のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

茨木のり子さんの「首吊」という詩で、どすんとくる箇所

2016年10月16日 19時18分19秒 | 日本文化論
詞華集BOT
‏@anthology_bot さんのツイート。

――この世の酷薄さをキュッとしぼって形にしたような/てるてる坊主は/時として 私の中で いまだにゆれる/ひとびとのやさしさのなかで/ひとびとのいたわりの深さのさなかに(茨木のり子 首吊)〔8:15 - 2016年10月16日 〕—―

「ひとびとのいたわりの深さのさなかに」ある

「この世の酷薄さ」って、

日本の

村文化の特質かもしれん

と思う。

旅人に優しい

(もっとも、最近は、

それを否定するような事例が続いているが――)。

しかし、その優しさは、

酷薄さに裏打ちされているんではないか。

多分、今、

ものすごい好奇心に駆られている方いらっしゃるだろうから、

詩の全文、次に紹介しておこう。


「首吊」

(※ サイト「爛漫日記」からの転載)

☆ 記事URL:http://blog.goo.ne.jp/komachi313/e/420db5a9a2f70da9076a7400fecb6796

町で一人の医師だった父は
警察からの知らせで
検死に行かねばならなかった
娘の私は後についていった
父は強いて止めなかった
その頃の私ときたら自分の眼で じかに
なんでも見ておきたい意欲で
はちきれんばかりだった
手術室にも入っていって
片足切断を卒倒もせずに見ていられることを
確めた
つきあっていた若い英文学者に話すと
「まるで肉屋のようですね」
唇をゆがめて外科手術を評したから
その英文学者はふってやった

海べの松林の ほどよい松の木の
ほどよい枝に 首吊男は下がっていた
そして頼りなげにゆれていた
よれよれの兵隊服で かすかな風に
てるてる坊主のようにゆらめいて
彼は最初海へ入って死のうとしたのだ
ズボンが潮で べとついている
ポケットには ばら銭がすうこし
ゆうべ町の灯は一杯ついていたろうに
声をかけられる家は一軒としてなかったのか
死んだのは 食べもののことでも
お金のことでもなかったのだろうか
こわごわ見て 帰ってくると
母は怒って塩をぶっかけた
娘だてらに! と叫んで

首吊を検視した父もまた死んだ
遠い昔の記憶なのに
この世の酷薄さをキュッとしぼって形にしたような
てるてる坊主は
時として 私のなかで いまだにゆれる
ひとびとのやさしさのなかで
ひとびとのいたわり深さのさなかに

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