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【アッキード事件 嘘のつき始め】 稲田朋美に関する、保守の会会長・松山昭彦氏によるフェイスブック記事が削除

2017年03月05日 09時50分41秒 | 安倍某とそのお友達
保守の会会長・松山昭彦氏が何を書いていたか――。

稲田朋美が塚本幼稚園の顧問弁護士であったことだ

稲田は、

これによって、

二つの事実を隠ぺいしたというわけだな。

第一に、

議員になる前から

籠池泰典を弁護して生活の資を得ていた。

つまり、

塚本幼稚園に

加担していた人間であるのに、

批判されそうになるや

他人を装う酷薄な人間であることを隠そうとした

(拙稿「塚本学園問題に見る、日本政府の縮図のような人間関係を描いた、ぼうごなつこさんの漫画「美しい国の美しい友情」、まじで笑える」参照。*http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/ac93c2df1404e340d2e50ea8f15aa7e0)。

第二に、

安倍晋三と籠池をつなぐキーパーソンであることを

隠し、

真相解明を妨げた。

これは、

大臣として許されない虚偽答弁だ。

参考までに、

稲田朋美が2月22日、

民進党の大西健介議員の国会質疑において、

「前から塚本幼稚園を知っていたか」

との質問に

「聞いたことはありますけれど、その程度でございます」と

大ウソをついている

稲田の国会答弁を収めた動画、

下に掲げて置く。



しかし、

肝心の「稲田大臣は、かつて塚本幼稚園で

顧問弁護士をしていた!」

というびっくりのリーク情報が突然、削除されたという

(りんころ‏ @rinkoro0503さんのツイート〔18:09 - 2017年3月4日 〕参照 )。

どう理解すべきか――。

ちなみに、

削除されたフェースブックの記事とは

次のような内容だったようです。


転載元:sugerless_boy‏ @sugerless_boy01さんのツイート〔8:17 - 2017年3月4日


<追記>

「稲田朋美が議員になる前、塚本幼稚園の顧問弁護士をしていた」

という情報をリークしていた人間が

「保守の会」

という怪しげな団体の会長だと知ったとき、

(あれっ?)

と思った。

日本会議系の人間なら

情報攪乱のためやりそうなことだ。

しかし、もし、本物の国士なら

国の未来を愁い、

稲田の罪悪を告発した可能性がある。

後者の

可能性に期待をつないだが、

前者だった。

鴻池にしろ、でたらめの情報をばら蒔いて

罪をすべて森友に

擦り付けて幕引きを図りたいということなんだろうな。

稲田は、

援軍を得たりとばかりに

こんな答弁をしていた。

「あれはSNSに書いた人の間違いで、お詫びと訂正があった。私がその幼稚園の顧問弁護士をしていた事や法律的な相談を受けた事はない」(🏕インドア派キャンパー@I_hate_camp さんのツイート〔11:18 - 2017年3月6日 〕参照)。

デマ情報の実行犯、

松山明彦という「保守の会」の会長は、

このタイミングで

フェースブックの記事を削除。

今頃は、

祝杯を上げているだろう。

実に、

下劣なことをやるおっさんだ。

果たして、

稲田に対するお詫びと訂正で

済ましていいものか。

無罪放免すれば、

今後も

こんな悪質なデマが垂れ流され続けることだろう。

処罰する道はないんだろうか。

参考人招致してよい

ケースだ。

2017年3月6日昼 記



<追記-2>

「保守の会」を

本物の「保守」かもしれんと思って、

これでも

気を遣って書いた。

しかし、気を遣う必要はなかった。

この男、

フェースブックから

自分の記事を削除するの際し、

こんな言い訳をフェースブックでしている。

――2015年3月に行われた「国家再生の集い」(中曽根語良先生主催)のことを書いたFB記事が拡散されているようですが、その中で稲田朋美先生が塚本幼稚園の顧問弁護士と書いていましたが、顧問弁護士だったのは稲田先生の旦那さんの方でした。この場を借りて訂正いたします。お騒がせしました。反日左翼の皆さん、残念でした。—―

☆ 記事URL:https://www.facebook.com/suikourou/posts/1888099921406135

くだらないと思う第一点は、

文章からネトウヨであることが窺えること。

すなわち、

「お騒がせしました。反日左翼の皆さん、残念でした」

と記してある点だ。

批判とは

人を傷つけるためにやるもんじゃない。

客観的な事実関係を明らかにするためにやるもんだよ。

残念であっても、

デマを流して喜ぶような悪意は持ち合わせていない。

第二は、

「顧問弁護士だったのは稲田先生の旦那さんの方でした」

と種明かししてあること。

顧問弁護士であるのは、

稲田と籠池が

知り合いであったことの決定的な証拠ではある。

しかし、昭恵が

純粋に「私人」とみなせないのと同様に、

ここで籠池とは、

見知らぬ者同士という

決めつけの土台が緩んだ点において

事情に変化はない。

かえって浅からぬ縁を感じさせる。

むしろ、

風向きが悪くなったから

ウソをついているように感じる。

だって、証言しているのが松山昭彦という

ネトウヨだ。

殊更、勘違いするように

稲田の

夫を持ち出してきたんだろう。

その証拠に

籠池理事長の長男が

「稲田朋美氏の初当選から応援していた」

と明かしている

(下記〔資料〕参照)。

同じく、応援していた中山成彬の

掌返しもえげつない。

彼は、

こう言ったそうだ。

「10年ほど前、1度だけ森友学園の幼稚園に視察に行った。園児がワーワー言っているので、何を言っているのか分からなかったんだけど、それが教育勅語だったと。講演した記憶はないが、理事長が、『自分は一生懸命に(こういう教育を)やっているんだけれど、ここは大阪だから、日教組の小学校に入ると、全然無駄になってしまうんだ』と、そういうことを仰っていたことは記憶しています」(下記〔資料〕参照)と。

記憶がないという講演の記録を見つけた。

下の動画がそれだ。



縁は、

稲田ともども

それなりにあったと見るべきだろう。

このように

山谷えり子や稲田朋美、

中山成彬らが

形勢が悪いと見るや掌返しをしている様は、

本当に見苦しい。

とても後味が悪い。

その気持ち、

kaz hagiwara(萩原 一彦)‏@reservologic さんが

ツイートされている通りだ。

――次々と外されるハシゴ。森友学園に群がった政治家たちの信念や人格なんて、そんなもの。籠池氏の教育者としての資質もでたらめならそれに群がる政治家たちも低俗。そんな連中に国民は共有財産を掠め取られていく〔14:15 - 2017年3月6日

しかし、落ち目の人と関わりたくない

一心で

籠池との関係を否定しているのか。

実は、

あっせん利得関係があるので、

すっとぼけている可能性がある。

そこにも

注意が必要だな。

2017年3月6日夜 記



〔資料〕

「森友学園理事長長男「関係が深い自民党の先生の名前明かす」」

   Newsポストセブン(森友学園理事長長男「関係が深い自民党の先生の名前明かす」)

☆ 記事URL:http://www.excite.co.jp/News/society_g/20170306/Postseven_498742.html

 鴻池祥肇・元防災相が緊急会見で「無礼者! とカネは突き返した」と言えば、安倍晋三・首相は国会で「会ったこともない」と繰り返す。国有地払下げ問題の疑惑拡大とともに森友学園と“親交”があった政治家たちが一斉に手の平を返すなか、「あんなに応援したのに、政治家の先生方の物言いには納得がいきません」と怒る新たな証言者が現われた。
 森友学園が幼稚園児に教えている君が代や軍歌の斉唱も、教育勅語の朗読も、「安倍首相ガンバレ」の激励を含めて、安倍首相の教育観と親和性が高い。だからこそ首相は国会で同学園の籠池泰典・理事長について最初はこう激賞してみせたはずだ。
「いわば私の考え方に非常に共鳴している方でですね」
「妻から森友学園の先生(籠池氏)の教育に対する熱意は素晴らしいという話を聞いている」
 ところが、森友学園批判が強まると発言を一変させた。
「学校がやってることの詳細はまったく承知していない」
「個人的には一回もお会いした記憶はない」
 さらには森友学園が「安倍晋三記念小学校」の名称で新設する小学校の寄付集めをしていたことについて、首相は何度も断わったと説明したうえで、「教育者の姿勢としていかがなものか」「この方は簡単に引き下がらない。非常にしつこい」と酷評した。こうした首相の“豹変”に怒っているのが籠池氏の長男・佳茂氏だ。
「父は安倍先生の熱狂的な支持者なんです。安倍政権ができた時には、日本という国が本当によくなると本当に喜んでいた。…

父の気持ちは安倍先生にも伝わっていたと思います。だから父のことを『立派な教育者だと聞いている』と仰った。
 それがいまや安倍先生から、『しつこい』とか、『教育者としていかがなものか』とまで言われ、あれだけ一所懸命応援していた父がどんなにショックを受けているかと思うと黙っていられません」
 佳茂氏は本誌のインタビューに応じ、安倍首相との面会から、日本会議との接点、稲田朋美・防衛相や山谷えり子・元拉致担当相との奇しき縁まで語った。
◆安倍先生とお会いしました
──安倍首相は国会で籠池理事長と会ったことがないと説明している。
「父の代理で私が安倍先生とお会いしました。2012年9月の自民党総裁選の時に、安倍先生は大阪で街頭演説をしたあとリーガロイヤルホテルに向かいました。私はホテルのロビーで待っていて、『籠池です。父の名代としてきました。くれぐれもよろしく伝えてくれと言われています。応援しています』と挨拶して、父の名刺を差し出したのです。
 安倍先生は父の名刺を隣にいた秘書の方に渡されていました。私は確かに父の名代として、ご挨拶をしました。安倍先生が『会ったこともない』と言われるのはどういうことかと。心にぶれがあるからなのでしょうか」
 佳茂氏が「これを見てください」と差し出した名刺には、〈衆議院議員 安倍晋三〉とある。当時は総理退任後で自民党も下野しており、安倍氏は無役の“ヒラ議員”だった時期だ。
──会ったのは1度だけ?
「実は、その前に直接、電話をもらったことがあります。

父が安倍先生を幼稚園の講演会にお呼びしていたのが、安倍先生から急にキャンセルになると私の携帯電話にお詫びの連絡が入ったのです。間に入ってくれた人が、父と間違えて私の番号を教えたのではないでしょうか? 『すみません。私は息子です。父のほうに電話をしてください』と、父の番号を伝えました」
──仲介者は誰か。
「よくわからないんです」
 佳茂氏は森友学園と安倍首相をつないだ「仲介者」については頑なに口をつぐんだ。
◆山谷、稲田、中山との関係
──他の議員との関係はどうか。
「大学を卒業して、山谷えり子先生(第2次安倍内閣の拉致問題担当相)の事務所で半年ほどカバン持ちをしました。(落選中だった)山谷先生が自民党から参院選の比例代表に出馬する頃です。日本会議が初めて選挙で推薦したのが山谷先生でしたから、椛島有三・日本会議事務総長に連れられて、東京の事務所で紹介されたのがきっかけです。
 私が事務所に出入りしていたのは半年で、次に東京で連合系の労働組合の職員になりました。父の名代で安倍先生にお会いしたのはその後、大阪に戻って事業を始めた頃です」
 山谷事務所に佳茂氏がスタッフとして関わっていたのか確認すると「事実ではございません」と回答。双方の言い分は食い違っている。
──森友学園の園児が自衛隊員に手作りの品を贈ったことに対して、籠池理事長は稲田朋美・防衛相から感謝状を受けている。
「稲田先生が初めて政界に出馬されたときから、父は応援していました。

それなのに、今になって稲田先生が感謝状取り消しも検討すると仰るなんて、ハシゴを外されたという思いはあります」
 稲田事務所は、籠池理事長との関わりについて、「どういった機会に会ったかは定かではありませんが、面識はありました。が、とんでもないことをしつこく言ってくることなどがあり、無視をしていたら、稲田の私邸にFAXや電話を入れるようになったので、お付き合いは10年前に一切やめています」と回答した。
──中山成彬・元文科相は森友学園について、〈園児に教育勅語を斉唱させている幼稚園ということで視察したことがあるが、経営者自身が勅語の精神を理解していないようだ〉とツイッターで批判したが。
「中山成彬さんも講演にいらしたことがあり、その時には、参観して朝礼からみてもらって、どんな教育をしているのか、知っていたはず。応援してくれていた一人だと思っていました。それが、いまでは手のひら返しですから」
 中山氏が語る。
「10年ほど前、1度だけ森友学園の幼稚園に視察に行った。園児がワーワー言っているので、何を言っているのか分からなかったんだけど、それが教育勅語だったと。講演した記憶はないが、理事長が、『自分は一生懸命に(こういう教育を)やっているんだけれど、ここは大阪だから、日教組の小学校に入ると、全然無駄になってしまうんだ』と、そういうことを仰っていたことは記憶しています」
 いくら切り捨てようとも、過去の関係までは“なかったこと”にはできないということだ。
※週刊ポスト2017年3月17日号
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