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【中学歴史教科書8社を比べる】308  (22) 日中関係Ⅰ(幕末・近代前半)-13- <ⅳ 日清戦争のころ:まとめと考察>

2017年09月26日 | 社会・文化・文明

(22)  日中関係 Ⅰ(幕末・近代前半)の描き方のちがい  -13-

ⅳ 日清戦争のころ

■まとめと考察

 

1 「日本が出兵した直接の理由」の描き方 

<参照1 ウィキペディア:日清戦争

 日本政府や議会や経済界など、《日本を運営する人々》のなかには当然ながら、《日本と朝鮮国(=李氏朝鮮)や清国との関係をどうするか?》についてさまざまな意見があったようだ

 だから、義務教育の歴史教科書は、《当時の日本(政府)の考え》について書くのならば、①歴史学界がおおむね認めている主要な説(「定説」)、②見解の相違により併存する複数の有力な説、のどちらかを書くべきだろう。(②の場合は、「定説」でないことも説明して)

 もしも、②のうちの一つの説や、あるいは他の”有力でもない説” を書くとすれば、それは「偏向」した行為、「嘘(ねつ造」に近い行為であり、強く非難されるべきだし、「文科省の検定」でしっかり「削除」したり、「修正」させたりすべきだ。(教科書会社が従わなければ「不合格」となる。)

 

 「朝鮮出兵」についても同様。《出兵すべきか?》について様々な考え・意見があったことはまちがいない。

 ただし、《政府の公式見解=国際的に広報された見解》は(通常)一つしかない。(※例えば、「大東亜戦争」の「開戦の詔勅米英両国ニ対スル宣戦ノ詔書」)

 だから、義務教育の歴史教科書は、当該歴史事象を描くときには必ずそれを採り上げないといけない。※その「見解」がどう評価されているのかにはまったく関係なく、それは当時を知るための「第一級の1次資料」なのだから。

 

<ウィキペディア:天津条約>より引用

・「天津条約(てんしんじょうやく、英語:Convention of Tientsin)は、1884年12月に朝鮮において発生した甲申政変によって緊張状態にあった両国が、事件の事後処理と緊張緩和のために締結した条約。日本側全権・伊藤博文と、清国側全権・李鴻章の名をとって「李・伊藤条約」とも呼ばれる。この条約によって日清両国は朝鮮半島から完全に撤兵し、以後出兵する時は相互に照会することを義務付けられた。」

 

 条約は、「相互出兵」を約するものではなく、「相互通知」。つまり、《出兵するときには必ず相手国に知らせなければならない。》ということを約している。ということは、《片方が出兵するときは、もう片方も出兵する権利を持っていることをお互いに認め合った》と解釈できるだろう。

 読者もご存じのように、当時、《自国の安全保障のために、あるいは利益のために、清国、ロシア、日本が”朝鮮の支配” をめぐって争っていた》ことはまちがいない。したがって、「日本の朝鮮出兵の真の理由」がそのことにあったこともまちがいない。

 しかし、昔も今も、どんな国も、《わが国は〇〇国を支配したいから〇〇国に出兵する》などと「政府の公式見解」で言うわけがない。国際的に、外交的に納得が期待できる理由を発表する。

 この「日本の朝鮮出兵」の、国際法で認められ、かつ「納得が期待できる理由」は、《清国が出兵したから、条約(の解釈)に基づいて日本も出兵する。》ということだろう。

 

●当時の日本の公式見解に基づいて描いている。→ 〇 育鵬社、自由社、日本文教。

●根拠となる条約を無視している。 → △ 帝国書院、教育出版、清水書院。

●あえて中学生に誤解させる表現をしている。 → × 学び舎。 

 ※「清との戦争準備」をしていたことはまちがいないが、《戦争準備をしていたから(清国の出兵を口実にして、朝鮮の軍事支配をめざして)出兵した》のではない。「清が出兵」したから天津条約に基づいて出兵したのだ。当時の国策は「朝鮮の独立」だったのだから。学び舎の表現は、《日本=侵略国家(だった)》という”印象操作”だろう。

●中学生が誤解する表現をしている。 → × 

 ※どう考えても、日本の出兵は「清国に対抗して」であり、「朝鮮政府が清に出兵を求めたことに対抗して」ではないと思う。正確には、語順を変えて、《朝鮮政府が出兵を求めた清に対抗して」ということだろう。悪意のある表現だとは思わないが、《日本は朝鮮政府に対抗して出兵した》という誤解をさせる表現は訂正すべきだろう。もしかすると、著者の表現ミスなのかもしれない。

 

 かなり”細かい”ことを問題にしているように見えるかもしれませんが、最近、《一般の人には真偽がわからない(=直接関係者しかわからない)ような ”細かい想像や嘘” を述べ立てて ”印象操作する” 》という手法が、多くの報道業界:メディアや一部政党(民進党や共産党など)に広く採用されているのが、とても気になっています。

 ”日本政府(権力)は信用できない”、”安倍首相は信用できない”、などという印象操作が多発しているようすが、多くの歴史教科書における ”(戦前の)日本は侵略国家だ” ”日本は世界の悪者だった” という印象操作とダブって見えます。

 一般的に、世界の国々で、《自国内に自国そのもを言論攻撃する現象があるならば、その奥のには、①”敵対国(競争国)からの洗脳工作”か、”国内の権力争奪戦”がある》としか思えません。当然、どちらの人間にも ”愛国心” も、”愛国民心” もないことは明らかです。(※《自国そのものを言論攻撃する”権力争奪戦”は、日本以外では ”独裁国家” や ”社会(共産)主義国家" しか知りませんが…)

 

2 「戦いのようす」の描き方

 日清・日露・日米(「大東亜」:「太平洋」)戦争は、世界帝国主義:植民地主義時代における《日本の命運を賭けた命がけの戦い》だった。

 だからその状況を中学生にはしっかり伝えてほしいと思う。が、《どの程度描くかは編集の裁量範囲》だろうから、まちがいや嘘がない限り評価はしない(できない)。

※毎度のように、学び舎の描き方には”無理筋”と”偏向”を強く感じるが… ここでは追究しない。

 

~次回から、ⅴ 義和団事件・中華民国の成立~

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 《著者:松永正紀  教育評論家 /h22年度 唐津市・玄海町:小中学校校長会長》


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