曖昧批評

調べないで書く適当な感想など

「真田丸」第37回「信之」の感想

2016-09-19 16:46:19 | テレビ・映画


「超高速!関が原」の後、真田昌幸・信繁親子は上田城を徳川方に明け渡す。兵や武器を渡すのはともかく、二人が蟄居なのが意外だった。危険なやつらだから、すぐ殺せという話なのかと思っていたので。家康も甘い。ていうか、そんなだから対真田戦全敗なんだろ。

それでもいずれは死罪だと思われるわけで、信幸が助命嘆願。舅・本多平八郎忠勝も信幸の親を思う気持ちに感動して、助けてくれなければこれから上田城に篭って家康と一戦交えると言い出した。それも見たかったような気がするが、家中随一の猛将にそこまで言われて家康も折れた。

命は助けるが、死ぬより辛い目にあわせてやる。高野山の麓の小さな村から一生出られず、好きな戦もできないのだ。

内田聖陽は一世一代の名演技だった。歴代大河で最も黒い家康だった。が、我々は歴史を知っている。九度山では女性がいないわけじゃなかったし、釣りをしたり読書したり、金が必要になれば長男に無心したりで、昌幸はそれなりに楽しくやっていたらしい。そして、命が助かったおかげで信繁は家康を自害寸前まで追い込んで歴史に名を残す。

そういう意味でも、家康は結構甘ちゃんだなあと思う。肝心なところでは常に詰めが甘い。信長なら多分即殺していた。

上田城を追われた一行は大坂に移動。人質になっていた薫さん、いろんな意味で久々に登場。世話していたのは長沢きりだった。九度山にも来てくれと信繁に言われ、ついに側室かと思いきや、薫さんが上田に戻ることになったとたん、「上田に帰っていいぞ」と早口で言われてしまった。

でも彼女は、後のシーンで説明なしに九度山についてきていた。そのまま側室か。

朝起きたら皆いなくなっていて薫さん絶望。したと思ったら、長男信幸がいてくれた。本当の息子もこのくらい出来がよかったら、と薫さんの中の人は思ったのではないか。嫌、撮影時期は事件より前か。

大谷刑部と石田三成の最期は、取って付けたようなワンシーンのみ。刑部はここに来てようやく神輿に乗った。そこから采配を振るう姿を見たかったのだが。三成は落武者風味。腹具合が悪いから柿/生水は飲まないエピソードはなし。

父からもらった「幸」の字を捨てろと言われた信幸は、信之と改名。読みは変えないのがせめてもの意地だそうな。それはいいが、半紙に書いた「真田伊豆守 信之」の字が下手だった。大泉洋の直筆か?

次回予告で昌幸の髪が真っ白だった。おそらく死ぬのだろう。
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