平和への道

私の兄弟、友のために、さあ私は言おう。「あなたのうちに平和があるように。」(詩篇122:8)

第二次から第三次伝道旅行へ

2017-11-06 19:45:37 | 礼拝メッセージ
2017年11月5日礼拝メッセージ
『第二次から第三次伝道旅行へ』
【使徒18:18~23】

はじめに
 先週は召天者記念礼拝で旧約聖書の申命記を開きましたから、使徒の働きの学びは休みました。今週はまた使徒の働きに戻ります。今は18章を学んでいるところです。12月のアドベントに入ったら多分、福音書を開くことになると思います。そうすると年内には使徒の働きは終わらないことになります。使徒の働きの学びを始めたのは昨年の6月26日からでしたから、随分と長い学びになっていますが、一つの書をこれだけじっくり学べるのも感謝なことだと思います。

第二次伝道旅行を終えたパウロ

 さて、先々週の学びでは、18章の9節で主が幻の中でパウロに「恐れないで、語り続けなさい。黙ってはいけない」と語り掛けた箇所を見ました。そうして、パウロはコリントの町に1年半腰を据えて、神のことばを教え続けました。この1年半の間には、12節にあるようにパウロがユダヤ人たちに法廷に引かれて行くということもありましたが、10節で主が言われたように、パウロ自身は危害を加えられるようなことはありませんでした。
 そうしてパウロは長い間コリントに滞在してから、第二次伝道旅行を終えることにしました。18節から見て行きます。18節と19節、

18:18 パウロは、なお長らく滞在してから、兄弟たちに別れを告げて、シリヤへ向けて出帆した。プリスキラとアクラも同行した。パウロは一つの誓願を立てていたので、ケンクレヤで髪をそった。
18:19 彼らがエペソに着くと、パウロはふたりをそこに残し、自分だけ会堂に入って、ユダヤ人たちと論じた。

 パウロたちはシリヤへ向けて出帆しました。当時の船は帆船でしょうから、文字通り出帆ですね。「シリヤへ向けて」と書いてあるのは出発点がシリヤのアンテオケ教会ですから、このように書いてあるのだと思います。この船にはプリスキラとアクラも同乗していました。彼らは途中、エペソに寄り、プリスキラとアクラはエペソに残ることになりました。エペソでパウロはいつものように会堂に入ってユダヤ人と論じました。
 そして20節、

18:20 人々は、もっと長くとどまるように頼んだが、彼は聞き入れないで、
18:21 「神のみこころなら、またあなたがたのところに帰って来ます」と言って別れを告げ、エペソから船出した。

 そうしてパウロはエペソには少しいただけで、また船出しました。そして、直接アンテオケには戻らずにエルサレムに寄って行きました。22節です。

18:22 それからカイザリヤに上陸してエルサレムに上り、教会にあいさつしてからアンテオケに下って行った。

 ここまでが第二次伝道旅行です。ここで後ろの地図を見て、地理を確認しましょう。
 (地図を確認)

アンテオケに戻れなかった第三次伝道旅行
 そしてパウロはしばらくアンテオケにいましたが、使徒の働きの記述では間を置くことなく、すぐに第三次伝道旅行の記述が始まります。23節、

18:23 そこにしばらくいてから、彼はまた出発し、ガラテヤの地方およびフルギヤを次々に巡って、すべての弟子たちを力づけた。

 この「彼はまた出発し」というのが第三次伝道旅行に出発したということです。
 さて、去年からのこの使徒の働きの学びでは、概ね1章から順番に記事を学んでいますが、時々は少し先回りをして、もう少し広い範囲を見渡すことをしています。その方がこの使徒の働きという書の全体像を把握しやすいと思うからです。
 それで、きょうの学びでも少し先回りをして、第三次伝道旅行の最後の方を見ることにしたいと思います。先ほど地図で見たように、この第三次伝道旅行ではパウロはアンテオケに戻ることはありませんでした。第一次と第二次ではパウロが伝道の拠点としていたアンテオケに戻りましたが、この第三次伝道旅行では戻ることができませんでした。それは、パウロがエルサレムで捕らえられてしまったからです。
 この使徒の働きのパウロの第三次伝道旅行を見ていると、パウロは捕らえられるためにわざわざエルサレムに向かって行ったような感じを受けます。それは、まるでイエスさまが捕らえられるためにエルサレムに向かって行ったのと似ています。きょう、これから、その捕らえられた場面を先回りして見ようと思います。これから何回か第三次伝道旅行の学びをする中で、この第三次の旅行の行く末にはパウロの拘束があるのだということを予め知っておき、パウロが何を思ってエルサレムへ向かって行ったのかということにも思いを巡らすことができたら良いなと思っています。

よく似ているルカの福音書と使徒の働き
 今回、このような読み方を礼拝のメッセージの中でもしてみたいと思ったのは、先週から始まったeラーニングの新しい講座のルカ文書の学びが、ルカの福音書と使徒の働きを並べて考えてみることになっているからです。まだ講座が始まったばかりで私も思い巡らしを始めたばかりですので十分に深まっていませんが、多くのことを学べるであろうと期待しています。講師の山崎先生によれば、ルカは何らかの意図を持ってルカの福音書と使徒の働きを似たような構造を持つ文書にしたのであろうということで、今回のeラーニングの学びでは、そのことも探られていくことと、思います。
 では、第三次伝道旅行のおしまいのほうを、見ることにしたいと思います。21章の7節から見て行きます。

21:7 私たちはツロからの航海を終えて、トレマイに着いた。そこの兄弟たちにあいさつをして、彼らのところに一日滞在した。

 7節の始めに「私たち」とありますから、ルカも一緒にいたことがわかります。彼らが着いたトレマイは、エルサレムの比較的近くです。第三次の旅行でパウロは第二次の時と同じようにギリシャのコリントの町にまで行っていましたが、エルサレムの近くにまで戻って来ていました。

21:8 翌日そこを立って、カイザリヤに着き、あの七人のひとりである伝道者ピリポの家に入って、そこに滞在した。

 伝道者ピリポというのは、サマリヤ人に伝道したピリポですね。それからエチオピヤ人の宦官にイザヤ書53章のしもべがイエスさまのことであることを教えたのも、ピリポでした。この8節から、ルカはピリポと直接の面識があったことがわかりますから、使徒の働き8章のピリポのサマリヤ伝道については、ルカがピリポから直接聞いたのだろうということがわかります。続いて9節から11節、

21:9 この人には、預言する四人の未婚の娘がいた。
21:10 幾日かそこに滞在していると、アガボという預言者がユダヤから下って来た。
21:11 彼は私たちのところに来て、パウロの帯を取り、自分の両手と両足を縛って、「『この帯の持ち主は、エルサレムでユダヤ人に、こんなふうに縛られ、異邦人の手に渡される』と聖霊がお告げになっています」と言った。

 ここでアガボという預言者によって、パウロがエルサレムでユダヤ人に捕らえられることが預言されます。12節、

21:12 私たちはこれを聞いて、土地の人たちといっしょになって、パウロに、エルサレムには上らないよう頼んだ。

 ルカもこの場にいたのですね。ルカたちはパウロにエルサレムに上らないよう頼みました。すると13節、

21:13 するとパウロは、「あなたがたは、泣いたり、私の心をくじいたりして、いったい何をしているのですか。私は、主イエスの御名のためなら、エルサレムで縛られることばかりでなく、死ぬことさえも覚悟しています」と答えた。

 ここからパウロはすべて覚悟の上でエルサレムに上って行ったことがわかります。14節と15節、

21:14 彼が聞き入れようとしないので、私たちは、「主のみこころのままに」と言って、黙ってしまった。
21:15 こうして数日たつと、私たちは旅仕度をして、エルサレムに上った。

 少し飛ばして30節だけを見ておきましょう。30節、

21:30 そこで町中が大騒ぎになり、人々は殺到してパウロを捕らえ、宮の外へ引きずり出した。そして、ただちに宮の門が閉じられた。
 
 このようにユダヤ人たちは乱暴な方法でパウロを捕らえました。これはイエスさまがエルサレムで捕らえられた時とよく似ていると思います。
 ルカはパウロの中にイエスさまを見ていたのかもしれません。ルカは十字架に付く前の人としてのイエスさまには会ったことがありません。しかし、パウロを通してイエスさまと出会ったとも言えるでしょう。パウロもまた十字架に付く前のイエスさまに会ったことはありませんでしたが、パウロに対してはダマスコ途上で復活したイエスさまが直接現われました。そして私の場合は、パウロが復活したイエスさまと出会ったことを信じたことで、イエスさまと出会うことができました。人とイエスさまとの出会いには様々なパターンがあるということも、使徒の働きを学ぶとわかります。

まだまだ知られていない聖書の面白さ
 講師の山崎先生によれば、ルカの福音書と使徒の働きとの間に並行関係があることは、ルカ文書を専門とする聖書学者の間では、よく知られていることだそうです。こんなに面白いことが、なぜもっと広く一般の牧師にも広まって、説教に活かされるようになっていないのか不思議な気持ちがします。聖書は本当に面白いと思います。このことがもっと伝われば、聖書に関心を持つ人々も増えていくことでしょう。ヨハネの福音書には三つの時代の重なりがあることも同様です。もっともっと広まっていく必要があると思います。
 どうしてルカの秘密、ヨハネの秘密が広まらないで来てしまったのか、過ぎてしまったことは仕方がありませんが、これからはもっともっと広まって行かなければならないと思います。
 これらのことも思いながら、これからパウロの第三次伝道旅行を学んで行きたいと思います。お祈りいたしましょう。
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