そういえば・・・

母の脊髄梗塞回顧録

褥瘡

2012-02-10 09:46:03 | 現在の日記
年も明けて、いつのまにか立春も節分も過ぎてしまいました。


過去の日記が期待させる所で止まっているものの、あれから先は
割と普通に過ごしていたものですから、ついつい書きそびれてしまいました。ドラマを期待していた方には申し訳なかったです。当時は大変だったんですけど、ひたすら繰り返す事が何より大切でしたから。

とりあえず、それも置いといて(!)現在の日記を書かせてもらいます。
ごめんなさ〜い!

今年のお正月は、どこもお正月らしくなかったです。
東日本大震災の後なので、みなさん控えていたというのもありますし、
ヨーロッパの金融破たん寸前の不況、日本の工業さえもなかなか元に戻れず、福島は相変わらず放射線の数値が高く、がれきの焼却も受け入れ先がないまま、年明けは北陸、東北と大雪続きで、町が1か月で年間除雪費用を使いきり、それでもまだ雪は続く・・・。


そんな、明るくも無い年明けの2012.1.5
母が、初めて褥瘡(じょくそう)を作ってしまいました。床ずれともいいますね。
左足のかかとが紫になっていて、縦3cm×横5cmくらいの傷口が、グチャグチャしていました。初めて見る物でしたが、ついに出来たか・・・と顔面蒼白になってしまいました。歩ける人がなぜ?と思ったのですが、寒いので動かなかったのと、ホットカーペットにかかとをつけていたのが良くなかったのかもしれません。そんな状態でも、痛くもかゆくもないので、困りものです。


薬が浸透しやすいように、先生が周りの皮膚を取り除くと、初期の状態だったそうで、ほっとしました。軟膏を塗って、ガーゼを当てて、包帯を巻いて帰って来ました。ホットカーペットではなく、結構不良が原因のようです。

毎日、夜にジャバジャバ洗った後に、軟膏を塗って、ガーゼと包帯を巻いて、マッサージをしていると、2週間くらいで周りから新しい皮が出来てきました。気付いた時よりも悪化せず、順調に行ったと思いますが、そこから先は1か月過ぎても、なかなか治りませんでした(まだ通院中)。先生も「そろそろいいと思ったけど、あと2週間くらいかかるね〜」とのことでした。つたい歩きが出来るので、かかとに力がかかってしまうのかもしれません。

実はその間に、新たにお尻にも作ってしまいました。
こちらは、座っている椅子が固かったので、すぐにクッションを追加しました。
1/30 お尻の穴よりちょっと右側に1cmくらいの白い穴が出来、周りは皮こそ破けていないものの、直径10cmくらいが紫色になっています。トイレで触ったら「何か傷がある」と思って気がついたそうです。こちらも軟膏を塗ってガーゼをしていたのですが、何せ場所が場所だけに水没してしまい、かえって悪いのかなぁ・・・と思って、こまめにパットを変えることにして、ガーゼは使っていません。うちは軽いので、マネしちゃいけませんよ。

お尻は先生に見せたくないといって口頭で伝えただけですが、傷口が白く血が出ないまま肉がむき出しになっているようでした。薬をつける時に、周りをパンパンと叩いています。こちらは、「座ってる時も圧力を分散させてね」といって、前に向いたり、そらせたりと妙な運動をしていたら、お尻がプリプリになっていました。血が出ないというのは、血行が良くないのでしょうが、10日くらいで薄い膜が張ってきたので、このまま治るといいなと思っています。

余談ですが、「ポケット褥瘡」というのがあって、入口は狭いのに、中が大きくえぐれている、というものがあるそうです。かなり深い場合ですね。おそらくお尻になりやすいのだと思いますが、そのような、中まで達しているような場合は、違う処置になるそうなので、しっかりと先生に見てもらって下さいね。

褥瘡の処置はド素人なので、あまり鵜呑みにされると困りますが、基本は除圧(体位交換)をして、たんぱく質を多めにとる事だそうです。
作らない方法は、確か・・・うろ覚えですが、一点に力をかけない(体表面を広く接地させる)のと、水分を残さずにふき取る事だったかな?出来やすい部位は、かかととお尻のせんこつの辺りだそうですが、つま先が靴に当たって出来た、とかとんでもない物までありますので、赤や紫に変色していたら気をつけましょう。傷がなくて赤ぽいだけなら、周りを叩いて、血行をよくさせるだけで消える場合があるそうです。傷は叩いちゃダメですよ。

もう少し勉強しないとなぁ・・・。
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2011年の様子

2011-12-31 21:58:01 | 現在の日記
うーん、ついつい半年も空けてしまいました。
昔の続きや、大阪での患者と家族会も書かないといけなかったのに、ごめんなさい。

とりあえず、年の瀬なので、今年の様子だけ、ささっと書いておきます。

母、10年目の様子
家の中では伝い歩き、買い物などは車椅子なのですが、これといったリハビリをしなくなって3年くらいたつでしょうか?
今年は目に見えて脚力が弱くなりました。本人も「筋力が落ちて足がプヨプヨして細くなったし、足に力が入らなくなった」といっています。

夏に外で転んで捻挫のような状態になった時は、足の甲半分が、見る見るうちに紫色になってしまったので、あわてて病院に行った所、骨折はしていなかったものの
「弱そうな骨してるねぇ」といわれ、骨密度を測ったら、なんと骨そそしょうの1%手前だというではありませんか!
毎日ヨーグルトやチーズを取っているのに・・・。
これからもっとカルシウムを取れば治るのかなと思ったのですが、スカスカになったら
もう治らないそうで、これ以上減らさないために、また薬が増えてしまいました。
ちなみに、紫色になったのはバファリンを飲んでいるせいで、しばらく紫色を治す外用薬を塗っていたら、落ち着いてきました。

痛みの方は、冬に入って「去年より痛いんだけど」といっているのですが、
今年の寒さとか、年のせいとか、運動不足はどうなんでしょう?
みなさんにも聞いてみたいですね。

触った感覚は、なんとなく下がってきた?かも???
といっていましたが、境がわかるというのと下がったというのを混同しているような感じなので、どうなんでしょうね?



今年は、お腹の方がちょっと変わって来ました。
今までは、どこへも出かけないので下剤は飲まず、いっぱいになると出る、という生活をしていました。10日くらいためて、ひーひー言い始めた頃に出るという感じです。
 所が、今年は、便秘状態になっても、お腹が張って苦しいという感覚ではなくて、
「お腹が痛い」とか「便秘が酷くなると脂汗が流れる」と信号が変わって来ました。
お腹がパンパンになってたような感じがしなくなったので、とても楽になったそうです。

もし良くなる(細い末梢神経が頑張る)としたら、もしかして、体の(もしくは発症した部位)中心に近い方から落ち着いてくるのかなぁ?でも、首に近い所の人で、手は難しいけど杖無しで歩いている人もいるから、よくわかんないなぁ・・・。



娘としては、足の不自由さよりも、何事にも興味が無くなっている方が気になる一年でした。


みなさん、良いお年を!
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2002年2月

2011-06-02 11:04:56 | 現在の日記
二人暮らしで母の足が不自由なのに、私のぎっくり腰で、どうすればいいんだ一体!?というような状態でしたが、よほど酷い時を除いて、プールには行っていました。さすがに、あの重たすぎる車椅子を車から降ろす根性は無かったですけど;
この頃は、休んでしまうと、一気に筋肉のハリが失われてプヨプヨになってしまうので、三日休んだらどうなっしまうんだろう?と思い、恐怖感もあって、毎日必死に歩いていました。現在では、三日サボっても、大して変わらないのでかなりサボっていますが、思えばこれこそが、初期の回復しやすい頃の状態だったんですね。

回復期とはいっても、毎日クタクタになるまでリハをしても、スキップ出来るわけでもなく、たったこれだけしか歩けない・・・という焦りはありました。
私は6か月くらい頑張れば元のように歩けるのかな?アルプスの少女ハイジのクララのように、ある日立ちあがってスタスタと歩けるのかなと思っていたのに、難しいんだなと感じました。でも、その頃、ダムで面白がって撮った写真と今の写真を比べてみると、明らかに違うんですよね。写真でさえロボットのようだったのが、今では滑らかそうに見えます。結局、出来る運動などは当時とあまり変わりませんでしたけど、細い神経が頑張ってるんだなーと、母の大根足がとっても愛おしく感じましたね。
今では、走れる人も出てきているようなので、みなさんには頑張って欲しいです。

私がぎっくり腰で痛がっている時、母が「あんたをおんぶして歩いている夢を見たよ」といっていました。いつもは、溺愛した弟の事しか心配してなかったのに、ちょっと泣けてきますね。普通に歩く夢はよく見たそうです。

○リハビリの先生にバレンタインのチョコを上げたら、照れていた
○この頃、天下茶屋のおっちゃんに初めてファンメールを送った。今まで勇気が出なかったのよね
○退院しても誰かがいないと怖いという感じだったけど、だんだん「図書館でもいってくれば?」なんていうようになった
○母と入れ違いに入院した同じ病気の人に会ったけど、すごく重いし、落ち込みまくっていて何も言えなかった。
○なんとかヘルスっていう機械がいいと、近所のおばちゃんに誘われて受けに行ったけど、70万もするわ、「絶対治る、原因不明、こんな重病の奥さんも来ている」なんて連呼されたものだから、プチ切れた。母は、おしっこの周りにゴミのような物が出て、いいかもしれないとはいっていたけど、私に遠慮してそれ以来行かなくなった。あれ、行ってたらどうなったのかなとは思うけど、今でもやっぱりやだなぁ・・・。
○初めての長距離ドライブでお花見に。立った時の腹圧で、おしっこが漏れてしまう事が判明した



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2002年1月 おみくじは吉

2011-06-02 10:06:56 | 日記
思い出話に戻りましょう。

年末に退院して、お正月は久しぶりの我が家で迎えました。
お正月らしい事はほとんどしませんでしたが、単身赴任の父が帰ってきて、
手すりをつけてくれたり、細かい改造をしてくれました。
でも、父の頭の中には、障害者=寝たきりのような図式があって、
箸より重い物を持たせないような介護をさせようとして、私とはケンカばかりしていましたね。
介護とはこういうもの!という理想が高かった割には、な〜んにも手伝ってくれませんでした。同情だけしていい気分になってるタイプなんだと思っていたけど、男の人は、弱い人に優しすぎて、どうしていいかわからなかったんだと思います。
ちなみに弟も、障害を持った母を目の当たりにするのが怖くて、2年間音信不通だったので、その間、私も先の見えない恐怖や責任をヒシヒシと感じながら毎日を送っていました。

お正月の間も、毎日リハビリのつもりで、外に歩きに行っていました。
ダムや公園みたいな、車が入って来なくてフラットな場所がお気に入りです。
季節の変化が見えると感動するので、やっぱり外はいいですね。

最初は杖で30mくらい(往復60m)で帰って来ましたけど、もっと先を見せて上げたかったので、1万円くらいの車椅子を休憩用に押して持っていくようになりました。安いのは買うもんじゃないと後悔したのは、また後の話。

リハビリの後は、全身がすごく疲れているので、寝ては歩き、腿上げやストレッチをして、また横になって・・・の繰り返しでした。
その内に私が、これでは入院生活と同じだ、生活動作もリハのうちだと思って、「食器洗いか、ご飯作りを選んで!」といったら、「私は病人なのに・・・」とブツクサいいつつも、食器洗いの任務に就く事に決定。元々仲が悪いのに、毎日毎日、二人っきりで顔を合わせている状態に限界が来ていたせいでもありますが、やっぱり家の中でも、自分の世界や自分の役目があった方が、精神的には安定するような気がします。面倒だからってわけじゃなくて、本当ですって!

通院でのプールリハは週3回、4〜5年通っていました。久しぶりに行ったら、リハビリの先生が1週間しかたってないのに「こんなに離れていた事なんて無かったですからね」なんて、恋人のような事をおっしゃる。「あなた達、変です!」といってやったら笑っていましたね。
通りがかった担当医の先生は、「お風呂どうだった?」と心配してくれましたが、プールで股関節をグルグル回したり、腿上げをよくやっていたので、思ったよりは楽に入る事が出来ました。つかむ所が無いのは、ちょっと怖かったですけどね。

日記を見ると、その他は
○おみくじは吉
○快気祝いを配りに、母を連れて挨拶に行ったけど、結構行きづらい事が判明。
 お店にもなかなか行けないなぁと思った。
○保険の請求を出す
○入院中からジクジクしていた耳だれが酷くなり、耳鼻科を受診。中耳炎だけど、9年 たってもまだ通院中。元々人工鼓膜だけど、これは脊髄梗塞になったせいだと思う。 先生は違うといってますけどね。
○私、ついにぎっくり腰
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リリカを飲んで見ました

2011-05-31 15:28:57 | 現在の日記
この冬、先輩のおっちゃんの所のHPで、みんなが飲み始めたというリリカ。
本当は、別の足の麻痺の薬らしいけど、痛みが減った、効いたというのは
他に知らないので、母も飲んでみることにしました。

普通の薬と違って、飲み始めて1週間目くらいから効いてくるらしい。

1錠飲んでみた・・・目がグルグル回るではないか!
ふと顔を見ると、目がすわってる。
船酔い状態が半日以上続いて、夜になって、やっと納まったようです。
夜は寝るだけだから、また飲んだけど、これ、グルグルしてたら
トイレもお風呂も怖くて行けないですね。
次の日も飲んでみたけれど、またグルグルし始めて、ついにギブアップしてしまいました。
母は、安定剤系統の薬は飲んだ事が無いので、とっても怖かったようです。
おっちゃんは、「二日くらいは目が回るよ〜」と気楽にいってたので、
母だけでは無かったみたいですね。

で、痛みの方はというと、母には効きました!痛みには、とっても楽だったようで
悩んでいましたが、やっぱり目が回るのは嫌だという事で、今年の冬も
ロキソニンなどの服用で、耐えていました。

数日飲んでいれば、体に慣れていくようですが、目が回る=怖いという図式が
出来上がってしまったのですね。

どっかで見た情報によると、効くのは46%くらいの人っていってたかな?
母には効いたようなので、まぁ・・・耐えられなくなったら飲むかもしれません。

それに、ひとつ効きやすい薬が出来たなら、次はきっと、もっと早く出来るでしょう。
今後に期待しましょう!
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