歩いて、歩いている

新発見!この道はいつかきた道?

蜘蛛の糸_____。

2016-10-18 16:41:53 | 日記

久しぶりの山?歩き。

滋賀県近江八幡市の「長命寺」の参拝を兼ねて、琵琶湖湖畔の散策をした。今夏の暑さに負けて自宅近辺でお茶を濁していたが、漸く本格的な秋模様に誘われて近江八幡長命寺までやってきた。
 JR近江八幡駅から近江バスで20分ほど乗り『西国観音霊場三十一番札所・長命寺』到着。長命寺船着き場にある駐車場には大型観光バスが数台駐車していて、参拝者が参道口の土産物店前や参道階段前に参集している。参道口から階段を見上げて嬌声を上げたり、溜息をついたり、ざわざわとかしましい。そのうち、参拝者の集団の前に中型タクシーが次々と入ってきた。白衣姿の先達と添乗員が参拝者たちをグループごとにタクシーに乗車させ始めた。

長命寺の山道は急な石の階段で八百八段あるが、団体参拝者は主に「貸切観光タクシー」で本坊の下まで登る事が出来る。それでも、上の駐車場から本坊までは石の階段が百段あるので、参拝はそう楽ではないが。。。。。
 参道、寺院結界の門を潜り愈々石の階段を上り始める。この石段は手造りで非常に粗い間隔で出来ていて、かなり上り辛い。一段づつ石段の数を読み上げるように数えていたが、途中で出会う参拝者と挨拶するうちに何段まで数えたか失念してしい、確認するのを諦めた。漸く、上の駐車場に着いた。タクシーが数台駐車しているところを見ると、先に上った皆さんもまだ参拝中らしい。横目で駐車場を見ながら「あと、100段だ」と気合を入れて登った。途中、下る人には数人お会いしたが、参道口から上った人は殆どが独行で三人だけであった。青息吐息で互いに励ましあい、石段を黙々と登っていった。

 約三十分ほどで石段を登りつめると、正面に本堂、左に三仏堂、右に三重塔が薄いベールを剥がすように見えてきた(少し大げさか?!)。目の前には、檜皮葺きの華麗な十二間四面の本堂(大永四年〈1524〉の再建)、桃山期以前の気風を漂わせた三重塔は、勾欄の擬宝珠に慶長二年(1597)の銘があり共に重要文化財の堂塔が眼前、左右に開けた。

 寺縁起=景行天皇の二十年、武内宿祢(たけのうちすくね) がこの山に登り「寿命長遠諸願成就」の文字を柳の木に刻み、長寿を祈願した。のちに聖徳太子が来山して、柳の木の前にとどまると白髪の老人があらわれて柳の霊木で千手、十一面、聖観世音三尊一体の聖像を刻み、伽藍を建立するようにいって立ち去った。太子はその通りにして「長命寺」と名付けた。これが当寺の草創で、のち鎌倉期、戦国時代には兵火で堂塔伽藍をことごとく廃塵に帰した。現在の堂塔は大永から慶長年間(1521~1614)にかけて再建されたもの。(長命寺・伝)
 
境内堂塔のお参りを進め、御山の澄み切った気配を感じながら回遊をした。途中、境内最奥の西端に「太郎坊大権現社」の拝殿からは琵琶湖を眺望でき、おもわず湖(うみ)のひろがりに目閉じて合掌する。あたりに人なく、境内の山道を歩くと杉の木立に大きく網をかけた蜘蛛が通せんぼしている。

 女郎蜘蛛か(日本には1400種もの種があるらしい。)?凝っと見ると、健気に身体中に装飾して獲物の来るのを待つかのよう。ふと、芥川龍之介の「蜘蛛の糸」を思い出した。 かの小説には[地獄に落ちた男が、やっとののことでつかんだ一条の救いの糸。ところが自分だけ助かりたいというエゴのために、またもや地獄に落ちるという物語でした。かれ?もまた、観音様の境内で網をかけて救いを求める者を助けようとしているのかも知れないと思える。今日もまた、善い思い出と、楽しい一日を頂いた。さあ、歩こう。 歩いて、歩いている、、、、、、、。

 

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