アメリカ:闇の支配構造と略奪戦争

社会構造を分析しています。

実はアメリカは負けつづけている。

2016年09月26日 | 記事
>期待してくれる人々、民族はきっといる。
欧米主導の市場・私権絶対の社会からの離脱に範を示すことを。
戦後の日本の評価は市場社会で一旦は勝ったことだが、結局、アメリカの土俵で踊らされた。これをマネしても物的豊かさの実現までなのだ。
本当に感謝されるのは、その向こうの可能性をしめすことだ。(107677積さん)

その向こうの可能性について今日サロンで話をしていて少し見えてきた部分がある。

欧米主導の市場社会は大きく見てこの間の経済競争に勝てなくなってきている。70年代~80年代にかけて製造分野での市場競争に勝てなくなった。最初はヨーロッパが、そしてアメリカが日本の高品質で安価な製品の前に負けつづけた。アメリカはそれでも新たな市場をIT分野に切り開き90年代一時期は復活したかに見えた。しかし2000年を超えて今度はインド、中国にIT分野は置いていかれつつある。これはこの30年間の事実である。

以下は最新号の文芸春秋の特集の中の記事である。
アメリカ経済戦略研究所所長のアメリカ人のプレストウィッツ氏が語っている。

>「現在アメリカの製造業はGDPの12.8%、80年代と比べて半減しています。製造業については30年以上も前から拠点を海外に移す動きがありました。しかし経済アナリストたちはずっと「心配することはない」と言い続けて来ました。「われわれにはサービス業やハイテク産業がある。これからのアメリカは汗水流して働かなければならない製造業は他国にまかせ、もっと頭を使う金融業やコンサルティング、医療サービス、インターネット産業など、より高度な業界で勝負すればよい」ということになっていました。ところが今はサービス業まで中国・インドをはじめとする海外に拠点を移し始めています。ハイテク産業も同じですし、企業の中核となる研究開発部門も海外にその拠点を移転しつつあります。

インドのデリー郊外にあるウィプロ・スペクトラマインド社は現在、アメリカのAOLの顧客維持センターや、通信販売会社の窓口、保険金支払い請求の代行、研究論文の分析・要約などをアメリカ本国の4割ほどのコストでこなしています。インド人のオペレーターが流暢な英語で世界中からの苦情や注文の電話をさばいている。いわゆるアウトソ-シングです。

グローバリゼーションの第3の波の特徴の一つはまさにここにあります。
労働集約型の産業に取り組むことで経済発展してきたアジアの国々が高度な技術を持つ人材を得たことで、サービス分野やハイテク産業、さらには研究開発部門など、かつてはアメリカなど先進国の専売特許だった部門にまで進出してきたのです。
先日電気電子学会がアメリカのSEやプログラマー、ソフトの開発者の給与レベルが下がっていると発表しました。アウトソーシングはアメリカのミドルクラスの賃金水準にも影響を及ぼし始めています」
~以上抜粋

アメリカは製造戦争で日本に負け、IT戦争で東南アジアに負けた。
金融で世界中を支配していると思っているアメリカが実はモノつくりの世界ではことごこくアジアに負けつづけているのだ。そして2回目の敗戦にリベンジはない。世界中の投資家がこの間アメリカ市場から引き上げ始めている。ジョージソロスまでドルには懐疑をいだいているという。

私はこの事実はその先の可能性に繋がるのではないかと考えている。
21世紀はアジアの世紀だと言われているが、始まってすぐにもすでにその兆候が現れてきている。この競争の敗因は単に低コストだけの次元ではないことは明らかだ。

なぜアメリカが負けつづけるのか?それはこれから先、アメリカ自身が追求するテーマになるだろう。
アメリカを代表する私権社会の事実追求力が、本源土壌をまだ母体にもつアジアの勤勉さや共働性からもたらされる追求力に負けていくことを示しているのではないか。また、現在は市場競争という中で展開されているが一旦、それが共認競争という地平に置き換えられたとき、その差は歴然となるだろう。

日本に与えられているのは彼らと共に認識の中身を競う共認闘争の土壌を形成していくことであり、その相手がまさに最後の市場の可能性を掛けて仕掛けている中身がない金融バブルであることは象徴的である。そして今回のバブルがはじけたときが新しい闘いの始まりだ。




田野健
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戦争しか統合の軸が無いアメリカ

2016年09月25日 | 記事

 アメリカ合衆国の起源は、メイフラワー号でニュープリモスに到着した(1920年11月)ピルグリムファーザーズ(清教徒分離派)達に端を発しています。彼ら清教徒(ピューリタン)といえば、イギリス本国で1642~49年にかけて清教徒革命を引き起こした中心勢力として有名です。

 この清教徒達は、宗教改革者カルヴァンの教えの流れを汲んでおり、必然的に『職業は、神から与えられたものであるとし、得られた富の蓄財を認める』リンクという彼の思想に裏打ちされた、資本主義思想の尖兵でもありました。彼らが、「資本主義(=富の蓄積の自由と生産手段私有の自由)」を欧米社会に流布拡大して行くための、錦の御旗として取り上げたのが「自由・平等。博愛」という近代思想だったのです。

 さて、アメリカに渡ったピルグリムファーザーズ達も、根底に持っている思想観念は、ヨーロッパ本土に残ったプロテスタント達と同じだったのですから、当然新大陸の新興国家=アメリカ合衆国が、資本主義国家になって行くのは当然の帰結でした。いや、反対勢力であるカソリック勢力がいない分、純粋培養された資本主義社会が成立したのです。

 この純粋な資本主義社会における資本家=支配者達にとってまず必要だったのは、被支配者である大量の労働者(最初は農業奴隷達、後に工場労働者達)達です。そこで、奴隷達と同時にヨーロッパ(だけでなく世界中)からの移民を必要としたのです。移民が集まるためには、彼らに幻想を抱かせることが必要になってきます。その幻想の最たるものが「アメリカンドリーム」という成功物語であり、それを支える「自由・平等」という近代思想であったわけです。そのようにして集まってきた多種多様な人種・民族によって構成されているのがアメリカ合衆国という、人工国家だったのです。

 ところで、この多種多様な人種・民族の寄せ集め国家であるアメリカ合衆国にとって、国家統合の柱は一体何でしょうか。言葉も思想も違う多民族国家にとって一番分かりやすい統合軸は、拡大と戦争という外圧です。最初東部十三州で独立したアメリカ合衆国は、まずフロンティア(最前線)という概念装置を用いて、西部への拡大を開始します。そしてフロンティアが西海岸にまで到達した後、国内を二分した南北戦争(the Civil War)を経て、国家の再統合を果たし、フロンティアをさらに西へ広げます。つまり、太平洋の彼方アジアへの進出です。

 その後、第一次世界大戦・第二次世界大戦そして東西冷戦を経て、世界の警察としての役割を高らかに歌い上げながら、世界の支配者の地位に立っているのです。アメリカが他国を侵略するときの謳い文句が「自由と民主主義」の流布です。つまり、「自由と民主主義」を広める聖戦と言うことになります。アメリカ国民はこの言葉に酔いしれ、国家として統合されて行くのです。

 第一次世界大戦、第二次世界大戦いずれのときも、開戦当初は議会=国民の代表機関は参戦に反対でした。しかし、大統領を頂点とする国家首脳陣の巧妙なマスコミ操作(第一次大戦のときはルシタニア号撃沈事件、第二次大戦の時は日本の真珠湾奇襲)で、国民の怒りを掻き立て、統合することで参戦を果たしたのです。まさに戦争国家アメリカの面目躍如でした。





unclefootballer
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“死の商人”

2016年09月24日 | 記事
ベクテル社について、ネットで調べてみました。ちょっと調べただけで、これだけありました。

>カトリーナ被害の復興費に関しても、実際には使われていない物品の購入など、かなりの金額が無駄遣いされ、それらの浪費は入札を経ない随意契約を通じて、チェイニー副大統領の関係企業であるハリバートン社や、共和党系の企業であるベクテル社などに儲けを与えて終わっている。(リンク)

>イラクの送電網の復旧工事は、アメリカのエンジニアリング会社ベクテルが受注したが、治安が悪いことを理由に、いまだに復旧に着手していない。ベクテル社は米共和党の中道派と結びつきが強く(パウエル国務長官も同社の顧問だった)、アメリカの戦争や「戦後復興」にまつわる公共工事を請け負う、政治利権の臭いが強い会社である。(リンク)

>ユーゴ空爆が続くなか、一部のエスタブリッシュメントの間では早くもユーゴの復興プランがささやかれている。日本がかつてマーシャルプランで国土再建への道を歩んだように、戦後の復興はビッグビジネスとして特需が期待される。戦後の焦土には道路、港湾、空港を 始めとしたインフラの整備にともない、土木・建設事業、産業復興事業などいたるところにビッグプロジェクトが発生する。
 そんなときいつも名前が上がるのが、米国のベクテル社である。(リンク)

>ベクテルが各国の空港建設にたずさわり、ボーイングが飛行機を売り込むという戦略になった。関西新空港建設への参入も、こうしたアメリカの圧力によるものだった。
 こうした流れからすると、世界最大級の空港である香港新空港のトップにベクテルの元副社長が座っていることは、「民営化」の行き着くところとして当然ともいえる。 (リンク)


>関西新空港の参入問題だけでなく、東京湾横断道路の建設、羽田空港ビルの建設、青森県六ケ所村の再処理工場建設など、重大なプロジェクトでは必ずベクテル社の名前が浮上するからだ。(リンク)

>神戸市の開発計画とも絡んできているからです。神戸空港はこのままでは失敗します。そこで、ポートアイランド2期工事の中に空港とリンクするような産業を興す必要があるとの意見が出され、神戸市は4年ほど前に、「医療産業都市構想」を打ち出しました。既に先端医療センターや再生医療の研究所もできあがっています。ここに医療産業を誘致し一大医療産業都市を造ろうという構想です。
 この構想の調査委託先が、「ベクテル」というアメリカ企業です。ベクテル社は、ゼネコンを包括したような巨大グローバル企業です。「死の商人」というのは兵器産業が多いのですが、ベクテル社は戦争で破壊されたものを再建することで儲けている会社です。具体的には、湾岸戦争後のクゥエート復興を受注しています。コソボ紛争でも、その復興事業を請け負っています。また、沖縄名護基地の浮体工法を提案しているのもべクテルです。アラブでは、はっきり「死の商人」と呼ばれています。(リンク)

災害や戦争復興、原子力発電から空港建設などの巨大プロジェクト、日本では関西空港や神戸空港建設、沖縄基地まで触手を伸ばしている。

最近では、沖縄普天間基地建設で日本に対して75%もの資金支出を要求してくるなど、アメリカの傲慢さには、怒りを覚えます。しかも、日本が資金を出して、それが日本企業に還元されるならまだしも、このままだと、ベクテル社などのアメリカ企業に回ってしまうことも懸念される。

さらには、ゼネコンの談合リーク問題で日本企業がバラバラに解体された背後には、アメリカ資本の魔の手が忍び寄っている。法曹界や金融、医療分野、メディアもしかり。

市場は、国家という“モチ”に生えた“カビ”ということが言われているが、現在のアメリカの状況は、政商を始めとした巨大資本(強力なカビ)が、もう既に養分を吸い取られた国家アメリカ(モチ)を(力の幻影を背景に)操って、新たなモチを供給させようとしているようにしか見えない。グローバルスタンダードとは、世界の国家を侵食→崩壊させていく行為に他ならないと思う。まさしく死の商人そのもの。




佐藤祥司
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「和の集団」の日本の文化が、私権競争社会のアメリカ文化の株式市場に駆逐されていく

2016年09月23日 | 記事

株式会社と言うのは、オランダ東インド会社が帆船でインドにコショウなどのの交易を企てる資金を集める為に作られた。当時の航海はハイリスクハイリターンの投資だったと思う。。つまり、船が無事帰国すると大儲けするが、途中で沈没すると丸損と言う、金持ちの投資=博打である。

つまり究極的には、株式とは投資であり博打である。会社に株と言う形で投資して、其の会社が、どれだけ株主の為に利益を上げてくれるかを期待するシステムである。

株式会社とは株主の所有物である。つまり株主の為にある。株主は経営者に経営を委託する。更に経営者は、社員を雇用して会社を株主の利益を得るために運営する。株主の利益とは、①配当と、②株の値上がりである。

それが、毎年ごとの決算を株主総会で審議される。経営成績が悪いと、経営者は株主から交代を命じられる。

しかし、日本では株式制度と言う制度の形は取り入れたが、上記のような株式制度を、上場会社においても実質上封印してきた。
つまり、会社は株主の為の物であると言う事は、稲作の集団生活を営んできた文化では、共認されなかった。会社は、稲作の村社会と同じ共同体であり「会社は会社の構成員、皆のものである」と言う暗黙の共認下で、統合されてきた。

つまり、株主(投資家)が毎年、経営に口出しされては安心して長期計画など立てられないので、まず株主を「安定株主」と大手銀行や生保、関係会社の所有して安定株主になってもらい流通することを防いだ。更には、配当は非常に薄くして、株主に還元するよりも会社の体力を増やすように社内ストックを図った。その結果、安心して経営者は長期的にも会社の為に一番良い方針を出すことが出来る制度である。

株式会社は資本家がお金を儲ける為の箱(=仕組み)であるとの概念だが、日本での会社の位置付けは、資本化(=株主)の利益優先ではなくて、社会の為になる業務を行うことで社員が幸せになれる(=充足感とお金を得られる)事を目的とするという価値観をもっていた。

バブル崩壊以降、日本の株式市場にも外資の参入が可能になった途端に、M&Aなどと言って資本力で会社を売り買いし出して、本格的に株式会社に値段とつけて売り買いの対象としてしまった。

100億で買った会社は、5%の利回りなら5億の利益配当を株主配当に出来るかと言う価値観である。もっと強烈なのは、100億で買って、リストラして従業員を減らし、給与も減らして効率化。施設、人材で80%の規模で同等の業務(つまり120%稼動)をさせて同等以上の利益:6億が得られように無理矢理強要する。さらに、余った事務所や工場の用地を有効利用できれば10億で売れる。とすれば、6億÷5%=120億で売却することが出来て、100億が120億+10億=130億で売れる事になり130億-100億=30億の儲けとなる。上場株式を投資対象としてみているアメリカ資本の価値観はおおよそこのようなもので、その会社の社員や社会的意味などは、関係ない。

今後は株式会社に公開するということは、このような株式で金儲けしようとする投資家の対象(主にはアメリカ)に会社を差し出すということである。




新井弘
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第二次世界大戦後、日本へのアジア各国の評価

2016年09月22日 | 記事
「大東亜戦争はわれわれの戦争であり、われわれがやらなければならなかった。そして実はわれわれの力でやりたかった。それなのに日本にだけ負担させ、少ししか協力できず、申し訳なかった。」
  ブン・トモ(インドネシア情報宣伝大臣)

「日本のおかげでアジア諸国は全て独立した。日本というおかあさんは、難産して母体を損ねたが、生まれた子供はすくすくと育っている。今日、東南アジア諸国民が英米と対等に話ができるのは一体誰のおかげか。それは身を殺して仁をなした日本というお母さんがあったためだ。われわれは12月8日を忘れてはならない。」
  ククリット・プラモード(タイ首相)

「インドの独立は日本のおかげで30年早まった。インド4億の国民は深くこれを銘記している。」
  グラバイ・デザイ博士(インド弁護士会長)

「どうして日本は謝るのでしょうか。あの戦争でマレー人と同じ小さな体の日本人が、大きな体のイギリス人を追い払ったのではないですか。その結果、マレーシアは独立できました。大東亜戦争なくして、マレーシアもシンガポールも、その他の東南アジア諸国の独立も考えられないのです。・・日本がアジアのために払った大きな犠牲を、この尊い戦争の遺産を否定することはバックミラーばかり見ているようなものです。」
  ガザリー・シェファー(マレーシア外相)

「われわれの多くの者が長い間さまよい、救いを求めて与えられなかった荒野から、われわれを救い出してくれたのは、東洋の指導国家日本であった。・・歴史的に見るならば、日本ほどアジアを白人世界から離脱させることに貢献した国はない。しかしまた、その解放を助けたり、あるいは多くの事柄に対して範を示してやったりした諸民族そのものから、日本ほど誤解を受けている国はない。」
  バウ・モウ(ビルマ首相)

期待してくれる人々、民族はきっといる。
欧米主導の市場・私権絶対の社会からの離脱に範を示すことを。
戦後の日本の評価は市場社会で一旦は勝ったことだが、結局、アメリカの土俵で踊らされた。これをマネしても物的豊かさの実現までなのだ。
本当に感謝されるのは、その向こうの可能性をしめすことだ。



積満也
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