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パブー版『事故災害研究室』に掲載しているバージョンは加筆・修正が施してあり、当ブログ掲載分よりも読みやすくなっていると思われます。よろしければそちらもご覧下さい。
実は車両の外に、ちゃんと非常用ドアコック、通称「Dコック」があったのである。運転室から飛び出して、これさえチョイと捻っていれば、パンタグラフの故障で開かなくなった自動ドアも全て手動で開けられた筈なのだ。
後にその点を追及された運転士は、そのコックの存在を「後で言われて思い出した」という。これでは責められても仕方が無い。
ちなみに、車両内にもこの「Dコック」は設置されており、事故当時これを操作した人がいたのである。恐らくこれは焼死した乗客の一人だったのだろう、後の現場検証でコックが捻られているのが発見されている。火災当時の乗客たちは、実は手動でドアを開けて脱出することが可能だったのだ! やりきれない話である。
だがそれが気付かれないのも無理の無い話だった。火災時の車両内は修羅道かはたまた畜生道か、と思わせる有様で、乗客は我先にと唯一の脱出口である窓へ押し寄せ、男が女を引き摺り落とすような惨状だったという。誰か一人がコックを捻っても、それだけ混乱した車内では、落ち着いてその旨を説明する前に踏み倒され、煙を吸ってしまうのが関の山だったろう。戦後の混乱とモラルの低下は、こんな所でもまだくすぶっていたのだ。
今では、非常用ドアコックと言えばどんな車両でも目立つ場所に設置されているのですぐ分かる。だが当時の車両は全く目立たず、そうしたコックの存在そのものが多くの人には気付かれていなかったのである。
この桜木町火災を教訓に、ドアコックは目立つ形で設置されるようになった。だがそれが裏目に出たのが三河島事故である。こちらの事故では、ドアコックを捻って脱出した乗客達が、隣の線路に進入してきた別の電車に轢かれている。
こうして桜木町火災は、、先頭車両と2両目を合わせて焼死者106名、負傷者92名という大惨事になった。この事故は国鉄戦後五大事故の一つとして、今でも鉄道事故史を語る上では欠かせないものである。
さて裁判だが、これは最高裁まで争われて、最終的には職員5名が有罪となった。内訳は、架線工事の工手長のNが禁固10ヶ月。信号掛のT、運転士、工事の工手副長が禁固6ヶ月。最初にスパナを落として電線の切断を起こした工手は執行猶予付きの禁固1年である。
なお、有罪判決を受けた内の2人、工事の工手長のNと信号掛のTが事故当時に交わしたやり取りが、事故の責任追及の過程で問題になっている。最後にこれだけご紹介しておこう。
Nの証言
「架線を切ったとき信号所にかけつけて、上り線には電車を入れてくれるなと強く主張した」
Tの証言
「工手長は上り電車を出すのはチョット待ってくれと軽く言った。着(到着)はいいのか、とたずねたら、着はいいと答えたので渡り線に電車を入れた」
あまりに真正面から食い違っているので、却って可笑しい。どちらかが嘘を吐いている可能性は高いが、こういうのって、嘘を主張している本人も、だんだん自分が嘘を吐いていることを忘れちゃうらしいね。
とにかく、この2人の打ち合わせ不備のため、例の63系列車が断線事故が起きていた上り線に進入してしまったことには違いない。
この桜木町事故、例えば後年に起きた鶴見事故などに比べると不明な点がほとんど無い。だから逆に責任追及の焦点をどこに当てれば良いか分かりにくくなっている感がある。そんな中で唯一の「謎」として残ってしまったのが、この2人の証言の真偽なのである。
参考文献『続 事故の鉄道史』
(1,384文字)
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実は車両の外に、ちゃんと非常用ドアコック、通称「Dコック」があったのである。運転室から飛び出して、これさえチョイと捻っていれば、パンタグラフの故障で開かなくなった自動ドアも全て手動で開けられた筈なのだ。
後にその点を追及された運転士は、そのコックの存在を「後で言われて思い出した」という。これでは責められても仕方が無い。
ちなみに、車両内にもこの「Dコック」は設置されており、事故当時これを操作した人がいたのである。恐らくこれは焼死した乗客の一人だったのだろう、後の現場検証でコックが捻られているのが発見されている。火災当時の乗客たちは、実は手動でドアを開けて脱出することが可能だったのだ! やりきれない話である。
だがそれが気付かれないのも無理の無い話だった。火災時の車両内は修羅道かはたまた畜生道か、と思わせる有様で、乗客は我先にと唯一の脱出口である窓へ押し寄せ、男が女を引き摺り落とすような惨状だったという。誰か一人がコックを捻っても、それだけ混乱した車内では、落ち着いてその旨を説明する前に踏み倒され、煙を吸ってしまうのが関の山だったろう。戦後の混乱とモラルの低下は、こんな所でもまだくすぶっていたのだ。
今では、非常用ドアコックと言えばどんな車両でも目立つ場所に設置されているのですぐ分かる。だが当時の車両は全く目立たず、そうしたコックの存在そのものが多くの人には気付かれていなかったのである。
この桜木町火災を教訓に、ドアコックは目立つ形で設置されるようになった。だがそれが裏目に出たのが三河島事故である。こちらの事故では、ドアコックを捻って脱出した乗客達が、隣の線路に進入してきた別の電車に轢かれている。
こうして桜木町火災は、、先頭車両と2両目を合わせて焼死者106名、負傷者92名という大惨事になった。この事故は国鉄戦後五大事故の一つとして、今でも鉄道事故史を語る上では欠かせないものである。
さて裁判だが、これは最高裁まで争われて、最終的には職員5名が有罪となった。内訳は、架線工事の工手長のNが禁固10ヶ月。信号掛のT、運転士、工事の工手副長が禁固6ヶ月。最初にスパナを落として電線の切断を起こした工手は執行猶予付きの禁固1年である。
なお、有罪判決を受けた内の2人、工事の工手長のNと信号掛のTが事故当時に交わしたやり取りが、事故の責任追及の過程で問題になっている。最後にこれだけご紹介しておこう。
Nの証言
「架線を切ったとき信号所にかけつけて、上り線には電車を入れてくれるなと強く主張した」
Tの証言
「工手長は上り電車を出すのはチョット待ってくれと軽く言った。着(到着)はいいのか、とたずねたら、着はいいと答えたので渡り線に電車を入れた」
あまりに真正面から食い違っているので、却って可笑しい。どちらかが嘘を吐いている可能性は高いが、こういうのって、嘘を主張している本人も、だんだん自分が嘘を吐いていることを忘れちゃうらしいね。
とにかく、この2人の打ち合わせ不備のため、例の63系列車が断線事故が起きていた上り線に進入してしまったことには違いない。
この桜木町事故、例えば後年に起きた鶴見事故などに比べると不明な点がほとんど無い。だから逆に責任追及の焦点をどこに当てれば良いか分かりにくくなっている感がある。そんな中で唯一の「謎」として残ってしまったのが、この2人の証言の真偽なのである。
参考文献『続 事故の鉄道史』
(1,384文字)
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緊急事態時に冷静な行動を取るには、日頃よりの訓練が不可欠だと思います。
非常時に適切な行動を、というのは本当に難しく、
後知恵で我々なんかは「もっとしっかりしろよ馬鹿め」とか思っちゃうわけですけども、
なかなか……大変でしょうね。
むしろ、当人にとっては常に前代未聞の事態だからこそ「非常事態」である、とも言えると思います。そんな時、本当に適切に対応出来る人というのはごく稀ですよね。
だけど、かのタイタニック号遭難の時は、先に女子供を救命ボートに乗せた男達は、沈み行く客船で賛美歌を歌って最期を迎えたそうです。極端な例ではありますがそういうこともあるそうです。
防災知識の習得や人間性の鍛錬など、非常事態を乗り切るためのカギは実は「日常」の中にこそ潜んでいるのでしょうね。
http://blog.goo.ne.jp/gelt/s/%BA%F9%CC%DA%C4%AE
で書きましたが、悲惨な電車だったそーですね。せめて窓から人が出れるようになってれば、これほどの大事故にはならなかった・・・・と桜木町に行くたびにおもいます。
タイタニックの例では、毎週日曜に教会で賛美歌を歌うという欧米社会の「日常」が現れたようですね。弱者優先の思想はその教会で教えられるもので、歩行者優先、バリアフリーの思想は根を辿るとクリスチャニズムに行きつく。日本で弱者優先がうまく機能していないのは、一つにはそのような「日常」がないからなのでせう。
あの窓でも、皆で順序良く脱出すればそれなりの人数が脱出できただろうとは言われているようですが…、燃え盛る電車内では、それはさすがに現実的ではなかったでしょうね。
事故に関する記事は少し茶化して書いていますが、非常事態、死、宗教、日常と、事故災害のことをあれこれ調べていると結構真面目に考えさせられることも多いです。
タイタニックの例が、西欧内でもどこまで一般的と言えるのかは僕にはちょっと分からないですけどね。少なくとも日本では、こうした救助活動や自己犠牲によって賞賛されるのは「職業人」に多い気がします。
火災の時に、救出のために飛び込んで殉職したバス運転手とか…あとガソリンカー火災の時に、やはり救助活動のために大火傷を負って死亡した車掌とか。
こうやってキーワードで辿っていくと、日本人の宗教心と職業、というテーマでも何か書けそうですね。