おだわらぐらし

縁あって引っ越した 相模の国_小田原
一杯見て 一杯歩いて 一杯味わった三年半の思い出

松江ぐらし 始めてました^^;)

2011-04-16 00:12:44 | Weblog
みなさま、お返事なかなか打てず
失礼を重ねておりましたが_

おかげさまで無事 引っ越せ
新しい街での生活も そこそこ順調にスタートさせられております。

とりあえず「まつえぐらしはじめました」というブログを立ち上げました。
もしよろしければお訪ね下さいませ。
(まだまだ全然読む部分はありませんけれど)

この「おだわらぐらし」は
コメント頂いた方へのお返事が書けた時点で
コメント欄を閉じ 「サラシ」にしております。
いつか 続きを綴れるように^^)
(ブックマークも再開の日まで非表示にさせて頂こうと思います)

短い間ですが 仲良くして下さってありがとうございました。
又お目にかかります。

               __numabe


まちがいだらけの別れの曲

2011-03-26 20:23:24 | Weblog
まちがいだらけの別れの曲

ブログを閉じるにあたり 最後に「別れの曲」を貼るのはどうかな
と思い (←いや ついさっきおもいつきましてね) 久しぶりに弾いてみたら・・・
ああ さっぱり弾けなくなっておりました すみません。
(暮頃はもうちょっとマシだったと思うんですが)

これ三回目に弾いたもの、です。
もうちょっと練習すれば もうすこしマシになるんじゃないかな
と思うのですが 電話が鳴ったり メール着信音が入ったり
息子が帰ってきたりしたので もう いいやと思いUPしまーす^^;)

いつかちゃんと弾いたものを貼りなおしたいな。
(あ・・・期待しないでくださいね)
では 皆様 今度こそ
さようなら^^)ノシ

酒匂小前のバス停で降りてみました

2011-03-25 16:38:26 | 小田原-街歩き
高校野球が始まりましたね。
おじいちゃんが「野球見るデ」と午後の散歩をお休みにしたので・・・

ちょっとおヒマを頂いて、先日の宿題(酒匂小前の 蔵の横の建物は何か) を片付けに もう一度 酒匂小学校前を訪ねてみました。
↓時間短縮で国府津行きのバスを利用〜
 
↓酒匂小の校門の内側にプレハブの家屋が二棟建っています。
 
↓左側が「小田原市役所 酒匂窓口コーナー」。
 そして右側が「市民集会 第一施設」でした。

そうかー ここが市役所の窓口コーナーだとすると・・・

↓この蔵の向こう側にある・・・
 
↓役所っぽい建物は何でしょう?
 (いや ほら建物の外観が市役所の「大窪支所」に似てるでしょ?)
 
↓「市民集会 第二施設」ですって!
 (どんなことに使われるのかな?)
 
↓裏へ回ってみました_
 (窓ガラスが一部欠けているのは ストーブの煙突用の穴_でしょうね?)
 
↓第二施設の裏は 垣根が無く、 
 酒匂小の運動場がよく見えました。


市民集会第二施設に詳しくなった(???)帰り路、
酒匂川近くの法船寺へ_先日拝み損ねた五重塔を見に参りました。
↓まあ、東側から歩いてくれば 五重塔の案内板がすぐ目に入るんだ!
 
↓門をくぐり・・・五重塔を探す_
 
↓ああ鐘の西側にあったんですね。
 
↓五重塔側から 鐘と本堂を眺めたところ。
 
1994年に立教開宗750年を記念して建てられたそうです。
↓相輪のUP。水煙部分に青海波の模様が使われてますね。
 (火伏の意味が?)

サイズは小ぶりながら 立派な塔!
(多分写真ではこの塔が「小ぶり」だということ 
 あまりわからないと思います。
 瓦が「小さい」からかな?)

__ こうして ほんの短時間の街歩きでしたが、
前回国府津への行き帰りで見落としたアレやコレやを確認でき
満足 満足 ^^)v


(蛇足ー
 酒匂川を渡ったあたりで急に雨が降り出しました。
 風も強く、傘もさせない状態だったので
 ビジネス高校前からバスで戻りました。
 私は後から来た身だったのですが 高校生達が私を先にバス乗せてくれ・・・
 恐縮しましたー。
 コノゴロノワカイモンも なかなか礼儀をわきまえとるなあ〜^^
 はっ 私がオトシヨリに見えたのかー ???)

ダンボール箱と梱包材が届きました

2011-03-24 11:33:58 | Weblog


さっき 引越業者から ダンボール箱と梱包材が届きました。

実は亭主が4月1日付で異動を命じられ
家族三人で他県へ引っ越すことになりまして__。
(息子は4月から社会人。今月末 東京の会社の寮に入るので ここでお別れ、です)

せっかく義父も小田原という土地に慣れ
デイサービスで知り合いもでき
週一度ヘルパーさんにも来てもらえるようになり
(それなり、に)自立した生活が送れるようになってきたところですが・・・
ここで亭主を単身赴任させる のも又
義父の80という年齢を考えると「もったいない」。

残り少ない義父の「時間」
やっぱり 親子で暮らせた方がいいですよね?


__ いつか又 帰ってきたいと思います。
それまで 小田原よ お世話になった小田原のご近所の皆様 そして
ブログで仲良くしてくださった皆様、さようなら〜。



あ 引越はもう少し先です、よ。
PCを梱包するまで もしかしたら何か貼り足しをする、かもしれません。
何しろ こんな形で「おだわらぐらし」が終わることになろうとは思ってなかったので 終わり方 を全然考えてなかったんですよー。

できたら お堀端の桜を撮って「さようなら」 っていう項をUPしたいのですが・・・
どうなることかー^^;) 

清閑亭ふたたび

2011-03-22 13:31:54 | 小田原-建物
日曜の午後_
亭主が「ここもまだ行ってないんや」という清閑亭に
一緒に行きました。
(私は前回の「まちあるき検定」で一度お邪魔してます)

旧城内高校手前から天神山へ上がる坂道の途中に・・・
清閑亭はあります。
 
↓玄関前のこの樹は何でしょう?_というのが
 前回の「小田原まちあるき検定」で出題されてましたっけ^^) (答え:楠)
 

こちらは 貴族院副議長を長く務めた黒田長成侯爵(最後の福岡藩藩主の長男)の別邸だったところ。「公」の部分を極力廃し「私」の生活の場にするつもりで建てられたのが 例えばこの玄関からも伺えます_ と まちあるき検定の時教えて頂きました。
 
↑玄関までくると 中から学芸員さんが
 「今ちょうど館内の説明を始めたところです もしよかったら・・・」と
 声をかけてくれましたので
 お言葉に甘えて館内めぐりのグループに混ぜて頂きました。

明るく 風通しのよい ・・・
 
そして高台にあるので
(実はここは北条時代の土塁の上、ですって)
眺めのよいお家です。
 
↑松林の向こうは海が広がっています。

↓板襖には豪奢な孔雀の絵が!
 (この縁側はカフェなので まち歩き検定の時は拝見できなかったんです)
 
_板襖 学芸員さんに言われて一枚板であることに気づきました。
複雑な木目(モアレ柄)を見ながら 「元の木材は一体どんなサイズだったのだろう?」と思ったことです。

↓隣の座敷には 天板に桜の一枚板を使った大きな机がありました。
 
↑見学者一同 「おおーーーー」

二階に上がってみました。
真鶴半島の三ツ石がうっすら見えます。
 
(お天気のよい日は その向こうに 初島も見えるそうです)

黒田さんはここ小田原で 漢詩を作ったり 書を書いたり と
趣味に生きられたようです。
↓二階にあった黒田長成の書(雅号は桜谷)
 
↑「床板」を置かない「地板」張り、 節の多い床柱・・・ お殿様は意外に田舎屋風の書院がお好きだった?

当時の小田原には 同じように 喧騒を離れ
鄙びた地で赴きある暮らしをしようとする政財界の人々が多く暮らしており、
そうした人同士の交流も盛んだったようですね。
(そうそ、黒田家では 隣の閑院宮家からお嫁さんをもらわれています)

一階には ご近所さん(?)の一人_
↓山県有朋の書(雅号は含雪)もありました。
 


静閑亭は 戦後持ち主が浅野家(広島のお殿様ですね)に変わっています。
時代が変わり 持ち主が変わり・・・(一時生命保険会社の所有にもなっていたそうです)
内装も変わったようですが、 いつ誰がどの部分に手を入れたか、
は よくわからないのですって。
 
↓この裏庭も 最初からこういうお庭がついていたのかどうか・・・
 
↓でも蔵を建てたのは 浅野さんであることがわかっています。
 
浅野家は戦後東京のお屋敷を引き払って小田原に住まわれたので 沢山の家財道具を入れるのに蔵が必要だったのだ、とか。
↓蔵は家とつながっています。
 
↓廊下と結ばれた蔵の入り口。
 

庭から母屋を眺めたところ_
 
 
 
さて、清閑亭には_お台所がありません。
実は向かって右の一段低い場所に別棟の台所があり、
使用人もそっちに住んでいたのだとか。
台所のある棟の二階が 清閑亭二階家の一階部分と 渡り廊下でつながっていて、お料理は二階家一階部分で奥女中に渡されたそうですー。
(奥女中は母屋の続きの棟の一階に寝起きしていたようですよ)
いやいや
鄙びた別荘に住んでも お殿様はやはりお殿様だったんですね〜。



↓東大社会学研究室の平井太郎さん(まちあるき検定でいつも解説をして下さる方です)の作られた清閑亭についての資料がご覧いただけます(PDF)
http://www.machien.net/about/seikan-tei-p.pdf

↓まちえん のブログ/先日の震災時の清閑亭の被害等を知ることができます。
http://machien5.exblog.jp/
私はこちらを読ませて頂いて・・・
「あ!『おだわら街歩き指南帳4』が出てる! 買わなきゃ!」でした。

星が山でケーキ・セットを頂きました

2011-03-22 08:45:13 | 小田原-食
オカメ桜を堪能したあとは〜
レストランで美味しいお菓子とコーヒーを頂きましょう。

明るく眺めのよいレストランです。

丸木の柱や梁、天上には布、ライトのシェードは陶器・・・
あたたかみのある室内で・・・

まず桜湯がふるまわれます。

(これは 「オカメ桜祭り」期間中のサービスかな?)

折角なので 期間限定という
桜のシフォン・ケーキを注文してみました。

塩漬けの桜が使われた 春味のシフォン・ケーキでした^^)v

部屋の隅には お雛様が飾られていました。
 七段飾りに吊るし雛_

そして干支にちなんでか 兎のお人形も並んでいました。

ちょいとしどけないポーズの兎の姐さん達がお召しの衣、
大胆な色と柄の使い方が大正っぽいですねー。
そしてnumabe的には 姐さんの足の指が 日本人に多い「エジプト型」ではなく 第二指が長い「ギリシャ型」だ、 みたいなどうでもよいところが気になったりするのでしたー。

おしまい。

おかめざくらまつり

2011-03-21 23:54:39 | 小田原-自然
ヒルトンホテルへ上がる道の途中にある
「離れのやど 星が山」へ行ってみました。

ここは「おかめ桜の里」だったんですねー!
 
宿の敷地内が丸々「おかめ桜祭り会場」です。
 
んーこのあたりの木も桜かな?
もう半月ほどすると 今度はソメイヨシノが咲き始めるのかもしれない。
 
が 今はオカメ桜が主役です。
 
谷の方まで咲いている。
 (↓ってすみません、手前左のピンクはエリカです^^;)
 
↓斜面を下りていくと・・・
 
 
↓トロッコのようなミニ鉄道が現れました。
 
車体横に ○に人 のマークがついてたから
昔小田原と熱海の間を走っていた「豆相(ズソウ)人車(ジンシャ)鉄道」のレプリカだと思われます。
(余談:豆相〜 は伊豆と相模の間〜 の意味ですね。私初めてこれを小田原城址公園のイベントで見た時 小さいから「豆」の字がついてるんだと思いました。で「まめ・そうじん・くるまてつどう」と読んでましたー^^;)

更に下りると・・・
オカメ桜に混じって 梅やヤマザクラが見られるようになり
 
振り返ると ほわり とやわらかな春色の山の斜面を見上げることができました。


この後は ホテルのレストランで
コーヒーとお菓子を頂きました。 (つづく)

れんが屋ふたたび

2011-03-21 23:35:57 | 小田原-食
土曜日は 素晴らしいお天気でしたね。
これはおでかけしなくちゃ自然に申し訳ない_と
私たちは(どこへ行ったかよくわからない息子を除く)家族三人で
根府川へプチ・ドライブに行ってみました。

青い空 青い海 緑の山 道沿いに時々 ぱ っと現れる明るいピンクのオカメ桜・・・
 
 

ああ いいねえー 西湘の春だねー



お昼は 亭主が「わしはまだ行ってないで」と言う
れんが屋さんで〜
 
ちょいっと階段があるけど
義父にはリハと思ってがんばって上がってもらいました^^;)
 
↓あら、日替わりランチは土曜もやってるんですねー。
 (あ、他のメニューもありますよ。こちらは魚だけじゃなくお肉料理も人気です)
 
斜面にせり出すようにして建っているので
窓からはみかん畑 相模の海が「貸切」のように眺められます♪
 
ほどなくお食事が運ばれてきました。
↓ こっちは亭主と義父が注文した 1365円のランチ
 
↓ 私はお刺身丼1500円にしました〜^^)
  ほうぼう、もっちり美味しかったです。

(↑きんかんも甘くておいしかった!)
↓デザートはオレンジのムース。
 オカメ桜の小枝が添えられ 「春!」な感じのしめくくりになってました。


亭主は建物にも興味をもったようで・・・
 
ぱちぱち
 
ぱちぱち色んな角度から撮ってみてました^^;)

↑そうそう_
 れんが屋さんの二階(B1かしら?)は
 予約席だそうですよ。
 お客様の予定はないけど・・・
 覚えておきましょ。

この後は 離れの宿・星が山 へ行ってみました_(つづく)

国府津までのみちすがら・・・

2011-03-20 23:25:33 | 小田原-街歩き
国府津への行き帰りに見かけた あれやこれやを
貼りますー。

↓東町交番 二眼レフ・カメラみたいでちょっとかわいい^^)
 
↓オレンジ交通_ 引っ越して三年半になりますが、
 「今知りました」だったタクシー会社 スミマセン^^;)
 可愛らしい名前ですね。
 
↓ビジネス高校前_停電で信号が消えてるので
 警察官による交通整理が行われていました。
 婦警さんに「渡りますか?」と聞かれドキドキしました。
 (別にドキドキする必要なかったのに・・・)
 

↓酒匂川を渡った先、レッド・ロブスターとデニーズの間の川。
 (何という川でしょう?)
 桜が咲いたらさぞや!と思いつつ渡りました。
 
↓デニーズはロゴマークの微妙な角度調整(?)をしてました。

(これだけの人手がかかるのだ)

一号線から北に上がる参道の花がきれいで
ちょっとお訪ねをした法船寺__

↓お寺だけど注連縄が張られています。
 奥にも花が見える_
 
↓お稲荷さんです。(お寺にあるのだからダキニ天さんかな?)
 
↓その先のお堂前には日蓮さんのお像がありました。
 
↓こちらが本堂。

本堂にはお人があったので
近くへは寄らず、お賽銭も日蓮さんの像の下の箱へ入れさせてもらって退出しました_が
後で調べてこちらには五重塔があったと知り
拝見するのだったー とプチ残念に思ったことです。


↓財団法人塩事業センター
 
http://www.shiojigyo.com/a060laboratory/01_intro/index.html
__の向かいの酒匂小学校前_
おやこんなところに お役所・・・
 
・・・でしょうか?
(市役所の窓口コーナーかな? あ それはも少し東?
 ちょっと 調べてみますねー)
 

回転寿司の「はま寿司」さん、営業中〜
車が次々に入っていきます。
 
でもその隣の「マカロニ市場」さんは
停電のため休業中〜

一体ドコに電力供給の境目があるのだろう?と
不思議に思いました。

↓右側_「山近総合病院」

↓その向こうにあるみかん問屋「井上」

井上前では 水色の運搬籠に入った色んな種類のみかんが売られていました。
買おうかどうしようか迷ったけど 歩き だったので・・・諦めました。

この先の「親木橋」から先が 「国府津を歩いてみました」になりますー。

帰り道にとった写真__

↓酒匂の宿の川辺本陣跡(現:社会法人ゆりかご会所有)
 
↓酒匂不動尊
 

↓酒匂川河口近く_スーパー銭湯「湯快爽快さかわ」跡地

↓ヨークマートができるそうなー
 
酒匂川河口付近では 何台もショベルカーが働いていました。
たまった砂を出してるんでしょうか?

左にはならし役のブルドーザーも見えますね。

子供の頃見ていたNHK教育の「はたらくおじさん」の
タンちゃんとペロ君のように
「どんなおしごと してるのか 見せてもらおう」って思うんだけど_
ああ 帰って「主婦」しなくちゃ
だったのでございました。

酒匂川河口付近や浜辺の工事車輌については
以前から「どんな仕事をしてるんだろう?」と思ってました。
ネットで探せばわかるのかしら?
ちょっと調べてみたく思います。

国府津(コウヅ)を歩いてみました

2011-03-18 23:45:48 | 小田原-街歩き
18日は12時20分から停電だったので
義父は午前中の散歩のあと そのまま自室へ戻りました。
(エレベーターが使えなくなると困りますからね)
昼食も自室でとってもらって・・・

贅沢にも「することなくなっちゃった」嫁は
久しぶりにウォーキングにでかけました。
 
どこへ行こうかな?
そうだ まだ
国府津あたりの景色を撮ってなかった。

_ という訳で 一号線をテクテク歩いて国府津へ〜。

途中の信号はほとんど消えており
大きな交差点では警察の方が交通整理をしてくれてましたが、
西湘バイパス入り口のある「親木橋」は
信号機 作動してました。

←至る東京・至る小田原→
って・・・ああ、
なぜ親木橋から東(国府津側)を見た絵を撮っておかなかったでしょう・・・。
(「あ、青だ 走れば間に合う!」みたいに横断歩道を走って渡ってしまって これから歩く「国府津への上り坂」を撮り損なってしまい、 「ま いいか 帰りに撮れば」と思って それっきりになってましたー)

↓という訳で 親木橋交差点から ちょっと東へ行った
 
↑「ここは海抜5.9mです」あたりから
 お見せしますね。

歩いてるのが一号線の北側、なので
南側の家並みを眺めながら進みますー。

↓鰻の老舗「うな和」さん。
 手前の味わい深い佇まいが 以前のお店ですが、
 今はそこは勝手場になっており、 奥の建物で食事を頂くようになってます。

↓大沢屋さん。ラウンドトップの窓が「洋」な感じですね。
 
↓黒毛和牛の看板が印象的な多田商店さん。
 右隣の蒲鉾型の建物は交番です。

↓出桁造の家。
 きっと以前は周囲にもこうした重厚な構えの商家が並んでいたのでしょう。

↓このあたりは昔ながらの建物と新しい建物が 仲良く並んでますね。
 
↓シャープな感じの洋風の建物。
 ドアの両サイドは頑丈そうな縦格子です。
 何屋さんだったのでしょう?
 
↓真ん中のビルは公益屋書店_本屋さんです。
 ファサード上部には「公益」の文字が!
 
↓あれ?お酒の鈴木屋さんの右手奥・・・お堂のような物が見える_。
 
↓頑丈そう・・・蔵かしら?と思ったら
 
↑これは「勧堂」という_
↓親鸞聖人(シンランショウニン)の草庵跡らしい・・・。「へ〜っ」

(親鸞聖人はここで七年も人々に教えを説いていらっしゃったのだとか)
お堂の南側へ回ると 住宅+西湘バイパス のその向こうに
 明るい相模の海が広がっていました。 
 
↓一号線に戻って少し行くとパン屋さんがあります。
 小さいけれど瀟洒な感じの洋館ですよね。
 その先は緩やかな下り坂_。

ここを左手に上がると・・・

↓「JR国府津駅」です。

↓去年の台風の時は ここがキュウキュウのパンパンになったんですねえ・・・

 さて、国府津は 丹那トンネルができるまでは 東海道本線の中の主要な駅でした。
 今は東海道本線はここから小田原〜熱海を通って沼津へ出ますが
 以前は 現在の御殿場線を通って(つまり箱根を迂回して)沼津へ行っており_
 東京方面から来た汽車は、上り坂に備えて
 ここ国府津で機関車を連結した のだそうです。
 (そういう訳で駅付近には立派な機関庫もあったのですって。)


↓これは開駅100年を記念して立てられた碑。
 
↓富士山をバックにした機関車D52のレリーフつきです。

鉄道唱歌の歌詞も刻まれている_
  ♪国府津おるれば馬車(!!!)ありて
   酒匂 小田原とほからず
   箱根八里の山道も
   あれ見よ 雲の間より


帰りは一号線の南側の歩道を歩き、
北側の家並みを鑑賞〜。
 
 
↓喜楽さん、もっと近くで撮ればよかったなあ、
 赤いペンキで塗ってある窓の棧(サン)の「木」な感じがなかなかイイんですよ。
 
↓少数派になりつつある 昔ながらの魚屋さん。
 そろそろ「生シラスあります」の札が出る頃ですねー。
 

↓親木橋の陸橋まで戻ってきました。
 
↓陸橋から南・海側を見る。
 正面は 西湘バイパスです。
 
↓陸橋から北西方向には 富士山。(よーっく見て下さいね^^;)
 
↑どう見ても 「私、○野家が好きだ!」な感じの絵ですねー。

↑えーっと これもですねー・・・
 バスが省エネのため間引き運転をすることになり 時刻表が貼りかえられていたのです。(黄色いのが 貼られたばかりの 新しい時刻表です)
こんな絵も 時をおいて見れば 「あの頃」な感じになるかな、と思って撮ったのですが・・・
やっぱり「私、○野家が好きだ!」な感じに見えますねー^^;)


さて、次の項では 小田原から親木橋の間で見た物 をお見せしますね。