廃墟賛歌ブログ

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軍艦島閉山40年

2014-04-21 00:28:34 | 軍艦島
今日は、軍艦島から最後の島民がいなくなって、
ちょうど40年です。
40年前の1月15日に軍艦島は閉山し、その3ヶ月後の今日、
全ての島民が離島し、島は無人島になりました。
※残務処理等で、その後も人はいましたが。

去る4月17日に、軍艦島の守り神、端島神社で、
長崎県神道青年会の60周年記念大祭が執り行われました。
神道青年会は毎年、県内の神社で式典を行っているようですが、
今年は60周年という記念すべき年。
たまたま端島も閉山40年という切りのいい年だったので、
端島神社で行なうことになったようです。

軍艦島

端島神社は島であることから、海の神様である金比羅神、
そして炭鉱の神様である大山祇(おおやまつみ)神、
さらに、もう一人のそれほどメジャーではない神様の、
三柱を祀った神社だったそうです。
内田康夫著『棄霊島』では、端島神社の遷座式が登場しますが、
記録上は遷座は行なわれておらず、
現在も端島神社に神様がいることになっているそうです。
また、もともとご神体がない神社であったとも聞きました。





軍艦島

ヤングマガジン連載のコミック『モンタージュ』で、
3億円が隠されている設定だった神社へ上がる階段の手前に、
神事を行なう宮司さんや禰宜さんが待機しています。
日給社宅の屋上をバックにした光景は、
かつて見たこともない摩訶不思議なものでした。





軍艦島
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みなさんが待機している神社下のこの場所は、
かつては草が鬱蒼と茂っていましたが、
大祭のためにとても奇麗に掃除されていました。
島に人がいた時は、
きっとこんな感じだったのだと想います。





軍艦島

午前10時半頃、大祭が始まり、
お供えから祝詞と、祝典は粛々と進められて行きます。
かつて島に人がいた時代でも、
これほどの盛大な式典は見たことがないと島民から聞きました。





軍艦島

続いて舞の奉納です。
たしか平戸踊りと呼ばれる舞だとききましたが、
右手に鈴、左手に剣を持っての舞は、
独特な雰囲気を作り出す所作でした。
ちなみにこの剣は真剣。
神事に使う場合は所有を許されるのでしょうか。

このあと参加者のお参りが一通り行なわれ、
神事は2時間程で終了しました。





軍艦島

神社へ行くまでの地獄段と呼ばれる階段。
ここもかつては鬱蒼と茂る木々と雑草に覆われ、
歩行が極め困難な場所でしたが、
木々は伐採され、瓦礫や木片が散乱していた地面も、
ほぼ奇麗に掃除され、
一般の人でも普通に歩ける程度になりました。





軍艦島

炭鉱施設があった鉱業所の中で、
かつて深い木々に埋もれて近づくのが困難だったエリアも、
世界遺産登録の調査のために殆どの木が伐採され、
その全貌がはっきりと見える様になりました。



軍艦島から人がいなくなって40年。
かつて「緑なき島」と呼ばれた島には緑が旺盛に繁茂し、
このまま「緑深き島」になるのかと思いきや、
再び、かつての様に「緑なき島」に戻りつつある軍艦島は、
まさに数奇な運命をたどる島だと想います。
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