NSL Network for Saving Lives

マスメディアと研究者による地震災害軽減に関する懇話会

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NSL冬合宿2016

2016-12-19 22:12:35 | 最近のNSLの話題から
NSL2016合宿、今回は、明応地震、安政東海地震、南海トラフ巨大地震への対策&課題をテーマに豊橋~渥美半島~浜松を訪れました。この地域を回りながら、地震や津波に関する基礎知識、過去の被害、対策の現状と課題などについて学びます。以下、確定スケジュールです。

日 程 2016年12月18日(日)~19日(月)1泊2日 ※1日だけの参加も可
<1日目> ※18日(日)は、不発弾処理で8:30〜新幹線と在来線が1時間程度運休します。
① 8:15 豊橋駅南口集合
②穂の国とよはし芸術劇場(帰宅困難者対策) 
③豊橋市役所13F展望台(被害想定の説明) 
④三郷地区津波防災センター 
⑤蔵王山展望台 (遠州灘、三河湾を一望 全体を把握) 
⑥昼食 赤羽根漁港 
⑦赤羽根ロコステーション
⑧田原市赤羽根福祉センター(被害想定の説明)
⑨ 田原市防災キャンプの紹介  
⑩堀切地区 津波避難ライン、津波マウンドの見学 
⑪堀切市民館(市民による対策の説明)
⑫住民の話 
⑬18:00 伊良湖ビューホテル着〜夕食・宿泊  ※1日目だけの参加者はバスで豊橋駅へ

<2日目>※2日目だけ参加の方は9:00までに田原工場の事務館に自力で来てください。
⑭8:00 朝食後ホテル発 
⑮トヨタ自動車田原工場 
 ・防災への取組の説明
 ・車体部見学(安全靴着用)
 ・防災倉庫等確認・質疑応答 
⑯車内で昼食 
⑰今切見学 (明応地震で切れ、浜名湖が汽水湖になった) 
⑰浜松市沿岸防潮堤整備事業の見学
 ・防潮堤資料室でのレク〜質疑応答 
 ・工事現場&完成した防潮堤を見学 
⑱中田島砂丘公園の裏にある「津波避難マウンド」の見学 
⑲17:00メド 豊橋駅着

費 用 2万5000円(税込 相部屋宿泊費、バス代、1日目&2日目の昼食代)
    ※1日目、2日目だけの参加者 8000円(税込 バス代、昼食代)
企 画 NSL  催 行 豊鉄観光サービス



















































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名古屋大学に減災館が完成

2014-05-15 22:25:58 | 最近のNSLの話題から
名古屋大学に「減災館」が完成

2014年3月12日、名古屋大学に減災館が完成し、記念式典が行われました。
最先端の減災研究で、地域と住民をつなぎ、いざ、その時に備えるのが目的です。







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2013年度合宿

2013-11-18 22:04:16 | 最近のNSLの話題から


2013年11月17日~18日に合宿を行いました。今回は伊豆半島~富士山の裾野を回りました。
1日目は、伊豆半島東海岸に残る関東地震による地盤災害、津波災害の痕跡と下田に残る歴史地震の津波痕跡を、
名古屋大学、武村雅之先生、都築充雄先生のご案内でまわりました。
2日目は、御殿場、三島付近に残る富士山噴火災害の痕跡を、
伊豆半島ジオパーク推進協議会の専任研究員、鈴木雄介先生のご案内でめぐりました。
2日目ともお天気に恵まれ、また講師(ガイド役)の武村先生、都築先生、鈴木先生の
超充実の解説で、実り多い合宿となりました。3人の先生方、ありがとうございました。

  

17日(日) 
06:00 名古屋大学豊田講堂前をバスで出発

10:00 JR東海道線根府川駅で列車参加組と合流、打ち合わせ後、駅構内の大震災の碑を見学







岩泉寺の碑文を見学。






釈迦堂のチェック(関東地震による大規模地盤災害の地形変化現場)。







12:00 昼食 網代にて海鮮定食

13:20 宇佐美 行蓮寺(関東地震による津波の痕跡と石碑)※あいにく、お葬式を営んでいたので外観のみ遠くから見学。

14:20 伊東 仏現寺(元禄地震の記録、関東地震の被害との比較)










15:30 川奈 海蔵寺(関東地震津波の到達地点の記録)




16:30 伊豆高原 清月院(関東地震 津波被害者を手厚く葬った墓地)




18:00 宿泊施設 休暇村南伊豆着

20:00 勉強会⇒持ち寄りのつまみで懇親会(初日の振り返り、翌日の予習)


18日(月)
08:00 宿泊施設発

08:30 下田 玉泉寺(安政地震の際の津波で航行不能になったディアナ号の場所)
 

11:00 下土狩 鮎壺の滝 見学(三島溶岩が到達した先端、溶岩樹型)


12:30 御殿場にて昼食


13:45 御殿場 駒門風穴 見学(溶岩による風穴)








16:00 三島 柿田川湧水地 見学(富士山の伏流水)









17:00 三島の街中 溶岩痕跡見学


17:30 三島駅にて、列車参加組解散

21:00 名古屋大学豊田講堂前到着 解散 おつかれさまでした

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9月例会 サイエンスカフェ・3連動を考える

2010-09-24 09:44:36 | 最近のNSLの話題から
9月例会に75人もの方が参加しました。ありがとうございました。中部電力さんの素晴らしい会場を押さえたので、
参加者が少なかったらわびしいなぁ、と思っていました。とりあえず、写真を掲載します。メンバーから感想など
報告が届き次第、UPします。まずは写真で、例会の雰囲気をご覧下さい。

日 時  9月16日(木)18:30~20:30
場 所  東桜会館(中電さんの施設です 場所は中電本店の近くです)
      http://www.chudenfudosan.co.jp/bunka/higashisakura/index.html
形 式  軽食をとりながらお話を伺うサイエンスカフェ風
テーマ  東海、東南海、南海地震3連動についての最新情報
      ※この日、13:00から中電ホールで行われる
       「東海・東南海・南海地震の連動性評価研究」中間報告会
        ~次の地震はどうなるのか、最新の研究と防災への活用~
       の講師の方をお招きして、ざっくばらんなお話しをうかがいました。
講 師 (順不同 予定)
     JAMSTEC・金田義行さん
     京都大学・平原和朗さん
     東京大学・古村孝志さん
     内閣府・越智繁雄さん
     名古屋大学・福和伸夫先生・鈴木康弘先生・山岡耕春先生・鷺谷威先生
会 費 1人3000円

これだけ充実した講師のみなさんから一度にお話を伺えるのはめったに無い機会です。
東海、東南海、南海地震の3連動に関する最新情報はもちろん
13:00からの中間報告会で聞けなかったこと、(基本的過ぎて質問できなかったことも)、
オフレコのNSLの場だから話してもらえる事など、今後の活動に役立つ情報が満載でした。

 

 

 

 

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7月例会 東海豪雨から10年

2010-09-22 09:00:57 | 最近のNSLの話題から
7月例会は、2000年東海豪雨から10年を取り上げました。名古屋市の三分の一が水につかった2000年9月11日の東海豪雨。庄内川の支流、新川の堤防が切れる外水氾濫、降った大量の雨水を下水道が処理しきれずマンホールから水が溢れ出す内水氾濫。2000年東海豪雨は危険性が指摘されていた新たな都市型災害が、現実のものとなったものでした。
あれから10年、川から住民を守る堤防は?雨水を流す下水は?豪雨を予測する気象技術は?住民に危機を知らせる報道機関は?災害後に住民のケアに入る災害ボランティアは?、そして名古屋市の防災対策は?について、議論を行いました。そもそもパネラーの方々は、10年前のあの日どう過ごしどう行動したのか?この10年でできたこと、できなかったことは?などを紹介し、話し合いを行いました。やや盛り込みすぎたかなぁというのが事務局としての感想です。ただ一つ言えるのは、それぞれの機関や団体の最前線のスタッフが、現場で見て感じた「危機感」を、組織の壁を越えて共有できるようになれば、災害を減らすことができるのでは、と言う事について確信を持てました。また速報として今年7月15日、岐阜県の可児市と八百津町を襲い、4人が死亡2人が行方不明になった豪雨災害についても、岐阜地方気象台、岐阜県(書面参加)に、当時の状況や被害状況について報告していただきました。

NSLは勉強、情報共有の場であるとともに、懇親の場(宴会ではない)でもあります。NSLの活動を通して、お互いに「顔の見える関係」を作り、いざ!という時に、「これはヤバいぞ!」という危機意識を共有できるようになればと思います。7月例会は、NSL例会としては珍しい土曜日午後の開催でしたが、沢山の方が参加してくださました。休みの日にわざわざ会場まで足を運び、熱い議論をかわしていただき、ありがとうございました。

(メディア側事務局 五十嵐信裕)


日 時:7月24日(土)13:00~18:00
場 所:名古屋テレビ7階会議室
テーマ:東海豪雨10年 当時を振り返り、その後の対策を学び考える
講 師:名古屋地方気象台
    名古屋市防災室(当時の方、現在の方) 
    中部地方整備局
    中部日本放送
    レスキューストックヤード 
    環境防災総合政策研究機構
    岐阜県
    岐阜地方気象台
               ※順不同 

*東海豪雨とはどんな災害だったのか?関係者がそれぞれ15分くらい当時の対応を話しました。そして講師などがパネラーになり、その後講じた対策、できている事、まだできていない事などについて
 パネルディスカッション&質疑応答を行いました。


 

 

 





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6月例会に参加して・・・・「非常時の取材は想像力を働かせて動け」

2010-07-04 15:50:41 | 最近のNSLの話題から
<非常時の取材は想像力を働かせて動け!>

6月の例会は、阪神・淡路大震災から15年の5回目でした。NHKのアナウンサーを講師にお招きしたことから、弊社アナウンス部とNHK名古屋放送局からアナウンサーが多数参加し、NSLとしてはいつになくアナウンサー密度の濃い例会となりました。

 1995年1月17日、住田さんは当時東京アナウンス室に勤務されていましたが、たまたま帰省していた神戸の実家で阪神・淡路大震災を経験されました。総合テレビで神戸からの第一報(18分後)を電話で伝えたのも住田アナウンサーです。それから現場で取材を続け、現在に至るまで震災に関する企画なども制作されています。また、近年では震災の記憶を若い世代に伝える活動も続けているそうです。

「事件は会議室で起きているんじゃない!」ある警察ドラマの名台詞です。阪神・淡路大震災であれば「地震は東京で起きているんじゃない!」となるのでしょうか。当時、東京のスタジオと神戸の現場の温度差は相当あったのだろうと、住田さんのお話から推測できました。現場の取材陣の意図や気持ちと違った内容の放送を求められたこともあったようです。また、発生当日にスタジオで行われていた「地震のしくみなどの解説」にも違和感があったそうです(もっと現場の事を伝えたい!被災地の人が求めている情報はほかにあるのに?と)。これは民放も同じでMBSの太田さんが同様の話しをされました。

 住田アナウンサーが語った中に、伝え手として私たちアナウンサー自身に落としこめる事がたくさんありました。そのキーワードは「想像力」です。
① 発災直後、サイレンが全く鳴り響いていないのは被害が小さいからでは無く、全く逆で被害が甚大で救助の手が行き渡っていない可能性がある。(救急車も消防車も出動すらできない。現場へ行けない。)
② 倒壊家屋の前で何かを叫んでいる人がいれば、それは「生き埋めになっている人がまだそこにいる」ということ。(助けを求めているということ。救助の手が必要であることを伝えなければいけない。)
③ 車のクラクションがとめどなくなり続けているとしたら、それは単なる交通渋滞ではなく故障した車が散乱しているのだということ。(渋滞でイライラしたドライバーがクラクションを鳴らしているのではない。多数の車が被害にあっている。)

これらは、ごく一例です。全て時間が経ってから「あれはこういうことだったのか」とわかるのです。予想をはるかに上回る大災害、その場面に遭遇した瞬間、私たちはきっと「いつもの判断基準」や「いつもの考え方」で物事を理解して、目の前にある状況を伝えます。もちろん自分もその状況の中に身を置いているのですから必死になって見たことを伝えます。しかし、現実は、私たちの理解をはるかに上回っている可能性があるのです。今回のNSLでは、今まで経験したことも見たこともない事態の中に身を置いた時、そこからどう想像力を働かせ取材すべきかを学びました。「もっと、想像を上回ることが起きているのでは?」と考えて取材をするのと、「通常の判断基準」に基づいて取材をするのでは、得られる情報も伝える内容もまったく違ってきます。

 私は阪神・淡路大震災のような大規模災害は経験していません。そんな私たちは、経験された方々が語る事を、自分の中に確実に蓄積していくことで「心の準備」「想像力の訓練」「行動の準備」を進めていかなければいけないと感じました。
最後に…住田さんの著著「阪神大震災ノート 語り継ぎたい。命の尊さ 生かそうあの日の訓練を」は、アナウンサーにとって震災報道の大切なバイブルとなりました。

メ~テレアナウンサー 加藤歩


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<住田アナに学ぶ「危機意識」>

震災報道の最前線で活躍された住田アナの言葉は、強い臨場感に溢れていました。まず、地震に遭遇したとき揺れている秒数をカウントすること、見たことがない震災直後の惨状が広がる神戸の街を前に、「現場」と報道を司る「東京」との温度差・・・現場での報道に関わる災害ジャーナリストとして、自らの「情熱」と「冷静さ」のバランスを保つことが、どれだけ難しく、大切であるかということを教えていただきました。
1995年1月17日。この年に生まれた子が今年、当時の私と同じ中学3年生になるということで、個人的にも15年という月日の長さを感じています。近年、実際の教育現場で震災の記憶を伝える活動をしている住田アナも「彼ら(学生たち)にとって阪神・淡路大震災は、すでに歴史上の出来事の1つとなっている」と、その実感を話されていました。しかし、これからも変わることがないのは、災害時に1人の犠牲者も出さないため情報を発信するという、私たちメディアの責任です。その中で、来るべき東海地震にむけて、未だ見ぬ「強敵」の恐怖をどのように伝えればいいのか・・・今回の講演が、自らの災害報道に対する危機意識を高めるための大きな契機となったことに、とても感謝しています

メーテレ・アナウンサー 倉橋友和


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5月例会 阪神・淡路大震災から15年 第4回を聞いて

2010-06-01 10:20:39 | 最近のNSLの話題から
NSL5月例会 阪神・淡路大震災から15年 第4回
           「民間放送局はどう伝えてきたか」

 【講師】 太田 尚志氏(毎日放送 放送局ニュースセンターデスク)
      宮田 秀和氏(サンテレビ クロスメディア推進部長)

 「阪神・淡路大震災から15年」の第4回は、当時、現場記者や報道デスクとして震災に関わられたお二人を講師に招きしました。同じく放送に携わる人間として今回の講演は、東海・東南海地震の際に役立つ手本が大変多く示された他、阪神・淡路大震災をテーマにしたドキュメンタリー番組(サンテレビ制作)の一部も上映され、その映像を零れ落ちそうな涙をぐっとこらえつつ見ました。有意義かつ貴重な時間でした。

<太田 尚志さん(毎日放送 放送局ニュースセンターデスク)>



 「ゴジラに蹴りあげられたような衝撃」。太田さんが表現された震度7の揺れのたとえです。それって、人間が簡単に吹っ飛ぶってことだよな…と、自分自身が怪物に思いっきり蹴られるシーンを想像し身震いしました。さすがは関西人、笑いの要素を織り交ぜながらのお話しでしたが、笑えない事が多かったような気がします。
 1995年1月17日午前5時46分地震発生。発災直後の午前6時半から特番が始まり、なんと19日午前10時まで51時間30分の連続放送を敢行したとのこと。驚きの連続の中、そして超長時間の放送です。地元・関西向けの放送に加え、東京が中心に制作されている全国ネット番組に出稿するための調整、そこに求められる内容の違い、関西と東京のスタッフの温度差(感覚の違い)、その調整の難しさなど、いつも大災害の時に各地で起きる課題も改めて提示されました。
 伝え手として最も参考になったのは、膨大な情報の種類とそれらの取り扱いです。発災から復興までを連日報道を続ける中で、どんな類の情報がどの段階で入ってきて、それらをどのように取捨選択し、何が真に視聴者の皆さんの有益な情報となりうるのか、を発災からの時間経過に沿ってお話いただき、来る地震災害などの際、必ず役立つと感じました。


<宮田 秀和さん(サンテレビ クロスメディア推進部長)>



 「遺族にとって何が一番つらいか…それは震災が忘れ去られることです」。10年間震災報道に携わってこられた宮田さんの大変重みのある言葉です。3年、5年、10年という節目ごとに震災のドキュメンタリー番組や特番を放送し続けてきたそうで、その作品の一部分を見せていただきました。共通しているのは「人の死」と真正面から向き合うという姿勢です。特番を作られた時に行った35人分の遺族へのインタビューは、取材協力を求めるだけでも大変だっただろうと想像でき、その苦労や報道マンとしての使命感、震災を風化させたくない熱い思いが感じられる内容でした。遺族にとってはいつまでたっても「過去」になりえない苦しみの横顔が描かれ、涙なくしては直視できませんでした。
 あれから15年。宮田さんが勤めるサンテレビさんには、震災経験者が3分の1程度になってしまったそうです。若い世代に、経験をどう伝え引き継いでいってもらえるか…。風化させないよう、如何にメディアの人間が発信していくべきか…。大きな課題を与えられた例会だったと痛感します。

文責 メ~テレアナウンサー 加藤歩





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4月例会 阪神・淡路大震災から15年 ”外様”新聞社の阪神・淡路大震災取材

2010-05-19 08:45:46 | 最近のNSLの話題から
 2010年第4回の例会は、「阪神・淡路大震災から15年当時を振り返り今後を考える」シリーズの3回目として、神戸在住以外の方々の視点でお話をお伺いすべく、中日新聞編集委員・小野木昌弘さんをお招きして、「”外様”新聞社の阪神・淡路大震災取材」というタイトルでご講演頂きました。NSL企画グループの関口(フリージャーナリスト&NPOレスキューストックヤード、元中日新聞記者)との対談形式でお話をお伺い致しました。



 小野木さんご自身が当時現地で取材なさっていた経験および、当時ご一緒に取材活動をなさっていた方々からの聞き取り取材等を基に、地震発生時から数日間の詳細な取材活動や、その後の数ヶ月にわたる記事の変遷等についてお話をお伺いしました。
 特に、被災地の外部から取材に入るまでの経緯やその後の被災地での移動等、実際にとられた行動をお伺いすることで災害時に考慮すべき点を何点も知ることができました。
 また、地元紙や全国紙ではない、被災地には情報を配信しない新聞社がどのような情報を配信したかという点にも触れていただき、報道各社の立場による役割の違いという点を考えていく上でも貴重な情報を提供して頂きました。



 ご講演を拝聴して、我々が今後発生しうる地震災害に備えて考えておくべき問題点がいくつか再認識できました。例えば、

・災害時には携帯電話やパソコン等、普段使用しているものが使えなくなる可能性が極めて高い
・記事内容を決定するデスクと、現地で実際に取材する記者との間で、扱いたい記事内容に差が生じることがある

などです。前者に関しては、早急に代替となる取材体制を構築しておくべきと思われます。後者に関しては「そもそも地震による災害報道に関して、いつ、何を伝えたいか&伝えるべきか」という本質的な問題が存在しているように感じられたため、少々時間をかけてでも解決していくべきであると感じました。
 NSLでは、今後の例会等の企画や議論を通じて、これらの問題点に対する一定の解を提示できるよう、引き続き活動していきたいと思います。

[文責]名古屋大学大学院環境学研究科 光井能麻(2010.4.29)

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3月例会 気象警報・注意報の市町村単位での発表について

2010-04-20 09:15:43 | 最近のNSLの話題から
 2010年3月のNSLは、「気象警報・注意報の市町村ごとの発表について」と題して、気象警報や注意報の発表地域区分が、5月27日(予定)から市町村単位に変更されることについて、3名の講演者からお話を伺いました。

 はじめに、今回の変更に至るまでの経緯について、名古屋地方気象台長の牧原康隆さんによる説明がありました。平成16年(2004年)、全国で記録的な風水害が発生しました。当時は気象警報が、広い範囲で長時間発表されるなどして、ある意味で警報に慣れてしまい、適切に人が動かなくなってしまう危険性もありました。このような中、観測網の拡充など技術的な進歩・充実を背景に、空間的に局所的に、時間的にもより細かい情報の発信が求められる気運が高まりました。これが、今回の発表地域区分の細分化につながる契機となったそうです。変更後の気象警報・注意報は、これまでのその地域における気象災害の履歴や地盤高などの地理的特徴も考慮して閾値が設定されるとのことです。より詳細な情報が発信され今後の災害対応が改善されるであろうことがよくわかりました。ただし、情報が詳細になると、正確に伝達することが多少難しくなることも予想され、そのことへの対応を今後議論する余地があることを、次の講演が教えてくれました。



 次の講演は、名古屋テレビ放送の災害報道担当の五十嵐信裕デスクが、放送メディアの視点からの問題点を指摘しました。市町村単位で警報や注意報が発表されると、特に放送メディアはそのことを正確かつ分かりやすく地域住民に伝えることが極めて困難であるということでした。台風の時など複数の警報が多くの市町村に対して発表されると、速報スーパーはもとより地図形式での表現も限界があり、視聴者にとって非常に分かりづらいものとなってしまうことが危惧されているとのことです。そうなると、自分が住んでいる市に警報が発表されても、従来のように受動的に知るのは困難で、住民は自分から情報にアクセスする必要が生じる可能性が高いように感じました。防災関係者はともかく、一般市民にどう伝えるか、まだ未解決の問題があると感じました。



 最後に、三重県防災危機管理部の奥野真行さんにより、変更後の警報・注意報の性質と市民の危機意識について、行政の立場から問題点が指摘されました。発表される警報・注意報が空間的・時間的に詳細なものになることは、同時に「もし、警報が発表されたら、従来以上に本当に危険な状況である」ということを意味しています。そのことが、情報の受け手である市民に十分理解されていないのではないか、という問題提起をされました。




 講演後の議論では、暴風警報の発表および解除時刻を授業や試験の実施の判断基準としている大学等においても、規定の見直しを含めた混乱が生じることは必至であることが指摘されました。また、情報を伝える側が如何に伝えるか、その方法について議論が活発にされましたが、一方で、情報を受ける側の立場の議論が若干希薄になってしまったと感じられました。情報を受けるのは市民ですので、今回の変更が市民生活にどのような影響を及ぼすのか、問題はないのか、あるとすればそれはどのように回避すべきかといった視点から、より深い議論をすることが重要と思いました。

[文責]
名古屋大学災害対策室 石黒聡士(2010.4.1)

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2010年 新人ジャーナリストのための1日勉強会

2010-04-13 12:29:29 | 最近のNSLの話題から

 2010年3月20日(土)、毎年恒例のNSLの新人記者・アナウンサーのための「一日勉強会」が実施されました。
 この勉強会は、NSLの例会が「来るのは常連ばっかり」「マニアックな質問の応酬」といったことにならないよう、常に新しいメンバーに加わってもらおうと、5年前から毎年1回行われています。
 「新人」といっても本当に新入社員である必要はなく、異動や担当替えその他、思い立って「ちょっと地震防災の報道に携わってみようか」という方は、年齢を問わず(笑)受講生になることができます。
 さて今年も19社から、総勢46人が参加、会場のメ~テレ(名古屋テレビ)7階会議室は、ほぼ満席になりました。
 午前9時から始まったプログラムは以下のとおりです。

 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

■あいさつ & 事務連絡
■勉強会を始める前に  ~阪神・淡路大震災とは~(VTR上映)
■【1時間目】災害現場での取材と、災害前の取材
       ~阪神・淡路大震災の本当の教訓をメディアは伝えているか~
内容:元NHK防災記者の隈本邦彦・江戸川大教授による講義。阪神・淡路大震災
   の本当の教訓は「建物の耐震性の重要さ」だった。にもかかわらず、メディ
   アは救助にまつわる人間ドラマや復興の大変さに目が奪われがちになってし
   まった。本当の教訓をもっと日頃の報道から伝えていかないと、同じような
   災害が起きてしまうことを防げない。伝え手としてもっと耐震性について知
   ろう。

■【2時間目】地震のイロハ
       ~地震と揺れと予測 南海トラフ沿いの巨大地震の基礎知識~
内容:地球物理の立場から山岡耕春・名大教授の講義。震度とマグニチュードの違
   いや、マグニチュードや震源域という言葉の持つ意味、強震動予測の方法な
   どについての基礎知識を学んだ。日本のどこでどのくらいの地震が起きるか
   という予測はかなり進んできたが、直前予知についてはまだ未知数。緊急地
   震速報はいまのところ原理的にM6.5以上の規模の地震は区別がつかないな
   ど万能ではないことも知るべき。

■昼食@メ~テレカフェテリア

■【3時間目】地震に強い社会とは?
内容:耐震研究の立場から福和伸夫・名大教授による講義。現代社会は昔に比べ
   災害に強くなっているかというとそうではない。むしろ脆弱になっている。
   寺田寅彦はすでに75年前に「文明が進めば進むほど天然の暴威による災
   害がその激烈の度を増す」と喝破していた。神戸の震災も、四川の地震も
   それぞれの国の人口経済規模に対して小さい災害だったが、次にくる東南
   海・南海地震は、ちょうどハイチの地震のように国の人口経済に壊滅的被
   害を与えるおそれがある。対策を急がなければ、地震に対して危険な場所
   に人口と経済的拠点をあつめてしまった日本は大変なことになる。次の世
   代に迷惑をかけないために,私たちの世代ががんばらなければ。

■【4時間目】足下に潜む“危機”活断層
       ~活断層はどこにある?どう調べる?~
内容:地理学の立場から、活断層の専門家、鈴木康弘・名大教授による講義。そ
   もそも活断層とは何なのか、海溝型地震と内陸活断層地震の違い、などに
   ついて学んだ後、実際に立体航空写真を見ながら、活断層を探した。地震
   発生周期と発生確率の予測については、報道側の理解も不足しているのが
   現状。発生間隔の長い地震については30年以内の発生確率も頭打ちにな
   って小さな数字になってしまうことに注意が必要である。日本の活断層防
   災の現状は「活断層直上のずれ」に対する対応が始まったばかり。活断
   層を過小評価して対策を先送りする例もみられるなど、問題点は多い。

■【5時間目】地震に強い建物とは
内容:福和教授と同じく耐震研究の立場から護 雅史・名大准教授による講義。
   阪神・淡路大震災による被災者の死因は8割以上が家屋の倒壊と家具の
   転倒によるものだった。鉄筋コンクリート建物も例外ではなかった。地震
   は建物の弱点をねらってくる。壁や筋交いのあるなし、バランスの良し悪し
   などが、耐震性を左右する。地震波の周期も大切である。超高層建物は
   長周期地震動によって被害を受けやすいし、もし被害を受けたときに
   どこが壊れたのかを知る方法がむずかしい。今後の重要な課題である。

【6時間目】津波のメカニズムと被害
       ~高潮・高波とは何が違う?~
内容:津波防災の立場から川崎浩司・名大准教授による講義。津波とは、港
   を襲う波という意味があり、周期が非常に長く破壊力が大きいという
   特徴がある。波であるため岬の先端に集まりやすいとか、V字型の湾の
   奥では高くなるなどの性質があり、伝播速度は水深が深ければ早く、浅
   ければ遅い。津波の高さを示す言葉には、津波の高さ、遡上高さ、浸水
   深、痕跡高などたくさんの種類がある。気象庁が出す津波警報の「津波
   の高さ」という意味は、その時の天文潮位からどれだけ上に海面が上昇
   するかという意味。ふつうの風による波の高さや遡上高さとは別。高さ
   2mの津波は建物を破壊し、引き波でもっていってしまう威力がある。
   人は30センチから50センチの津波でも足下をすくわれて歩けない。
   ハードだけでなくソフト面での対策も必要である。

■懇親会@メ~テレカフェテリア

 * * * * * * * * * * * * * * * * * * * *

 全講義終了後、先生方への質問も活発に行われて、終わったのはもう夕方5時半すぎでした。
 メ~テレ7階のカフェテリアの皆さんが心を込めてつくってくれた夕食を食べながら懇親会。この場でもさらに質問が続いていました。
 参加した新人の一人は「とても勉強になりましたが、詰め込みすぎで頭があふれそう。これから資料を読み直して復習します(笑)」と話していました。ぜひこれからも、この勉強会を受講した若い人たちがNSLをもり立てていってほしいと思います。

[
文責 隈本]

   
 

    

■おまけ■
 この日の昼ご飯時には、隈本が持参した「活断層生成実験装置」の実演が行われました。
 この装置は、羊羹(舟和の芋ようかん)を両側から角材でぎゅっと押すと、ちょうど力の加わった方向から45度の角度で逆断層ができる、というものです。

 最初は力がいるのですが、一度断層のすべり面ができるとわずかな力で変位が起き、活断層が地震をくりかえし起こすメカニズムも理解できます。小学生にやってもらうと好評なので、この日皆さんにも披露しました。必ず45度に断層が走るのが面白いんですよね。

 実験終了後みんなでおいしく羊羹が食べられるというのもこの実験の魅力です。(笑)

 
芋ようかんで断層実験




 
芋ようかんで断層実験 アップ





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2月例会 阪神・淡路大震災から15年 メディアの役目を考える

2010-03-01 18:34:50 | 最近のNSLの話題から
 2010年第2回の例会は、第1回に引き続き、「阪神・淡路大震災から15年 当時を振り返り今後を考える」をテーマに開催されました。前回が、行政の視点からのご講演でしたが、今回は、メディアの視点から、神戸新聞社の磯辺康子さんをお招きして、「阪神・淡路大震災から15年 メディアの役目を考える」というタイトルでお話を伺いました。


 まずは、サンテレビジョンが作成した震災直後の神戸、阪神・淡路地域の様子を撮影した約20分間の映像から始まりました。各シーン、シーンで映像を止めながら、生で現場を見てこられた経験をお話いただきました。気分が高揚している地震発生当時、人一人を助け出すことの大変さ、夜は何もできない病院等。この映像を拝見するのは2度になりますが、心にこみ上げてくる気持ちを抑えられませんでした。

 震災当日、地方新聞社の一新聞記者である磯辺さんはどのように行動し、どのように取材をされたか。震災発生の瞬間から、時間を追って周囲の状況を含めながら、お話いただきました。磯辺さんの一言一句にはすごく重みがありました。それは、大変な状況の中、被災現場を走り回られたから方であるからこそだと思います。紙面が制限されたため、多くの被災者の方々の声など、掲載されなかった記事もたくさんあったそうです。限られた紙面の中で、どれも貴重に違いない情報の中から、如何に取捨選択していくのか。当時のデスクの状況を聞きたくなりました。

 ご講演の後には、1時間にも及ぶとても充実した質疑応答がなされました。被災者が必要とする情報の時間変化、役所の対応に対する感想、記者の人数、支所や他社との協力体制など、さまざまな質問が出されました。競争原理の中で、TV局と新聞社が、非常時でさえ協力体制をとることが難しいそうです。日本にいる記者の数はそんなに多くありません。この状況で、神戸に未曾有の被害をもたらした兵庫県南部地震を遥かに上回る、かつ広域な被害を及ぼす東海・東南海地震がやってきたら、本当に必要な情報を適時出していけるのかだろうかと疑問を感じました。メイン局は被災地外への情報提供、被災地のローカル局は、被災者に対する情報提供と役割分担があるのでは、といった話もありました。メイン局との対比の中で、本来はとても重要な息の長い継続的な取材ができるのは地方に根ざすメディアの仕事ではないかというコメントが心に残りました。


 これから私たちを襲う東海・東南海東海は、一生に一度遭遇するかどうか分からず、かつ、その結果を正確に予想することは不可能です。だからこそ、過去の経験から学び、少しでも被害を軽減するとともに、発災後は被災者のための情報を適切に提供していけるかが重要だと考えます。

 「震災時における想像力が足りなかった。今振り返ってみても、まだまだ見落としていた場所がたくさんあったと思います。」磯辺さんのこのお言葉で例会は終了しました。

[文責]
名古屋大学環境学研究科 護 雅史 (2010.2.26)

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1月例会 阪神・淡路大震災から15年 当時を振り返り今後を考える(1)

2010-02-17 21:40:40 | 最近のNSLの話題から
2010年の1回目の例会は、1月27日に行われました。今年は、阪神・淡路大震災の発生から15年目となります。今回は、神戸市教育委員会の松崎太亮さんをお招きして、「温故知新の減災協働」というテーマでお話しを伺いました。

松崎さんは、震災当時神戸市広報課に在籍しておられました。震災直後にどのような広報活動が行われ、そして後世にどのような映像を記録として残そうとしたのか、減災に向けた防災教育などその後の取り組み、震災後15年で変わったこと・変わらなかったこと、市民と最も近いところで向きあわれる立場で、様々な角度からの話題が提供されました。
冒頭から私事で恐縮ですが、いまから15年前の1月17日は、この文章を書いている私が、現在の職場である県庁に就職する3か月前でした。つまり、それからの15年という時の流れは、阪神・淡路大震災からの時の経過であると同時に、私の県職員生活としての時の流れでもあることに、今さらながら気づかされました。
 私は、阪神・淡路大震災から4年後となる1999年に現在の部署に異動となり、以後、防災に関する業務に携わらさせていただいています。言うまでもなく、我々が現在行っている仕事の中には、阪神・淡路大震災が契機としてはじまったものや、本格化したものが数多くあります。とても月並みな言い方になってしまいますが、多くの人命の損失という何物にも代えがたい大きな代償とともに、現在を生きる我々にそれだけ多くの教訓を与えてくれた事象であったのだ、ということを決して忘れずにこれからも仕事をしていかなければいけない、と改めて思いました。



災害時における行政からの情報発信のあり方については、大規模災害時に限らず、災害時にいつも問題となる点です。今回の松崎さんのお話しは、そのことについて一つの方向性を我々に与えてくれるものであったと思います。
私は、個人的には、『地域の地震像・津波像』、『持続可能』といった言葉(考え方)が好きで、日ごろ自分が地震に関する啓発等の仕事を行っていく上での一つのキーワードとしています。松崎さんからの減災についての話の中で、「感性・気づき」、「言い伝え・伝承」・・・という言葉(キーワード)を聞いたとき、必ずしも自分が思っている方向は間違っていないのかな・・・と、(不謹慎な言い方になってしまうかもしれませんが)すこし安心したような気がしました。

  


NSL企画グループ
三重県防災危機管理部地震対策室 主査 奥野真行


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12月4日 NSL 12月例会 & 廣井賞受賞お祝いの会

2009-12-09 21:05:12 | 最近のNSLの話題から
「南海トラフ 巨大地震 再来への備えと山積する課題」

講師:JAMSTEC(海洋研究開発機構)地震津波・防災プロジェクトリーダー金田義行氏
場所:名古屋テレビ 7階会議室・6階カフェテリア

 今回は、例会とNSLが災害情報学会からいただいた廣井賞お祝い会の2部構成で行われました。例会では、JAMSTEC金田さんに、南海トラフ巨大地震の研究と防災施策への活用についてお話いただきました。東海・東南海・南海域が同時に破壊される宝永タイプの地震では、従来考えられていた震源域より西の日向灘も一緒に破壊されていた可能性が高いことが、高知大岡村教授の津波履歴の研究やJAMSTECの地殻構造調査、東大古村教授のシミュレーションなどから明らかになったこと。熊野沖などに構築中の海底観測網によって、スローイベントなど固着域周辺の変動を観測できれは、将来、巨大地震の発生や連動の有無を判断できる可能性があることなどが示されました。金田さんのプロジェクトの特徴は、学術研究だけでなく防災活用も包括していることです。この海底観測網も、本格運用されれば、緊急地震速報に利用されることになっています。また、NSLなどが進めてきたような地域防災をターゲットに高知、大阪、名古屋、紀州など地域ごとに行政や研究機関と連携し、被害想定の高度化や活用を検討しているそうです。中央防災会議の東海・南海地震などの被害想定から8年近くが経過し、当時は考慮しきれなかった長周期地震動や津波の衝撃力などの知見も増えています。会場からは、科学技術予算が、政府の事業仕分けの対象となる中で、当プロジェクトに影響はないかなどの声がありました。(参加数48 メディア16 行政 10 研究者13 NPO 1)[文責 山口勝(NHK)]



金田さんの講義風景



廣井賞 盾と賞状



受賞パーティーの集合写真

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東海地震に備える-8月11日の駿河湾の地震を踏まえて-

2009-10-16 18:45:41 | 最近のNSLの話題から
 2009年10月15日の会合では、「東海地震に備える-8月11日の駿河湾の地震を踏まえて-」と題して、静岡県危機管理局の危機報道監・岩田孝仁氏をお招きしてお話を伺いました。東海地震に立ち向かう静岡県として、8月11日の地震はこれまでの訓練を超える「貴重な教訓」となったとのことで、以下のように多岐にわたる話題が提供されました。
 「東海地震観測情報」の発表に対して県民は意外に無関心だったが、地震が起こる前に発表された場合には住民は「青信号」として冷静に受けとめてくれるのか? また、震源域の住民は緊急地震速報を揺れてから聞くことになったが、これは住民にどのような印象を与えただろうか? けが人はなかったものの、ブロック塀の倒壊は極めて危険で、どのように対策すべきか? 住宅の耐震補強を急がなくてはならないが、今回の地震はそのきっかけになるだろうか? 高齢化が進む日本の社会において、若者にも地域防災に取り組んでもらうにはどうしたら良いか? 立ち上げた災害対策本部をどこまでマスコミに公開すべきか?・・・こうした静岡県の話は、東海地震・東南海地震連動型地震に備えるべき名古屋の防災担当者・マスコミ・大学研究者にとっては「明日は我が身」であり、岩田さんの落ち着いた静かな語りを聴きつつ、質疑応答は延々1時間以上続きました。(参加者数:マスコミ15、県庁(愛知・三重)10、大学および研究機関11) [文責:鈴木(名古屋大)]


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