limited express NANKI-1号の独り言

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元号

2017-01-12 14:44:23 | 日記
11日の朝刊の見出しに「2019年元日から新元号」の文字が載った。このまま順調に推移すれば、平成の元号は30年で幕を閉じることになる。「まだ元号を使うのか?」と思ったが、1979年に元号法と言う法律が成立していて「元号は、政令で定める」「元号は皇位の継承があった場合に限り改める」と規定されており、天皇陛下の生前退位にともなって、改元することになる。元号法は、皇室典範を補う形で定められ(明治憲法下の旧皇室典範には規定があった)、平成の元号は同法が最初に適用されたケースだ。今、世界で唯一、日本だけが元号を使っているが、コンピューターの処理上の問題で「2025年問題」と言うものが危惧されている。昭和の時代に使われていたアプリの中では、年を「昭和○○年」として入力し、処理されているものがある。平成になってからも、コンピューター内部では昭和の続きとして扱われているため、1989年(平成元年→昭和64年)1990年(平成2年→昭和65年)1991年(平成3年→昭和66年)として処理されている。しかし、3桁になる2025年(平成37年→昭和100年)に誤作動が起きる可能性があるのだ。改元と言う時期にあたり、あれこれ調べてみたら分かった事実だが、昭和がまだ生き残っていると言う事は、ある種すごい事ではないだろうか。では、そもそも元号の起源はいつなのか?遡ると紀元前115年頃、中国の前漢の武帝の時代に、統治の初年に溯って「建元」と言う元号が創始されたと言う記述に辿り着く。これ以後、清のラストエンペラー宣統帝の「宣統3年」まで絶えることなく続いていた。日本では、645年の「大化の改新」のときに「大化」の元号が使われていたのが、最初とされているが、まだ断続的な使用にとどまっていた様である。文武天皇5年の701年に「大宝」と建元して以降に継続的に元号が用いられる様になったとある。振り返って見ると、元号は災厄や天変地異や皇位継承によってしばしば改元されている。皇位継承のたびに改元する一世一元制になったのは、中国が明の時代から、日本では明治以降となっている。中国周辺国では、中国の元号をそのまま用いることもあったが、現在は日本だけが独自の元号を守っていることになる。今回、早期に改元することを明らかにした背景には、私たちの生活への配慮と過去の混乱の反省があるからだろう。1989年1月7日朝、昭和天皇が崩御。翌1月8日から平成元年となったが、免許証や出版物や役所の書類などは改元に間に合うはずもなく、しばらく混乱が起こった。大正から昭和への改元の際も郵便物の配達に混乱があった。そもそも、1年の内に2つの元号が存在する(1926年→大正15年・昭和元年)(1989年→昭和64・平成元年)事や翌月が新しい元号の「元年」ではなく「2年」になるといったややこしい事態は、なるべく回避したいし最小限の修整にとどめたいのはどこも同じだからだ。さて、次の元号はどうなるのだろうか?なるべく平易で書き易い字を選んでほしいものだ。昭和・平成・新元号。世紀を越え元号も3つ越える時代に生きることになった私は、古狸と言う事になるようだ。
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