、その神の「愛」を受入れさえすれば、キリストを信じさえすれば、その信仰さえあれば誰でも救われるのです。

◇あなたのためならば…
 皆さん、この「愛」の語は英語のLOVEをイメージしてませんか?
400年以上前、日本にキリスト教がもたらされたとき、神の愛をどう訳したらよいか宣教師たちは苦心しました。当時、「愛」というと男女の愛などに使われていて、ふさわしくないので、神の愛をわかりやすいように「デウスの御大切」と訳しました(デウスはラテン語)。大切は大いに迫る、切迫するという意味で、愛を直観で感じるようでいいですね。
また、「愛する」という動詞が誕生したのは、明治時代。“I LOVE YOU”の翻訳語として誕生しました。それまでは夏目漱石は「月が綺麗ですね」、二葉亭四迷は「(あなたのためなら)死んでもいい」と表現していました。それもいい訳です。「神はあなたを愛しています」を、「神はあなたのためなら死んでもいい」と言ったら、実感できるような気がします。事実、神の御子はあなたが誰よりも、何ものよりも大切で、滅びることないようにと、十字架上で死んでくださったのです、そして、永遠の命を与えるためによみがえられたのです。
 神に大切にされているのですから、ご自分の人生を大切にしましょう。そして、神と隣人を大切にして、生きていきましょう。これさえあれば、死んでも、天国が約束されています。
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