ぬえの能楽通信blog

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何某の院の物語…『夕顔』(その6)

2017-07-14 01:59:08 | 能楽

源氏は次第にこの女が頭中将が言った「常夏の女」なのかもしれない、と考えるようになり、それならばこのままお互いに素性もわからないままで逢瀬を続けると頭中将の場合と同じように夕顔が自分の前からこの女が姿を消してしまうかもしれない、と不安を感じるようになりました。一度は自分の邸宅へ迎えることも夕顔を誘いますが、夕顔ははぐらかすようにこれを断ります。

八月十五日、満月の光も隈なく照らす夜、もう暁が迫って周囲の貧しい家々から生活の物音が聞こえ始めると、源氏は騒々しさに閉口して、夕顔を「いざ、ただこのわたり近き所に心安くて明かさむ」と誘います。やはり急なことで夕顔も困りますが、源氏が自分の事を真剣に思ってくれていることを感じて、頼りに思っても良いのかと不安を感じながらも、今度は誘われるままに右近を召して源氏の車を邸内に引き入れました。

折ふし近くの家で御嶽精進(吉野の金嶺山神社に参籠する前に行う精進修行)の声が「南無当来導師」と弥勒菩薩を称えるのがしみじみと聞こえてきます。源氏はこれにたとえて

「優婆塞が行ふ道をしるべにて 来む世も深き契り違ふな」

と、来世まで契ることを夕顔に約しますが、なお夕顔は不安な気持ちを「前の世の契り知らるる身の憂さに 行く末かねて頼みがたさよ」と返歌をします。

明け方の美しい空の下、源氏は躊躇する夕顔を軽々と車に乗せ、右近もこれに同乗しました。こうして源氏と夕顔は「そのわたり近きなにがしの院におはしまし着」くことになります。能『夕顔』に「紫式部が筆の跡に。たゞ何某の院と書きて。その名をさだかに顕はさず」と言うのがこれですね。

荒れた門には忍草が生い茂り、また茂った木によって邸は薄暗い様子です。霧も深く露けき中、門の前で邸の管理人をを呼び出す間に源氏は夕顔に「いにしへもかくやは人の惑ひけむ 我がまだ知らぬしののめの道」と詠みかけますが、夕顔は恥じて

「山の端の心も知らで行く月は うはの空にて影や絶えなむ」

と、なお源氏の真意をはかりかねる様子です。ほのぼのとあたりが見えはじめる頃に御座所が整えられ、源氏と夕顔は邸に入ります。

。。日が高くなった頃 源氏は起きあがると格子を上げて庭の様子を見ました。ひどく荒れて人影もなく、木立は気味悪く鬱そうと茂っています。まるで秋の野らと変わるところがなく、池も水草が覆ってしまって恐ろしげな有様です。

夕顔も怯えた様子ではありますが源氏を頼った風で、これを見て源氏は夕顔に名を問います。しかしそこは夕顔も心を許さず「海人の子なれば」と言葉を濁してしまいます。源氏も自分を「われから(藻に住む虫)」に擬して、二人はあるいは恨み、あるいは語らい、一日をそこで過ごします。

夕方。。たとえようもなく美しい空を眺めながら、二人はずっと添い伏しています。夕映えが照らす顔をお互いに見つめて、幸福を感じる二人。しかし。。

宵が過ぎて二人が少し眠りかかった頃、ふと枕元に美しい女が座っているのを源氏は見咎めます。

「私がこれほどお慕いしていますのに、こんなどうともない女を寵愛なさるとは悔しくつらい」と女は言うと夕顔を引き起こそうとします。源氏はすぐに起きると灯も消えています。源氏は太刀を抜くと魔除けのために枕元に置き、それから右近を起こしました。

右近も怖がっていて、渡殿にいる宿直人を起こして紙燭を持って来させるよう源氏が言いつけても役には立ちそうもなく、右近に夕顔のことを託すと源氏は自ら西の妻戸に出て渡殿を見ると、そこも灯が消えています。

風が少し吹き、仕える者はみな眠っている様子。源氏が呼ぶと管理人の息子の若い男が起き出してきたので、紙燭を点して来ること、また随身にも弓を打ち鳴らして絶えず音を立てるよう言いつけました。夕方に源氏の行方を尋ね当ててこの邸に来ていた惟光も、お言いつけがないので暁にお迎えに参ります、と言って帰宅したようです。

人々も起き出してきて、源氏は寝室に戻ります。夕顔ばかりか右近までもが恐ろしさに伏せっている有様。暗がりの中で源氏が夕顔を探ってみると、息をしていません。管理人の息子が紙燭を持ってきたので近くに取って見ると、枕元に先ほどの女が幻のように現れて、ふっと消え失せます。

右近が泣き惑うなか、身の危険も省みず源氏は夕顔を起こしますが、夕顔の身体は「ただ冷えに冷え入りて、息は疾く絶え果て」ています。源氏は夕顔をかき抱いて「あが君、生き出でたまへ。いといみじき目な見せたまひそ」と嘆きますが、先ほどの男に命じて惟光やその兄の阿闍梨を呼ぶよう命じます。

いつの間にか夜中も過ぎたようで、風が荒々しく吹き、松風の響きも木深く聞こえて、異様なしわがれ声の鳥の声は これが梟というものかと思われます(このあたりの描写は能『夕顔』にも反映されていますね)。右近は源氏にひしとしがみついたままで、こうしてようやく夜が明けてきたところに惟光が到着すると、源氏もようやく安堵して泣き出します。

惟光の兄の阿闍梨は前日に比叡山に帰ってしまっていて読経は果たせず、惟光は醜聞から逃れさせるため源氏を二条邸に帰すことにします。夕顔の亡骸は上等な敷物に包んで車に乗せて、右近も同じ車に付き添いますが、このとき源氏は遺骸をくるんだ敷物の端から夕顔の髪がこぼれ落ちるのを見て目がくらみ惑って、最後まで付き添いたいと思いますが、惟光が馬を参らせて二条邸に帰りました。

二条邸の女房たちは帰宅してそのまま伏せってしまった源氏を不思議がり、一方内裏からは前の日に姿が見えなかったのを心配した帝の使いが源氏を訪れ、左大臣家からも公達の御子たちが次々に見舞いに訪れる騒ぎ。これらには「ふとしたところで穢れに遭ったので」と言い訳をして、日暮れになってようやく惟光が参上しました。
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