惑星ダルの日常(goo版)

(森下一仁の近況です。タイトルをはじめ、ほとんどの写真は交差法で立体視できます)

2人目・3人目

2017-02-20 21:24:21 | SF

 昼前から凄い風が吹きまくりました。「春二番」ですね。

 「ガタン!」という物音が響いたので、なにごとかと外へ出て家のまわりを見まわしたけれど、異常は見当たらず。どこからす飛んで来たゴミの袋が道路を転げてくのが見えるのみ。
 で、その後、2階へ上がった際にベランダを覗いたところ、物干し竿が台から外れ、下に落ちていました。洗濯物を干したハンガーセットが風にあおられ、竿ごと舞い上がったようです。こんなこともあろうかと、片方の端はロープで縛ってあったのに。反対側が持ち上がってしまったんですね。
 さいわい洗濯物は飛んでいってなかったので、慌てて室内に取り込みました。

 その後も、ヒヨドリ除けのネットが風でバタバタしっぱなし。破れたり、飛んだりしては大変なので、一部、巻き上げ、ロープで固定しました。

 その風も夕方にはほぼおさまり、ヒヨドリが来る前に、またネットをセットし直し。
 風にあおられっぱなしの一日でした。

 「ベストSF2016」に2人目と3人目の投票がありました。
 さあのうずさんらっぱ亭さん、ありがとうございました。
 引き続き、投票、よろしくお願いします。

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尉鶲

2017-02-19 21:12:06 | 野鳥

 あ。
 書原阿佐ヶ谷店は今日が営業最終日だったんですね。
 もう一度、行きたいと思っていたのに、機会を失してしまった。残念。

 店内の本棚は一見の価値がありました。あんなに天井近くまで本がびっしり詰まっている空間は他に見たことがありません。いったいどれだけの本が詰まっていたことか。
 ずーっと眺めていって、確か社会科学の棚の隅っこで見つけた本をレジに持って行ったら、「こんな本、どこにありました?」と、店の人に訊かれたことがあります(笑)。

 建物が耐震基準に合致しないので、閉店せざるを得ないのだとか。近所のつつじヶ丘店をせいぜい利用させていただきます。

 このところ、ジョウビタキのオスが我が家の庭を縄張りと決めたみたいで、ちょくちょくやって来ていると、家の人から聞いていました。
 自分でも見たいものだと思っていたら、午後、庭仕事をしている時にやって来てくれました。
 わりと長い間、滞在してくれたのに、写真はほとんどがマズイものばかり。ましなものを1枚、あげておきます。

 ジョウビタキの「ジョウ」は「尉」で、銀髪のこと。ヒタキは「火焚き」で、鳴き声が火打石を打つ音に似ていることからきているそうです。色が鮮やかで、人を怖れないので、見慣れると親しみがわきます。

 2月もあと10日ほどになりました。「ベストSF2016」、投票の締切は月末ですので、そろそろよろしくお願いします。
 要領はこちら

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演歌

2017-02-18 21:44:06 | 

 船村徹さんが亡くなられたことで、演歌について、少し考えました。

 日本の流行歌でいえば、もともと演歌は存在せず、ジャズを起源とするジャズ歌謡の方が幅を効かせていました。二村定一さん以来、ラジオやレコードではこちらが本流。古賀政男さんにしても「影を慕いて」や「丘を越えて」など、初期の曲は洋楽系です。
 演歌がジャンルとして成立したのは、村田英雄さんの「王将」、畠山みどりさんの「恋は神代の昔から」、美空ひばりさんの「柔」などがヒットしてからでしょう。1960年代に入ってからのことです。

 「王将」を作曲した船村さんは、演歌のど真ん中にいた人ですが、1955年、春日八郎さんが歌った最初のヒット曲「別れの一本杉」を聴くと、どこか田端義雄さんふうでもあります。田端さんの歌は民謡と洋楽をミックスしたような不思議な世界ですよね。
 おそらく、村田さんや三波春夫さんなど、浪曲出身の歌手がいたことが演歌成立の大きな契機になったのでしょう。でも、それだけではなく、船村さんが「栃木弁で作曲」したといわれているように、日本の大衆的心情をそのままぶつける歌づくりの姿勢も、演歌の性格を決定したことは間違いありません。
 私にとっては、気恥ずかしいけれど心を揺さぶられるもの、といえるでしょうか。

 船村さんの1曲としては、北島三郎さんが歌った「なみだ船」(詞:星野哲郎)を挙げたいと思います。合掌。

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佐藤さとるさん

2017-02-17 20:49:10 | ひと

 9日にお亡くなりになったという。享年88。

 なんといっても『だれも知らない小さな国』です。

 この本に出会ったのは小学校5年の時だったでしょうか。出版されて1~2年経ってから、学校の図書館に入ったのだと思います。

 読んだ時の気持ちを、今、思い出せば、「これはぼくのために書かれた物語だ」ということになるでしょうか。
 山の中の三角形の空き地も、そこを流れる小川も、後に大きくなって再会する女の子も、みんな自分の親しいもののように思えました。我が家の裏山に入ってゆけば、本当にそんなことがあるのではないかと、夢想したものです。
 ただね。小さな人たちだけは、別でした。これは想像の産物だとわかっていました。
 でも、それ以外はとてもリアルな感覚があり、読んでいるとすごく幸せな気分になったのでした。中学生の頃までに、何度、読み返したことか。

 後にシリーズ化されましたが、この1冊は特別。もう一人の自分の、真実の物語のように感じます。

 この本に出会ったことで、自分がどういう人間であるのかを、客観的に考える手がかりを得たように思います。佐藤先生、本当にありがとうございました。

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近衛邸の欅

2017-02-16 21:08:43 | まち歩き

 午後、都心に出て、目白から下落合あたりを少し歩きました。
 ポカポカと暖かく、コートを来て歩いていると汗ばむほど。

 目白通りの「目白3丁目」交差点から南へ入る道を行くと、道路の中央にケヤキの古木が立っているところがありました。そこだけ道路が膨らみ、わずか数メートルですが、2車線になっていて、中央の小さな緑地にケヤキがポツンと生えているのです。
 祠でもあるのかな、と思って近づいてみると「近衛邸の車寄せにあったケヤキを住民の意思で残した」というようなことが書いてありました。
 かつてここにあった近衛文麿邸が取り壊された時、ケヤキだけは残すことにした。その結果、新設の道路が「股裂き」状態になったようです。
 お地蔵さんとかでなく、木そのものを残したのは珍しい。

 いいですねえ。今日は写真を取り忘れてしまったけれど、今度、出かけた時は必ず撮影しよう。

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