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何某の院の物語…『夕顔』(その5)

2017-07-12 11:19:07 | 能楽
『源氏物語』「夕顔」巻では、ここでいったん話題が変わって、「夕顔」巻のすぐ前の「帚木」「空蝉」で描かれた、空蝉の物語になります。

有名な「雨の夜の品定め」の翌日、左大臣邸を訪れた源氏は本妻の葵上とどうも打ちとけ難く、方違えと称して紀伊守の邸宅に泊まります。そこに紀伊守の父・伊予守が迎えた若い後妻が来合わせており、夜に紛れて源氏はこの後妻。。空蝉の部屋に忍んで「年ごろ思ひわたる心のうちも聞こえ知らせむ」と言って強引に契りを持ったのでした。

そのうえ源氏は空蝉のまだ幼い弟・小君を自分の邸の召使いとして召して、空蝉との仲を取り持つよう命じます。ある日、小君は紀伊守が任国に下った隙を見て、源氏邸に通うための自分の車に源氏を乗せて紀伊守邸に誘います。折節来ていた紀伊守の妹の軒端荻と碁を打つ空蝉の姿を垣間見た源氏はその夜 小君の手引きで寝室に忍び込みますが、それと気づいた空蝉は薄衣の単衣だけを着たまま寝室を抜け出します。

それと知らずに女と添い寝をした源氏でしたが、その相手は先ほどの軒端荻でした。どちらもそれと知って驚き、源氏は空蝉を恨めしく思いますが、「この人の、 なま心なく若やかなるけはひもあはれなれば、さすがに情け情けしく契りおかせたまふ」と。。軒端荻とも契る源氏。 それでも空蝉が脱ぎ捨てて寝室に残された小袿を持ち帰ると、自邸でこの小袿を寝床に入れて眠るのでした。

。。ああ、なんだか疲れてきた。ここまでは「夕顔」巻のすぐ前にある「帚木」「空蝉」の段のお話で、「夕顔」巻では夕顔の素性を知るよう惟光に命じたあと、この空蝉の事が再び語られるのです。

なんとここで空蝉の夫である伊予守が都に帰ってきました。伊予守はすぐに源氏に挨拶に参上し「娘(軒端荻)をしかるべき人に嫁がせて、自分は家内(空蝉)と一緒に任地に下ろうと思っています」と言います。源氏は心乱れて。。そりゃそうだ。一方空蝉もこのまま源氏に忘れ去られるのも悲しく思って、源氏の手紙に細やかな返事を書きます。。ええっ? 源氏もこれを見て「つれなくねたきものの、忘れがたきに思す」そうです。さらに軒端荻については、たとえ夫が決まっても源氏に心を許しそうに思えたので「とかく聞きたまへど、 御心も動かずぞありける」。。

。。現代であればこの浮気性の源氏は女性の敵と思われるのでしょうが、『源氏物語』は紫式部。。つまり女性が書いたのよねえ。

さてさて、これらの空蝉の挿話のあと、「夕顔」巻は再び夕顔上の物語に戻り、そして彼女と源氏の恋から、その翌朝に物の怪に襲われて夕顔が命を落とす、能『夕顔』の中心的な物語でもあり、「夕顔」巻のクライマックスに話が進んで行きます。ああよかった。

秋になり(旧暦ですから7月から秋)、左大臣邸では葵上へ源氏が通うのが途絶えがちになっているのを恨めしく思っています。一方 六條御息所も思い詰める性格で、源氏との年齢の差なども気にして煩悶を続けていました。それ、見たことか。

それでもある夜、源氏は御息所に通っていました。夜が明ける頃、深い霧の朝、御息所にせかされて源氏が寝室から出ると、御息所に仕える女房の中将の君がお帰りのお見送りのために従います。源氏は眠たげでしたが、中将の君と一緒に渡廊を歩いていると、ふいに足を止めて中将の君の姿をしげしげと眺めて「鮮やかに引き結ひたる腰つき、たをやかになまめきたり」と見ると、そばにある高欄に腰を掛けさせました。黒髪のかかる有様も美しいと感じた源氏は中将の君に恋の歌を贈り。。

。。さあ、きりがないので先に進みましょう!

さて惟光は例の夕顔の家の女主人について源氏に報告しました。「あいかわらず主人については家人もひた隠しにしていて、その正体は知れません。牛車が近づくと若い女房たちが誰が来たかとのぞき見をするようですが、あるとき頭中将が通られる、と女房たちが騒いで、右近と呼ばれる大人びた女房が呼びにやられました」

右近は夕顔上の側近くに仕える女房で、のちに夕顔の死の際もそれを目撃することになります。一方ここであの日源氏の車が近づくと女房たちが簾越しにのぞき見していた理由がだんだんと分かってきます。女房たちは女主人に通うべき男が来るのを心待ちにしていたのです。そして、どうやらその男は頭中将であるようです。

ネタばれですが、ここで夕顔上が何者であるのかを見ておきましょう。夕顔が亡くなった後に源氏は右近に問うて、次のような事情を聞かされることになります。

夕顔は三位中将という方の娘で、娘を大変に可愛がった両親は早くに亡くなってしまいました。その後夕顔はふとした事から三年ほど頭中将と契りましたが、その事実は頭中将の妻の知るところとなり、妻の実家である右大臣家から夕顔に厳しい言葉がかけられたため、夕顔は恐ろしさに宿を引き払い姿をくらましてしまいました。一昨年には子もできていたのですが、それは西の京に住む夕顔の乳母に預けてあるのです。。

これを聞いて源氏もようやく頭中将が「雨の夜の品定め」(「帚木」巻)で言っていた「常夏の女」というのが夕顔のことだったのだと知ることになります。頭中将は「雨の夜の品定め」で夕顔のことを、こう話していました。。親もなく心細い様子で、自分を本当に頼りにしている様子はいじらしいものだった、右大臣家から厳しく言われたことは知らないままで久し振りに通っても音信のなさを恨むでもなく、しかし悲しげな様子で「涙をもらし落としても、いと恥づかしくつつましげに紛らはし隠して」いた、そうしてある日突然女は姿を消してしまった。幼い子もできていたため頭中将は心乱れますが、つらさを表に出さず平気な装いであった彼女の本心を見抜けなかった頭中将は「益なき片思ひなりけり」と思い、今でも彼女を捜しているが、ようとして行方は知れない。。

「夕顔」巻のこの場面ではまだ、夕顔は頭中将を心待ちにしているらしい、という事が源氏にはぼんやりと見えてきただけですが、先に惟光が「物憂げに手紙を書いていた」と源氏に報告したのも、また源氏が大弍の乳母邸の門前に車を寄せたときに隣家の夕顔邸から簾越しに女房たちがのぞき見たのも、じつは心ならず別れることになった夕顔が、いまだに頭中将を想い続けているからでした。

ともあれ、惟光も夕顔邸の女房に言い寄って家の様子もわかっており、いろいろと算段をして、ついに源氏を夕顔の許に通わせることに成功します。

このあたりも不思議な場面で、自分の許に通いはじめた源氏が女の素性を尋ねても、女は一切自分のことを語ることをしません。それで源氏も自分の顔を隠して、素性がわからないようにわざとみすぼらしい格好で、惟光のほか少ない従者だけを連れて、自身は馬に乗って通う有様。夕顔の方でも源氏の素性を知ろうと、文を持ってきた使者の跡をつけさせたり、暁に帰る源氏のあとを追わせたりしましたが、これも途中で見失って果たせぬ始末です。

こうしてお互いの素性はまったくわからないままに源氏は頻繁に夕顔を訪れ、二人の不思議な恋は燃え上がるのでした。
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