これでいいのだ!・か?

中年オヤジの 徒然日記
ポリシーは「もったいない」
「お金はかけるな 手間かけろ」

今日のお昼

2007年05月29日 | 勝手放言
弁当です 毎日400円の弁当を取ってますが 月末には結構ボディーブローのように こずかいに響いてきます たまには持参でいきます。
今時 弁当を新聞紙で包んでいると 今時そんな奴おらんで と言われますが
新聞って 全部読まずに捨ててますが こうする事で読んで無いところも読めるし
何より 普段興味ない記事を否応無しに読むから 知識が広がる事にもつながってダブルでお得です  お金を大事に使う方法は 無駄金を使わない事はもちろん
使った金は極力回収するという事も 大事です。
見た目より 実利です。
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疑惑の人が自殺?

2007年05月28日 | 徒然日記
何とか還元水に始まり 談合問題疑惑 いつも 追求の手が伸びて長引いて広範囲に影響が出そうなとき 今まで利用していた組織が口封じと 問題の幕引きを狙って お決まりの自殺者が出る。
企業の 贈収賄でも同じうやね きっと組織とは言うものの結局は数人の判断で 直接手を下さないが 退路を断って自殺するような状況に追い込んだ上で
核心はうやむやにして終りにしてしまうような気がしてならない。

松岡農相は見かけは 居直って自殺するような人間に見えなかったけど やっぱ後ろ盾がなくなると あかんねんな。 普通は秘書が自殺やねんけどなあ。
 まあ この人ではないが よく死んだ人の悪口は言ったらあかんみたいな事言うけど 悪い奴は死んでもやっぱり悪い 死んで帳消し見たいな奇麗事言う奴は信用できない それなら全員天国行きや 地獄には誰も行かんわ

この自殺もなんとか政治利用するんやろなあ

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流行には無頓着

2007年05月26日 | 徒然日記
ナンだっけ通販のグッズが流行ってますと 情報番組で言ってた。
雑誌にも取り上げられ 何冊かの本をさもありなん と言うように取り上げていたが そんなの宣伝費出した提灯記事でしょ!
新聞の全面広告と同じ みんなこんな程度の情報でだまされているのかな?
あるあるとか テレビ番組でやらせとか言って騒いでいるけど 信じて見てる人がいるのが信じられない いいかげん テレビ 新聞 雑誌で言ってる事を参考にこそすれ 本当と思うのやめろよ 
俺は カラスが黒と本に書いてあっても 信用できる人がカラス見てきて白かったといえば どちらかと言えば実体験の方を信じることにしている。

たとえば車の評論でも 専門誌が良いと言ってたということで評価するその前に 評価した人が 自分と同じ感性の人か先ず判断しないと もし購入するなら誤った判断につながる ある人が美味いといっても 過去にその人が美味いと言ったものを食べて意見が同じなら その人の評価を受け入れてもいいけど
誰かわからない人の評論を たとえ高名な人であろうと自分の判断にする必要は無い
情報は常に何らかの意図があって 発信されている 自己を持っていないと 自分のない人間になってしまう 自分なりの価値判断をもてば 他人の意見は冷静に聞くことができる 俺としては 流行を追いかける人は否定しないがそれを他人に自慢しないで 自分の中だけにしておいて欲しい 俺はお金で手に入る物はあまり羨ましいとは思っていないから。

携帯電話で 若い子から 「フォーマですかムーバですか?」ときかれて
「俺 ドコモ」と答えて失笑買いました ま〜ええやんそいつとメール出来てるし・・


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中国のサファリパークは残酷か?命とは?

2007年05月25日 | 徒然日記
ニュースで 中国のサファリパークで 料金を払うと牛や豚などを 放して食べられるのを見るのがオプションである と言ってイギリスの動物愛護団体が抗議だそうですが 確かに残酷ショーだけど
 よ〜っく考えると 動物の自然界では当然の光景であるが 人為的にショー化していることが問題なのか 抗議の意味が判らないからなんともいえない。
しかし 誰かがどこかで餌になる動物を殺しているわけだし
中国では 犬の尻尾を持って地面にたたきつけて殺して食べてるもの見たし それを食文化と言えば 日本でも残酷焼まで行かなくてもカニをゆでて食べるし 殺すと言う行為は 我々もステーキを 牛が屠畜されるの 経過を知らない振りして食べているし ベジタリアンで無い限り避けて通れない

以前 バイクで京都市のはずれの山の中でカラスがやけに多く 変な雰囲気だと思って走っていたら屠畜場の食肉センターへ突き当たって 今走ってきた道を来た牛は 生きて帰れない死のロードかと 思わずアウシュビッツが重なった ここへ至る道で昼間牛を積んだトラックに遭遇したことないから きっと夜間人知れず運ばれているのだろうか?

俺は誰かに 生き物を殺させて知らん振りして肉を食うのは 卑怯と言う気がして 一度肉を食う限りは自分でつぶすかその場に臨んだ者だけが 食する事が許されるのではないかとは思うけど やっぱ複雑やね
屠畜場で殺される牛と ライオンに殺される牛を見るなら 後者の方が抵抗ないなあ この違いはなんでだろう アウトドアだからか? 
モンゴルでヤギを草原で家族でつぶして皆で感謝して食べるのは 何故か自然な気
はした 殺す事は一緒なんだけどね やはりアウトドアだからか?
  
本来はこのように飼ってる家畜をつぶして食べたが 今の分業制により死が身近でなくなり 命の尊さが希薄な気がする。パックでは原型がわからんし

俺は何かを殺す必要が生じた時に 命を持て遊んだり 死を楽しむような なぶり殺しだけはするまいと思っている 仏教で言う 無益な殺生は止めないとね
しかし スペインの闘牛は最後に牛は殺されるし これまた文化かな〜?

話は変わるけど
以前 湾岸戦争で壕にいる兵隊をブルドーザーで生き埋めにして殺す戦術を非人道的とアメリカが非難されていた時 将校は「殺し方にファンタスティックな殺し方は無い」と答えていたが 確かにそう
また 最新鋭装備の戦闘機のパイロットが「我々はフェアな闘いをしているのではない」と言っていた 確かに 人間同士の殺し合いは もっとも避けたい
個人的な恨みのない人を殺したくないけど 恐怖・不信感から戦争になれば人間は理想はともかく するんやろうな
領土問題も自分の家庭・家族も命を張って守らないと 結局泣き寝入り。
やっぱ 力は正義という一面もあるし 難しい 

今の日本も 過去の歴史の闘いで命を失った者がいたわけで
無くなった全の霊を 今生きている者が忘れてはならない事と思う

必要以上の 無益な殺生は止めましょう これしかない。

 生かされている事に 日々感謝
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30年以上前の 輪行車ニューデイズ

2007年05月24日 | 車・バイク
通勤快速 その2 輪行車です。
京都 岩井商会 ランドナー です ハンドメイドです 友人から購入しました 当時は分解式の泥除けやキャリアもありましたが 今ではありません。
この車は 当時 漫画「サイクル野朗」に感化されて私じゃないけど 他人が北海道一周2回 九州1回 信州と結構遠出してます。 

フレームは クロモリフレームで
さらに パイプ接合部が溶接のラグレスではないので 結構重たいです。

でも やっぱり塗装が剥がれて 汚れても 気に入った物はいつまでも手許に残っているから 気に入った物を買うのはお得やね。
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