インマヌエル沼津キリスト教会

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奥深い自分に忠実だったパウロ(2017.7.2 礼拝)

2017-07-03 12:31:39 | 礼拝メッセージ
2017年7月2日礼拝メッセージ
『奥深い自分に忠実だったパウロ』
【使徒14:19~28】

はじめに
 使徒の働き14章の学びを続けます。先週学んだ箇所では、パウロとバルナバはガラテヤ地方のルステラにいました。
 このルステラに足がなえた人がいて、パウロがこの人に「自分の足で、まっすぐに立ちなさい」と言ったところ、この人は飛び上がって、歩き出しました。これを見たルステラの人々は「神々が人間の姿をとって、私たちのところにおくだりになったのだ」と言って、パウロとバルナバにいけにえを捧げようとしました。
 このように、唯一の神ではなくて分業制の神々を信仰するルステラの人々は、八百万の神々を信仰する日本人に似ているように思われます。それで先週は、このような分業制の神々を信仰する人々は、唯一の神のスケールの壮大さがわかっていないのではないかという話をしました。私たちは、聖書の神様がいかに壮大なスケールのお方であるかを、お伝えして行きたいと思います。

第一次伝道旅行を終えたパウロとバルナバ
 さて、きょうは使徒の働き14章の19節からです。19節と20節、

14:19 ところが、アンテオケとイコニオムからユダヤ人たちが来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにし、死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
14:20 しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。その翌日、彼はバルナバとともにデルベに向かった。

 アンテオケとイコニオムからユダヤ人たちが、ルステラの町に来て、パウロを石打ちにしてしまいました。この19節と20節については、後でまた取り上げます。その前に、14章のおしまいまでを簡単に見ておくことにします。21節から23節、

14:21 彼らはその町で福音を宣べ、多くの人を弟子としてから、ルステラとイコニオムとアンテオケとに引き返して、
14:22 弟子たちの心を強め、この信仰にしっかりとどまるように勧め、「私たちが神の国に入るには、多くの苦しみを経なければならない」と言った。
14:23 また、彼らのために教会ごとに長老たちを選び、断食をして祈って後、彼らをその信じていた主にゆだねた。

 これらの地方では多くの人々が信仰に入りましたから、教会が形成されていたのですね。 パウロとバルナバは「彼らのために教会ごとに長老たちを選び」ました。そして、24節から26節まで。

14:24 ふたりはピシデヤを通ってパンフリヤに着き、
14:25 ペルガでみことばを語ってから、アタリヤに下り、
14:26 そこから船でアンテオケに帰った。そこは、彼らがいま成し遂げた働きのために、以前神の恵みにゆだねられて送り出された所であった。

 パウロとバルナバは、最初の出発点のアンテオケ教会に戻って来ました。こうしてパウロの第一次伝道旅行が終了しました。
(後ろの地図で第一次伝道旅行の経路を、もう一度確認しておきましょう。)

 そして27節と28節、

14:27 そこに着くと、教会の人々を集め、神が彼らとともにいて行われたすべてのことと、異邦人に信仰の門を開いてくださったこととを報告した。
14:28 そして、彼らはかなり長い期間を弟子たちとともに過ごした。

 こうしてパウロとバルナバは第一次伝道旅行を終えてアンテオケ教会に戻って来ました。

石打ちに遭ったパウロ
 さて、きょうの箇所の最初のほうで見たように、パウロはこの第一次伝道旅行の途中のルステラの町で石打ちに遭いました。もしパウロが石打ちで死んでいたら、そこでパウロの伝道旅行は終わり、第二次伝道旅行も第三次伝道旅行も行われなかったことになります。
 ステパノの場合は石打ちで死に、パウロの場合は石打ちで死にませんでした。ステパノは石打ちで死にましたが、これがきっかけでエルサレムの教会の人々が各地に散らされて、キリスト教が広大な地域に広く伝わることになりました。そしてパウロは石打ちで死なずに第一次伝道旅行を終えて、やがて第二次伝道旅行でヨーロッパにキリストの教えを広めました。パウロはこのことに用いられるために死なないように神様が守って下さったのでしょうか。神様の御心は計り知れませんから私たちにはわかりませんが、結果だけを見るなら、そのように見えます。
 では、改めて使徒の働き14章の19節と20節を、ご一緒に読みましょう。

14:19 ところが、アンテオケとイコニオムからユダヤ人たちが来て、群衆を抱き込み、パウロを石打ちにし、死んだものと思って、町の外に引きずり出した。
14:20 しかし、弟子たちがパウロを取り囲んでいると、彼は立ち上がって町に入って行った。その翌日、彼はバルナバとともにデルベに向かった。

 群集はパウロが死んだと思いました。ということは、パウロは相当にひどいダメージを受けたということです。しかしパウロは立ち上がって町に入って行ったとありますから、これは奇跡的なことです。やはり主がパウロを用いるためにパウロを守ったのでしょうか。本当のところはもちろんわかりませんが、そのようなことを感じます。

様々な艱難に遭ったパウロ
 パウロが石打ちに遭ったことは、パウロ自身もコリント人への手紙第二に書いています。第二コリント11章を、ご一緒に読みましょう。この第二コリント11章でパウロは、自身がこれまでにどれくらいの艱難に遭ったかを書いています(新約聖書p.359)。23節から27節までを交代で読みましょう。

11:23 彼らはキリストのしもべですか。私は狂気したように言いますが、私は彼ら以上にそうなのです。私の労苦は彼らよりも多く、牢に入れられたことも多く、また、むち打たれたことは数えきれず、死に直面したこともしばしばでした。
11:24 ユダヤ人から三十九のむちを受けたことが五度、
11:25 むちで打たれたことが三度、石で打たれたことが一度、難船したことが三度あり、一昼夜、海上を漂ったこともあります。
11:26 幾度も旅をし、川の難、盗賊の難、同国民から受ける難、異邦人から受ける難、都市の難、荒野の難、海上の難、にせ兄弟の難に会い、
11:27 労し苦しみ、たびたび眠られぬ夜を過ごし、飢え渇き、しばしば食べ物もなく、寒さに凍え、裸でいたこともありました。

 25節に「石で打たれたことが一度」とあります。石打ちは死刑ですから、普通は死にます。ですから、もしパウロがもう一度石打ちに遭っていたら死んでいたでしょう。それにしても、パウロは何と多くの艱難に遭ったことでしょうか。これだけの艱難に遭いながら、なお、くじけずにイエス・キリストの教えを宣べ伝え続けることができたのは、なぜでしょうか。
 それは、聖霊の力を受けていたからですね。使徒の働き1章8節には、「聖霊があなたがたの上に臨まれるとき、あなたがたは力を受けます。そして、エルサレム、ユダヤとサマリヤの全土、および地の果てにまで、わたしの証人となります。」とありますから、聖霊を受けた者はイエスさまの証人になります。
 この、聖霊を受けると力を受けてイエスさまの証人になるということは、この礼拝でも前から繰り返し話していることで、パウロもその聖霊の力を受けていました。それに加えて、きょうはまた別の観点から話してみたいと思います。

奥深い自分に忠実だったパウロ
 それは、パウロが「奥深い自分に忠実であった」ということです。この「奥深い自分に忠実である」ということについては、『自己愛とエゴイズム』(ハビエル・ガラルダ著、講談社現代新書)という本の紹介で話したことがあると思いますが、きょうを含めて、これから、このことを私は繰り返し述べていくべきであることを示されています。きょうは、この本の内容には深く立ち入りませんが、近々、紹介する機会が持てたらと思っています。
 「奥深い自分に忠実である」とは、まず小さな例を挙げるなら、こんなことです。私は同じ食品を2個ずつ買うことが多いです。それは毎日買い物をするよりも2日に一回買い物をしたほうが食料費を節約できることを経験的に知っているからです。そして、自分の買いたいものが棚に2個しかないことが、たまにあります。その時、2個あって良かったと思って2個とも買い物カゴに入れてしまうこともありますが、1個だけにして、あとの1個は他の人のために残しておくこともします。前者は自分のことだけを考えており、後者は他者のことを考えています。そして後者のほうが奥深い自分が満足することを感じます。
 或いはまた、電車に乗った時、空いている席を見つけて、その方向へ向かっている時に、別の人もその席に向かっているのが目に入ったなら私は譲ります。なぜなら却って足を速めてその席に突進して座っても後味の悪い思いをすることを経験上、知っているからです。奥深い自分は我先に席を勝ち取ることを望んではいません。奥深い自分は、自分のことよりも他人のことを優先します。

奥深い自分に忠実だった前川氏、忠実でなかった佐川氏
 私がどうして、この「奥深い自分に忠実であること」を今回のメッセージで語ることを示されたかというと、テレビで官僚や元官僚の発言を見て、これらの人々の「奥深い自分」について考える機会があったからです。ごく最近のニュースでは財務省の理財局長の佐川という財務官僚が国税庁長官になるということが報じられていました。この佐川さんは、森友学園への国有地の売却問題を巡って野党が国会で文書の存在を追及した際に、文書は処分したから存在しないと言い張った人です。森友学園へは不当に安い価格で売却された疑惑がありますから、価格の算出の根拠を示すように野党が言っても、記録した文書が最早存在しないから確認できないというようなことを言っていました。パソコンのデータは自動的に消去されるようになっているとすら言いました。しかし記録を大事にする文化がある官庁のパソコンがそんなことになっているとはどう考えてもおかしいわけで、おそらくは虚偽の答弁をしているわけです。
 このような虚偽の疑いが濃厚な答弁によって、一部の人々の地位が守られますから、それら一部の人々にとっては幸いなことと言えるかもしれません。しかし日本人全体にとっては極めて不幸なことです。そのことは佐川氏の奥深い自分はわかっているはずです。しかし佐川氏は奥深い自分の声が聞こえないように心の耳を閉ざしてしまっています。そういうことができる人でないと出世はできないのかもしれません。奥深い自分の声に忠実に生きている人であったら、こういう世界で高い地位を得ることは難しいのでしょう。
 文部科学省の元官僚の前川さんも、そのようにして事務次官にまで上り詰めたのかもしれません。しかし天下りの問題で事務次官を辞めましたから、自由な立場になりました。そうして前川さんが言って有名になった「あったものを、なかったことにはできない」という言葉からは、前川さんが奥深い自分に忠実でありたいと願っていることが伝わってきます。

奥深い自分に忠実だったイエス・キリスト
 奥深い自分に忠実になって、人のために生きようとする人が増えるなら世の中は良い方向に向かって行くでしょう。その反対に奥深い自分の声に耳をふさいで自分のために生きる人が増えるなら、世の中は悪い方向に向かって行くでしょう。
 イエス・キリストはもちろん、奥深い自分に忠実な方でした。イエスさまは十字架を目前にして父に祈りました。「アバ、父よ。あなたにおできにならないことはありません。どうぞ、この杯をわたしから取りのけてください。しかし、わたしの願うことではなく、あなたのみこころのままを、なさってください。」(マルコ14:36)
 イエスさまはできることなら、十字架に付けられたくはありませんでした。それは当然のことです。しかし、イエスさまの奥深い自分は父の御心に従うことを望んでいましたから、そのようにしました。それは私たちを罪の奴隷から救い、命を得させるためでした。
 パウロにも、もっと楽な人生を歩む選択肢があったはずです。しかし、パウロもそうはしませんでした。それはパウロもまた奥深い自分に忠実だったからです。
 奥深い自分に忠実であるとは、結局のところ、いつも共にいて下さるイエスさまの声を聞くということであろうなと思います。聖霊を受けていなくても、イエスさまはいつも私たちと共にいて下さいます。そして奥深いところから私たちにいつも声を掛けて下さっています。イエスさまを信じて聖霊を受けるなら、そのイエスさまの声がそれ以前よりもずっとハッキリと聞こえるようになります。
 私たちは、この奥深いところから聞こえるイエスさまの御声に耳を傾けながら、進んで行きたいと思います。
 お祈りいたしましょう。
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