枯草の一人の幅の径下る 篠原 梵
枯草の径はというと、人が一人通れる道である。この把握は人間探求派と呼ばれてよい梵独自の見方であって、人間を主題に枯草の径を詠んでいるのである。枯草は明るく枯れの色を広げ、人一人を通す径を作っている。現代的な句である。
枯草の径はというと、人が一人通れる道である。この把握は人間探求派と呼ばれてよい梵独自の見方であって、人間を主題に枯草の径を詠んでいるのである。枯草は明るく枯れの色を広げ、人一人を通す径を作っている。現代的な句である。
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