1983年創刊 月刊俳句雑誌「水 煙」 その2

創刊者:高橋信之
編集発行人:高橋正子

作品七句②/2007年11月号

2007-09-28 17:20:36 | 本文
なお尽くせざる
平田 弘
朝顔の朝日に解かれ色の冴え
日を追うて一樹を広げ芙蓉咲く
終戦日永らえてなお尽くせざる
鐘の音に重さの迫る原爆忌
一葉の静寂破る秋の音
ねこじゃらし穂先振りふり足早に
秋の蝉飛び立つ音に声も切れ

銀河
岩本康子
水引の赤の鮮やか湿原に
波の上に波を生みたる秋の風
目を凝らし銀河探せる山の宿
ビルも樹も黙して立てる炎昼に
虫の音に混じりていつも鉦叩
夕立あと明るい街を歩きたり
秋の朝五感のすべて目覚めゆく

毬栗
渋谷洋介
毬栗の色づく角も通学路
りんご食むさくりと甘き津軽産
 みちのくの旅
穂芒のはやみちのくの気配立つ
津軽路やコスモス揺れる道の駅
バスの窓目よりも高き秋の海
新涼や行き交う人の足軽く
合掌の背に秋の風恐山

奈良格子
あみもとひろこ
蟷螂のみどり眩しき奈良格子
シーツ干す夏の太陽打ち返し
火蛾の来て窓を打ちおり子は眠り
星空の涼しさ山の木々に降る
夏萩と川瀬の音を聞いている
瓜の蔓たぐり抜きし夜盆の月
稜々と組まれし鉄橋旱川

シャツ乾く
松原恵美子
新涼の水の硬さに菜を洗う
街ひとつ包み夕焼け消えゆけり
枳殻の実のまだ青し村境
蜻蛉の軽きを留めてシャツ乾く
コスモスを巡り明るき風に遇う
一列を一途に守り蟻の列
朝顔やしらじら明けて今朝の空

新豆腐
篠木 睦
灯台の岬へ続く花野道
コスモスの数だけ風のあるらしき
風に揺れ風を誘いて猫じゃらし
海の物多き供物や秋まつり
百選の水に冷してビール飲む
水郷の水は豊に新豆腐
秋の虹風力発電海に向く

僕の拳
下地 鉄
はらからの皆それぞれの盆の入り
かたくなに友をなじりて月の道
叉ひとつ円の重なる花火かな
 曾孫生る、命名佑京
天たかく佑京の僕の拳かな
薄穂の月影ゆらす旅の空
さんしんの音色の遠き秋の風
野球帽ひさし影なす晩夏かな

十三夜
宮本和美
大屋根に架かる悌子や十三夜
鉛筆の香も新しき休暇明け
蜻蛉飛ぶ吉備路の風となりにけり
長椅子をテラスに運び今日の月
故郷の山重なりて盂蘭盆会
合歓の花閉じて漁火ほつほつと
庭のものみな爽やかに揺れていし

秋潮
柳原美知子
苧殻折る音の軽さを砂に置き
青々と玻璃の海透け秋刀魚のカルパッチョ
葉のつきて毬栗のまま売られおり
漁船戻る入り江に鳴きしつくつくし
自転車の影新涼の水わたる
秋の海水脈の白さを大玻璃に
燈台点り秋潮色濃く海峡へ

野をゆけば
小川美和
樹木濃く奥へおくへとひぐらし鳴く
月光の澄み一本の道続く
幾種もの虫の音ゆきかう野をゆけば
椿の実幾つも結ぶ空真青
枝豆を届けて母と故郷語る
カーブするミラーに今朝は木槿見ゆ
川風に吹かれて聞けりつくつくし

スプリンクラー
安藤かじか
夏祭り露店の照らす法被の子
どんぐりを拾いて戻る子の散歩
スプリンクラー西日を軽く弾ませる
黒々と強し版画のカブトムシ
台風の川の地鳴りに揺らぐ闇
簾を透く色のやわらに子の眠る
飛行船も茜に染まる秋の夕

葛西沖
中村光声
月明かり街の明かりの葛西沖
夜学子の無言の詰まる昇降機
母偲ぶ兄のしわぶき萩の花
真直ぐな道がつづいて黄秋桜
思い出の函を開ければ秋の声
幼子の睫毛の反りや秋涼し
雨雫している街に月欠ける

藤袴
小口泰與
合歓咲くや坂東太郎満々と
水澄みて赤城の嶺々の定かなり
木道の続く限りや秋の空
せせらぎに沿いて香れり藤袴
蜩や一所のみの日の光
道のべの風の中なる女郎花
片雲の残りし赤城稲の花

応援歌
高橋秀之
天高く届け園児の応援歌
秋晴れて近づく生駒山の頂
ひとたれのポン酢が変える秋刀魚かな
秋の雨ざわめく海を黒く染め
潮の香のそよ風頬に月夜かな
電車待つ山頂駅に法師蝉
飛行機が南の空へ終戦日

鯖雲
丸山草子
静まりて木々黒々と月欠ける
半島は鯖雲湧きて青さ増す
月影をきらきら曳きて夜の船
とんぼうの風に任せて川面ゆく
のびやかに鯖雲となり夕焼ける
虹の輪を光らせ満つる月しずか
虫の声枕に届く寝入るまで

伊万里の皿に
井上治代
満月の光を纏い雲流る
新涼や伊万里の皿に鯵盛らる
作業終え背伸びの空に鰯雲
夜の秋繰り返し読む恩師の句
新涼や朝日に光る蜘蛛の糸
除幕式太鼓の響き秋空へ
秋立つや川風のなか鷺一羽

蝉の翅
小西 宏
葉を蹴って耀きに消ゆ蝉の翅
かしゃかしゃと音する秋の夜の蝉
草なびき蜻蛉は風に立ち止まる
山茶花の実のこぼれ落ち生きており
夕空に光ある間の秋の蝉
地に敷いて涼しき風や花槐
鬼百合の花巻いて街の日影濃し

葦簀
飯島治蝶
東京の新丸ビルも秋空に
寝そべりて四方の秋空一望す 
台風の去りて夕日の金色に
秋澄むや紺碧の空に星の綺羅 
野菜置く葦簀張られし直売所
県道に梨直売の立看板
大き桃小さく刻み老い母に

鳥威
松本和代
鬼灯の畑に明るき夜のあり
真っ青な空の真下の青田波
日と風に煌めく棚田の鳥威
出穂揃い畦に向かいて垂れており
おにやんま脇見もせずに一直線
里山に響くひと日の蝉時雨
仏壇の茄子の馬の小さきこと

夏の薔薇
竹内よよぎ
空蝉を軽やかに置き大樹立つ
葉をつけて届きしカボス真っ二つ
かなかなの鳴き満つ森の深さかな
小さきも凛々と咲く夏の薔薇
エノコロが風湧く路地に五六本
揺れ止めば風も休みぬ秋ざくら
百日紅残花燃え咲き空青し

虫かご
かつらたろう
帰省子やこころはすでに田舎の子
夕映えに潮目の光り日本海
西日落つ遙か彼方に隠岐の島
虫かごは手元において帰阪バス
銀杏の葉少し色抜け九月入る
豊穣の稲田を歩く野の風と
石ころの川の形に旱川

花梨の実
宮島千生
園児らの青きバケツに稲熟るる
蟋蟀を聴きつ上りの電車待つ
作務僧の箒の跡や小鳥来る
実石榴の色づき初めし上州路
友の来て昔語りや酔芙蓉
鈴虫の鳴きやむ時に風止まる
漆喰の剥げ落つ館花梨の実

籐枕
高橋正道
さぎ草に出逢いたる日のさわやかに
秋立つやポプリの香胸にして
やすらぎの詩をくちずさむ夕爾の忌
夏書して心澄みゆく墨の色
緑陰に終わり知らざる頁繰る
滴るや桃のしずくと月明と
朝風に籐枕して古句を観る

秋穂高
おくだみのる
大賀蓮はにかみてありうすき紅
陽を追いて向日葵生を育みぬ
満月や森に胎して宙に浮く
診察に一息つきし片かげり
戦死者よ皆蘇れ大賀ハス
古磁石いままた指せり秋穂高
しらたまの冷まろやかに胸を過ぐ