昔「ハイスクール奇面組」という漫画があった。そのお笑いのセンスは抜群で、今でもたまに見ると、思わず噴出してしまうものである。
ちなみにこの作品には多くの番外編が存在し、本来の高校生活とは別テーマで進行してゆく話数があるのだが、これらの中で最近思い出すものがあった(※1)。
それは確か、奇面組が地球防衛隊か何かで、あの有名な『かに道楽』を模した看板が出てくるのだが、突然それが動き出す。
そしてどういう訳か、それが人間を狩り始めるのだが、直ぐ後に、これがカニ型宇宙人の地球侵略の一手だということが分かる。
そこで、奇面組が所属する地球防衛隊が出動になる訳だが、彼らが敵性宇宙人と対峙したとき、カニ型宇宙人(※2)の地球への侵略の動機が実に妙なのである。
それはカニ型星人の目的が「ヒト漁」にあった事にある。
彼らの星では毎年、ある季節になると「ヒト料理」というものに舌鼓をうつらしい。
そのため、安定した「ヒト」の捕獲を保つためには常に漁場を確保しておく必要があり、地球もその一つとなったという話しだ。
と、ここまで話を進めてくれば、分かる人は分かると思うが、ここのジョークのポイントはカニ料理と『カニバリズム』をかけているところにある。
『カニバリズム』とは、いわゆる食人の現象である訳だが、「ヒト」を食うこのカニ型星人は、ギャグ漫画にしては云い得て妙である。
ところで、ここから本題となるが、昨今私たちの世界でもこの『カニバリズム』が広がっているように思える。
勿論それは、そのまま「食人」をしているという訳ではなく、社会そのものが人の肉をして、共食いをさせるような世の中だと云う事である。
これは特に昨今、増大の一途をたどる、云わば大なり小なりの公然のイジメにあるといえよう。
例えば身近な例で云うと、職場で未経験の人が入ってきた場合、その人というのは確実に「使えない奴である」。
これを昔なら、適度なイジメで鍛え上げ、一人前にしてやろうと躍起になってたはずである。
だが現在は、そのような気骨のある経験者は少なくなっており、「能力の無い奴は死ね」である(※3)。
そしてこういう人間は、昔なら当然糾弾して然るべきだが、そのような社会構造をもった組織が優秀な上司を育てられる訳でもなく、人材は極めて流動的である。
少し考えてみれば、将来の戦力になるかもしれない人間をその社会構成の一部に組み込んだ責任があるはずにも関わらずである。
また更にたちの悪いことに、その構成員もその責任を連帯して負っているはずなのだが、無知で意志薄弱な人(構成員)にそれを求めるにもいかず、結局は負の連鎖に陥ってゆく事になる(※4)。
ともあれ、このような負の連鎖というのは非常に忌々しき問題である。
またそれが所謂、「一人勝ち」という発想に根付いているのなら、それの増大はどこかで食い止めるべきであろう。
そして、その場の責任者、そして為政者は、最も責任を持ってその教育をすべきである。
昔、日本の為政者達は、民・臣の幸せが家(国)の発展に繋がると躍起して、実際、そのように計らってきた者は現在でも生き残っている訳だが、これは今後も変わらないであろう。
最後に、日本より古来「弥栄(いやさか)」という言葉が伝わっているが、この共存共栄の思想を以って、今回の記事を終えたい。
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※1:”ワラトルマン”シリーズだったと思う。
※2:オリジナルのウルトラマンシリーズにもカニ怪獣が出てきたので、確実にそれのリスペクトであると思う(参照:『ウルトラマンタロウ 怪獣名簿』~大ガニ怪獣ガンザ~)。
※3:こういう台詞をいうのは、昔私たちが見ていたヒーローものでは、決まって悪者だった。またそうやって悪者は先細りしてゆくのである。
そして皮肉なのは、昔の悪者は意志してそれを行う気骨があったが、今の人々の多くは意志薄弱で無知である。はっきり云えば、自分が悪者になっている事にさえ気がついていない。
※4:結局、現在は派遣業が人材の育成を担っている状態だが、人の価値というのをただの経済単価として計算しうるその仕組みというのは、後々の企業にとって取り返しのつかない大きな痛手となるであろう。特にアイデアと技術、そして人徳の面においての凋落は顕著である。