のんきに介護

母親と一緒の生活で、考えたこと書きます。

映画「相棒」は、共謀罪のプロパガンダ映画なのか

2017年02月23日 14時49分21秒 | 映画
広島くん(国民主権を護る議員だけ応援)@akichan58 さんのツイート。

――@rusanful @ja8yum 逆に共謀罪(治安維持法)を後押しするPR映画「相棒」は上映。北の国を嘲笑してられない日本の現状。〔13:26 - 2017年2月23日 〕—―

このツイートがなぜ、目についたかと言うと、

映画「相棒」の登場人物になぞらえて

自分を正当化した人と最近、言葉を交わしたからだ。

場所は、

他でもない。

このブログにおいてだ。

「渦中の森友学園・籠池理事長とは、どんな人か」

というブログ記事に

映画「相棒」にあるセリフが書き出されている。

――私は
 「どうしても小さな事が気になってしまう。僕の悪い癖」by杉下右京
なのですヨ。
「相棒」見た事なかったらゴメンナサイ。では。—―

ということだ。

☆ 記事URL:http://blog.goo.ne.jp/nrn54484/e/57c124ce0da32d4d0cab79d9148ac309

URLを開示してくれたので、

友人と認めた。

でも、工作員だな。

そうでなかったら共謀罪のプロパガンダ映画と

揶揄されるような

映画を話題にするはずないもんな

(これは、半ばジョーク。

しかし、この半ばジョークを面白がる精神の持ち主でないことは確かだ)。

確かに、

共謀罪は、

どうしても小さな事が気になってしまうという

一種パラノイアの兆候のある者が

反・体制派を

一網打尽にしようと

思いついた

犯罪類型ないし妄想であるに違いない。

実際、

上掲、友人某は、

照明さん名義のブログ内報告という、

メディアのひそひそ話、

すなわち、映画「相棒」の主人公が口にする

“小さな事”を根拠として、

つまり、ブログというメディアで目にした

小声を

クローズアップして

ジャーナリストの前でした照明さんの証言の信ぴょう性を

覆そうとした。

しかし、ブログは、

一人でPCと対面するメディアであるだけに、

他人が取って代わることが可能だ。

たとえば、北濱幹也さんの例を持ち出すまでもなく――。

それは、

ネトウヨが必死こいて朝鮮人や中国人を差別するため、

ヘイトスピーチを“小さな事”として

言論の自由の中に潜り込ませようとしてるのと

まったく同じ構造だ。

誰しも

虚偽を真実として言いふらす権利などない。

なのに、

ブログ乗っ取りもヘイトスピーチも

そこを忘れようとしている悪意がある点で相通じるものがある。

親の虐待を告発する照明さんの勇気が本物なら、

ブログの乗っ取りなど

父親の

息子を殺す欲望の現れと認められる素行は、

むしろ、あって当然だろう。

したがって、

ブログに安倍でんでんの信者であることを匂わせる記述があるからと言って、

週刊新潮に訴えた、もしくは、

父親の悪事に関する告発を嘘と決めつけるのは、

本末転倒だ。

薄荷パンさんよ、

ここまで書いて、まだ分からないかい?


<追記>

「相棒」というドラマの主人公、

杉下右京の決め台詞、

「どうしても小さな事が気になってしまう。僕の悪い癖」

を引用しただけで、

なぜ、“工作員”という

レッテルを貼られねばならないのか、

疑問があるだろう。

その点につき、一言。

すべては、

「小さな事」

というキーワードの理解の仕方に

かかっている。

もし、

「小さな事」にある

「事」を「声」と表現を変えてみたらどうだろう。

まさに

共謀罪で罪に問われる

「小さな声」だ。

本文で

広島くんの

「共謀罪(治安維持法)を後押しするPR映画」という

「相棒」の評価をその点で納得した。

そうすると、

不思議に照明さんのブログを取り上げる

薄荷パンさんの

問題意識と重なったということだな。

2017年2月24日朝 記



<追記>

薄荷パンさんに

自分の頑迷さに気づいて貰いたさに

広島くん(国民主権を護る議員だけ応援)@akichan58 さんのツイートを

引用した関係で

映画「相棒」を見てきた。

案の定、

共謀罪とは無関係だった。

では、なぜ、広島くんさんが

共謀罪(治安維持法)を後押しするPR映画と言うのか。

しかし、

共謀罪は、

空想的な薬品でも未然にその危険性に着目して

捜査の対象に出来るというものだ。

山尾しおりさんは、

その理不尽を法務大臣に

問われていた。

この点、広島くんさんは、

誤解しているのかな。

空想的にして危険な薬品があると言うなら、

一つでも、名を上げて見ろ。

そんな薬品はない――

というのが共謀罪の反対理由なら、

逆に、

あると言えれば、

共謀罪の必要を肯定しなければならない、と。

映画は、

その場合を示している

という理解を

広島くんさんはしているんだろうと思う。

しかし、警察が見落とさないために

取り調べを許す

捜査をさせると言ったところで、

危険性を除去できるものではないだろう。

他方、映画は、

どこまでもフィクションであり、

単なる設定なら

いかようにでもできる。

しかし、現実性があるかないかの

科学的判断は、

同じであるはずだ。

あの「相棒」という映画で

未知な

薬品は登場した。

しかし、それは、

完成した毒薬であるとして描かれていた。

研究途上の荒唐無稽な薬品ではない。

その点では、

国会で追及されていた薬品のパターンではない。

思うに、

危険性が空想的な犯罪など

作るべきじゃない。

たとえば、

映画でタイムマシンが登場すれば、

タイムマシンを応用した

犯罪を取り締まる必要が生じるか――。

生じないだろ?

それと全く同じなんだ。

単に可能性だけで、人を犯罪者に出来ない。

2017年3月4日未明 記
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