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豆知識:広島に原爆が投下されるとき、日本軍上層部は、5時間前にその極秘情報を掴んでいた

2017年06月20日 09時18分18秒 | 天皇制と戦争
デモクラシーな言葉‏ @whatsdemocracyさんのツイート。

――8月7日、陸軍は、広島壊滅の原因が原子爆弾であることを知りながら、「非常に力の強い普通の爆弾と思われる」。被害を小さく見せるため、原爆であることを認めなかった。(Nスペ)〔2:49 - 2017年6月20日 〕――

――8月6日7時20分、広島の空に偵察機が現れ、追って特殊任務機B29が来ることを陸軍上層部は知っていたが、広島の情報部には伝えなかった。特殊情報部は、自分たちの上げた情報が生かされず悔しがった。「あのとき空襲警報さえ出ていればたくさんの人が助かったのに」(Nスペ)〔2:34 - 2017年6月20日 〕――

――8月8日、陸軍参謀本部による表彰式。一昨日の広島原爆機のコールサインを突き止めた功績を評価。「V600番台のB29が原爆搭載機。また現れたら全部追跡・撃滅する。ご苦労だった」翌日9日、同じコールサインを傍受。再び原爆が落とされることがわかっても、陸軍は何もしなかった。(Nスペ)〔3:04 - 2017年6月20日〕――

――日本軍は米軍の通信を傍受し、原爆投下につながるテニアン島での動きを2ヶ月も前から掴んでいた。軍の幹部はB29が原爆を積み長崎に迫っていることを5時間も前に知りながら何も手を打たなかった。空襲警報さえ出さず、まったくの無防備で被爆、広島長崎の死者はその年だけで20万人。(Nスペ)〔3:19 - 2017年6月20日 〕――

――陸軍参謀本部は、広島も長崎も知っていた。「こんなこと、許しとったらまたおこるんじゃないですかね?同じこと」当時、長崎でパイロットをしていた本田さん。5時間も前に軍中枢部が情報を掴んでいたにもかかわらず、B29を落とせる能力があったその戦闘機には出撃命令が出なかった。(Nスペ)〔3:34 - 2017年6月20日 〕――

――本田さんは偶然、広島上空で原爆炸裂を見ていた。再び原爆を抱えたB29が来たら、体当たりしてでも止める覚悟だった。しかし長崎近郊で待機していた本田さんに出撃命令はなかった。「落とせる飛行機なのに。いまなお悔しい。なぜ命令がなかったのか」軍は5時間前に原爆投下を知っていた(Nスペ)〔3:49 - 2017年6月20日 〕――

――8月9日。戦況悪化。ソ連宣戦布告。最高戦争指導者会議。話題はポツダム宣言どうするか。「無条件降伏すれば自分たちは戦争犯罪人として厳しく処罰される。原爆は落ちたが戦争を続けよう。第2の原爆投下はないだろう」根拠のない主張を繰り返し、空襲警報さえ出さず。原爆は投下された。(Nスペ)〔4:04 - 2017年6月20日 〕――

――なぜ情報がを生かされなかったのか。長崎に向かう原爆機のコールサインを傍受し報告した太田さん「悔しいったらありゃしない。わかっていたのに。全然情報を使った形跡がない」(Nスペ)〔4:19 - 2017年6月20日

――出撃命令を待っていた本田さんは原爆投下後、傷ついた人々を病院に運ぶ仕事を命じられた「死ぬまで忘れられない。髪の毛もない、裸でドロドロに溶けた人々。こんなひどいことが世の中に許されるのか。泣けて泣けて、泣けてくる。今尚思い出すと泣けて情けない。軍人として申し訳ない」(Nスペ)〔4:34 - 2017年6月20日〕――

――原爆投下5時間前に参謀本部が掴んでいた事実を66年経って本田さんは初めて知った。「5時間もあったら充分退避できた。これが日本の姿ですかね。こんなこと許してたらまた起きるんじゃないですか?」(Nスペ)〔4:49 - 2017年6月20日 〕――

――日本の降伏が決定的となった8月11日。特殊情報部に命令が下された。諜報記録をはじめとするすべての証拠の隠滅。資料を燃やすように命じられた。全て灰に。粉に。原爆投下を軍が掴んでいた事実も全てなかったことにされた。(Nスペ)〔5:04 - 2017年6月20日 〕――
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3 コメント

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汚い輩。 (こころ)
2017-06-20 13:48:02
日本を売った協力者が日本にいたと言うことですね。
パールハーバーもそう。
パールハーバーは知っていて、日本から攻撃させるのを手ぐすね引いて待っていた…。
幹部は安全な場所にいて、末端の兵士と民が犠牲を強いられるやり方は、いつもいつも獣らのやる事。

311も同様。
311が起こされる事を知っていた…。

実際の被災現場を視る事が出なかった(駆けつけ困難)私は、辛うじて内陸・盛岡に住む姉と連絡がとれ、まだ様子を視に行けないと。
1週間も過ぎたころ何とか時間を掛け辿り着けた連絡。
酷いよ!もう戦争の後のようだよ、何にも無いよ…。と、当然、戦争を知らない姉の言葉に愕然としたあの日。

その夏に実家へ恐る恐る帰省の道すがら。
帰省途中の車窓から被災地を巡りつつ到着前のとある地域。
報道では観ていたものの、本当に何も無い。
施設の鉄骨はひしゃげて伽藍堂。

目眩と腹痛と拍動で、内蔵が飛び出しそうな程の吐き気とで、貧血を起こす一歩手前。
ショック過ぎて、何故か涙が出ませんでした。
その場に射なかった私は、直接的に個人としては当事者ではありませんが、泣けないほどの苦しみを、誰もが味わう事の無いような社会にするのが政府の務め。

泣けない程の苦しみを味わえ!と企んでいるのが安倍とその取り巻きです。
いつか来た道を望んでいるのが安倍です。
ウヨもそれを望んでいるのでしょうか。

何だかやや逸れてしまいました。
Unknown (和室ファンド(99%庶民へ還元・無添加ハムサンド))
2017-06-21 01:27:52
事前に情報を得るのはやはり難しいのでしょうね・・。



311で犠牲になられた方のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
Unknown (和室ファンド(99%庶民へ再分配・無添加ハムサンド))
2017-06-21 13:42:44
B29は撃墜可能だったのですか・・・・・・。


上層部は国民を弾除けにして使い捨てにしまくり、最後は責任を逃れ、証拠文書は破棄しようとする。

今と同じですね。
いや、安倍はA級戦犯の孫でしたね。
また、極悪非道な行いをした人間の孫もいまの政権にいますね。





戦争で亡くなられた方々のご冥福を心よりお祈り申し上げます。

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