ぬえの能楽通信blog

能楽師ぬえが能の情報を発信するブログです。開設16周年を迎えさせて頂きました!今後ともよろしくお願い申し上げます~

子ども能…願成就院参詣(その1)

2010-10-18 12:34:17 | 能楽

昨日は伊豆の子ども創作能の子どもたちを連れて、願成就院に参詣して参りました~

願成就院はもともと北条の氏寺であったろうと思いますが、言い伝えでは娘婿の頼朝の奥州藤原攻略の戦勝祈願のために北条時政が建立した、と言われるお寺で、伊豆屈指の名刹だった往古の面影を色濃く残しています。そしてなんと言っても驚かされるのは、運慶作の仏像が5体も安置されていることで、阿弥陀如来像を中心に、その左右に毘沙門天像と不動明王像、さらに不動明王の脇侍の矜羯羅童子・制多迦童子像の5体はいずれも重要文化財に指定されています。また全国でこの1体だけ、という時政の座像や、政子の七回忌に時政の子・泰時がその姿に似せて作らせた、といわれる地蔵像も安置されています。

こういう伊豆の寺社に子どもたちを連れて行くのは、もうこれで3年目でして、舞台の成功祈願ということもありますが、せっかく土地の歴史的な事件を扱った台本を作って子どもたちにその役を勤めさせていますので、関係する史跡を見せることで、自分たちが作る舞台に現実感を持たせたいですし、なにより郷土愛みたいなものが醸成できればいいなあ、という思いもあってのことです。

こういう意味では願成就院は最高の場所でしょう。子ども創作能『伊豆の頼朝』には北条時政は登場しませんが(去年の初演時にはこの役もありましたが、今年は稽古開始の時期が遅れたので台本を大幅に書き直しまして、政子とともに時政の役も削ったのでした…)、やはり頼朝には関係の深い場所です。そうしてなにより、このお寺が、頼朝が自分の弟…しかも自分の代理として西国に派遣して平家を討伐させた功労者である義経に謀反の疑いを掛けて殺害を決意し、ついに東北まで追いつめたところで最後の決戦となった…その戦勝を祈願して建てられた寺だということが重い。つまり願成就院とは、北条時政が自分の娘婿のために、母は違えど実弟である義経を成功裡に殺すことに「願」を掛け、その「成就」を祈念した寺だ、ということです。

子ども創作能では頼朝が当地で平家に対して初めて挙兵した物語を扱っていますから、もちろん頼朝はヒーローとして描いてあります。しかし歴史というものは そんなにキレイ事ばかりではない。頼朝のその後の行動にはこんな暗部もある、という事にも目を向けて、そのうえで今の時代があることを、子どもたちには知って欲しいと思います。ちょっと小学生の低学年には重すぎるかも、ですけれどもね。

ちなみに頼朝は、義経とともに西国に派遣したもう一人の弟、蒲の冠者と呼ばれた範頼にも同じく嫌疑を掛けて、当地にほど近い修善寺で殺害しています…そういえば話はそれますが修善寺といえば、頼朝の死後 鎌倉幕府の二代将軍を継いだ頼家も、今度は北条時政によってこの修善寺で暗殺されています。…そしてその後を継いだ頼家の子・実朝は、鎌倉の鶴岡八幡宮の、先日落雷で倒れたあの大銀杏の木の下で、これまた頼家の子である公暁によって暗殺されて源氏の血は絶える、と…。南無阿弥陀仏。

さて参詣の当日は快晴に恵まれ、おなじみ黒の「狩野川薪能Tシャツ」を着た子どもたち16名がお母さん方に連れられて参集しました。このTシャツも今日が着納めですね~

早速ご住職にご挨拶をし、ぬえはお布施をお持ちしたのですが、反対にご住職から子ども能の成功を祈ってご祝儀を頂いてしまいました。これは子ども能の少ない予算に使わせて頂くこととして、主催団体にお渡し致しました。

…当日の写真がないんです。ぬえは子どもたちの引率者で、奉納謡の後見でしたから~。

…と思ったら、こんなところに記事がありましたね~。画像もたくさん載せて頂いております!

道の駅「伊豆のへそ」駅長さんブログ

コメント    この記事についてブログを書く
  • Twitterでシェアする
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« お弟子さんと伊豆旅行~(そ... | トップ | 子ども能…願成就院参詣(その... »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿