limited express NANKI-1号の独り言

折々の話題や国内外の出来事・自身の過去について、語り綴ります。
たまに、写真も掲載中。

開発とは体力勝負

2016年11月08日 11時12分25秒 | 日記
新しい技術やシステムは、大抵に於いて「最上位機種」もしくは「中間機種」と呼ばれるランクの製品から始まります。(例外としては、ハイブリッド車・デジカメですかね。)長い事、光学機器の生産・開発に手を染めてきましたが、新しい機構は上の機種から下の機種へと展開していくのが常でした。何故か?答えは簡単。コストがべらぼうにかかるからであります。とにかく40~50万円の機種で開発して搭載し、量産してコストを下げて普及機種まで浸透させるしか方法がなかったのであります。40~50万円の機種の開発段階での原価は、おおよそ20万円前後を目安に積み上げていました。その内の8~10万円ぐらいが「新開発」の予算枠。残りは、新たに起こす部品やら素材の単価。前の機種からのキャリーオーバー部品が多ければ、当然原価は下がるので使える部材は、極力共通使用化して作っていました。普及機種の販売価格は、約10万円前後。原価を考えると実に恐ろしい数字になります。3~4万円で開発しなくちゃならないのですから。如何にして原価を下げるか?が至上命題になる訳です。金属をプラスチックに替えたり、電子回路を簡略化したり、とにかく「あの手この手」を駆使して性能を維持(カメラとしてきちんと機能する)するのは、至難の業でした。フィルム時代ですらこんな感じでしたから、デジタルのそれも1台100万円近い1眼レフを、約12万円前後のダブルズームキットに仕立て上げるまでは、知恵と汗と涙の結晶だったのです。開発とは、ある意味「体力勝負の肉弾戦」なんですよね。昔々の私の勤務体系って、少々特殊でした。1年間の内、半年は「夜勤専従」だったのです。「すまんが、来週から例のパターンで行くぞ」と上司から言われれば、作戦開始の合図です。新機種の部品を作る「型」の設計が固まり、仕上がり時期が見えてくると、「試作」の日程が組まれます。言うまでもなく「試作」ですから、1から手探りで形を整えていく、非常にデリケートで神経を使う作業です。この手の作業は、大抵チーフエンジニアがやるのですが、1人でやっていたのでは効率が悪い。誰かお手伝いをする人が必要になります。そこで、白羽の矢が立てられたのが私でした。チーフの「試作」を熱心に見ていた(量産になれば、自身があれやこれや手を出す事になるのですから、初期段階で学習しておくのは必須でしたし)のが理由だったようですが、技術習得も兼ての起用になったそうです。具体的には、午前に「型」が届くと、まずチーフが「試作」をして、部品を開発部隊へ渡します。開発は、夕方までに問題点や変更点を取りまとめ、必要な変更指示をよこします。「型」は、チーフの手で赤帽に渡され、再加工や追加工のために、型屋へ送り返されて、必要な変更が加えられます。赤帽は変更が完了した「型」を受け取り、深夜1時頃に工場へ帰ってきます。私は、赤帽が来るまでに、生産ラインを半分止めて「型」を受け取り、朝の7時までに「試作」を完了させ、生産ラインを元通りに復旧して、開発部隊に試作品を渡すと言う手順です。小さい「型」なら3つくらい、大物だと1つでしたが、約6時間の間に「試作」を終えねばなりませんから、かなりしんどい作業でした。「ついでに別の材料でもやっておけ」と言ったリクエストなどもあると、ほとんど休み時間はありません。しかし、こうしたリレー方式でもやらなければ、開発期間内に完了できないのですから、仕事としては重要かつ責任重大です。深夜に事業本部長御一行様が「視察」に来る事も珍しくありませんでした。「どうや!うまいこといっとるかー!」と言いながら製造・品証・開発の部長連を引き連れて、覗きに来るのです。「今度はよさそうやな。おい、コーヒー買ってこい!ワシのおごりや!」自販機に買いに行くのは、部長達です。味のしないコーヒーを何本飲んだことか・・・。しかも、いつも順風満帆な「試作」が続くとは限りません。もっとも恐ろしいのが「停電」です。ある年の9月中旬。台風が日本海を縦断していた時の深夜2時半です。落雷で工場の受電設備がダウンしてしまい、一瞬で真っ暗闇の中に投げ出されてしまったことがあります。全設備が停止。非常灯だけが微かに光るだけ・・・。電力・冷却水・圧縮空気の全てを失った製造ラインは、成すすべがありません。取り敢えず出来ることは、マシーンの暴走を防ぐために、ありとあらゆる「非常停止ボタン」を押して、全主幹ブレーカーを遮断する事。非常バルブを閉じて水と空気の流出を防ぐ事。そして、自身の身の安全を確保する事。これしかありません。送電が再開されるまでは、20~30分はかかるはずなので、非常用チェックリストを探し出して、被害を最小限に食い止めてから、助けを依頼するしかなかったのです。幸い、「試作」は取り掛かる前だったので、スタンバイの状態で止まっていました。深夜でしたがチーフの携帯に電話をかけて、恐る恐る「落雷で送電が止まり、全機能停止です・・・」と報告すると「よーし!朝の7時までに全設備を復旧させるぞ!携帯から指示を出してやるから言う通りに動け!まず、内外線電話のジャックを引き抜いて通話不能にするんだ。それから、出入口に鍵を掛けて野次馬が入れないように細工をしとけ!警備室へ連絡して、ウチに関係する電話を全部俺の家へよこすように指示をしろ!そうすれば、誰にも邪魔されずに復旧作業に専念できる。ちょうどいい機会だから、復旧作業についての実習訓練だと思え!」との仰せが返って来ました。「実習訓練だと思え」と言われた時には、半分「なにそれ?!」と思ったのですが、今居るのは自分だけ。やるしかありません。しかし、特高圧電源室への入室と管理用PCへのアクセスには、パスワードが分からないとどうにもなりません。それについてチーフに聞いて見ると「非常事態だから、課長のデスクをこじ開けて、引出しからファイルを引っ張り出せ!後で承認は取っておく。この際だから何がどこにあるか全て把握しておけ。次に同じ事が起きたら、お前を呼び出して対処させるつもりだからしっかり覚えとけよ。そう言う話は、前々から課長としてたんだ!お前には、事前に話してはなかったが、運よくこういう機会に恵まれたんだから、構わんよ・・・」決して運よくとは言えない状況でしたが「非常事態対処人」としての任命もあったのかと聞くと、果然やる気が起こるものです。聞いて覚えるよりも、実際にやりながら覚える方が忘れることは少ないもの。実際、朝の7時半には全設備の復旧を完了し、製造ラインは息を吹き返していました。被害も半日の遅れに留まり、月内での挽回が可能なレベルに抑えることができました。「試作」は、チーフに引き継ぎましたが、とにかく使命は果たせた訳ですから、疲れより達成感の方が勝りました。やはり、最後は「人間力」なんですよね。どんな仕事でも、それぞれの役割があり細かい努力の積み重ねが、新製品に反映されるのです。やっぱり「開発って体力勝負」なんですよ。
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